09 丸裸にされる「心」
「俺だってこんな刑事になるとは思ってなかったよ」
「だろうね」
白河が笑い、岩垣は苦笑を漏らす。
日本という国は被害者は丸裸にされて、加害者は守られる国だと、そう岩垣は思っている。刑事をしてきて岩垣が目にした現実は、そういったものだった。被害者の交友関係も家庭環境も洗いざらい調べられ、顔写真も何もかもテレビやネットで公開され、挙げ句、被害者側が悪いとさえ声を上げる輩もいる始末だ。そして遺族の悲しみも無視して「悲劇」という美味しい餌に飛びつくマスコミは、岩垣の正義とは反する正義だった。
本当に丸裸にされるべきなのは加害者ではないのだろうか。それが対等なのではないだろうか。加害者の人権も確かにある、と岩垣は思う。同情の余地が十分にある、そういった類いの加害者も勿論これまで見てきた。だが、今追っている連続殺人鬼のように、人を人とも思わぬ事をし続けた癖に、裁判の場になると被害者たちのように痛めつけられることなく、絞首刑という死刑であっさりと終わりだ。それなのに残された遺族はただ悪戯に大切な人を殺され、何も分からないまま哀しみと喪失の大地に放り出されるのだ。
それが、どうしても岩垣は許せなかった。
刑事としての今の己の在り方は間違っていると岩垣はきちんと自認している。けれど岩垣は「自分の正義」を貫きたいと思った。だから、白河と手を組んだのだ。
やりきれない思いを抱えた被害者遺族に、白河希というある種の「モンスター」を紹介することを。
岩垣は覚悟を持った遺族に白河を紹介し、白河は依頼を全うする。
そしてその遺族の覚悟とは勿論――「犯人を知ること」だ。
ありとあらゆる意味で、全てを知る。
知ることで救済になるか、それともより一層の破滅へと追い込んでしまうのか岩垣にも分からない。それでも知りたいと願う遺族を無視することはできなかった。残された遺族の中には必ずいるのだ。犯人が「どんな人間」だったか、を。その深層部まで白日の下にさらしたいと願う者がいる。そしてこの事件の遺族たちの中にもいた。
だから岩垣は今、目の前にいるこの、ぞっとするくらい美しい幼馴染みと共にいるのだ。本当に白河希の容貌は整っていると男の岩垣でさえ思う。女性的にも見えるし、実際女性に間違われたこともあるらしい白河は、非常に中性的で――いや、無性というものが人間にあるのならば、無性の美という単語こそが白河に相応しかった。長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳、すっと通った鼻梁、少し酷薄そうにも見える形の良い唇、すっきりとした輪郭、それから漆黒の絹のような髪。
そこまで見て岩垣はふと思う。
白河の「殺人鬼黒髪性癖論」が成り立つならば、白河自身もそれに当てはまるのではないか、と。
そんなことを考えてぼんやり岩垣が白河を眺めていると、白河は義手の方の左手でポケットから器用に煙草を取り出し唇に咥えた。右手で火を付け、ふかす。
「善男。また何か小難しいことを考えているのかい? それともぼくに見とれていた? 後者だとしたらいよいよキミは有給を申請すべきだね」
そう言って幼馴染みは煙を吐き出す。岩垣は舌打ちした。
「うるせぇ。俺だって俺なりに色々と考えることがあるんだよ」
「そうかい。でも安心したまえ。もう餌は蒔いてあるし、おそらく引っかかっている。やれやれ、あちこちに顔を出した分、成果があるといいのだけど」
「そういえばお前、何ヶ月か前に探偵事務所の動画チャンネル立ち上げたよな。あれはどういう風の吹き回しだ? やたらと人前にも出たりして」
そうなのだ。変わり者で突然奇行に走る白河だが、本来なら顔出しなど進んでするようなタイプではない。目立ちたがり屋ではなく、単に目立つ人間なのだ。
記憶によるとチャンネルの登録者数は既に万単位だった気がする。求人募集もしていた気がした。一体、何人の応募者があの事務所に押し寄せたのだろう。
考えるだけでぞっとする岩垣に、しれっとした顔で白河が言う。
「ああ、あれね。あれが餌だよ、餌」
「はぁ……よく分からんが、最近のお前、おかしいぞ。引きこもりだったくせに、外出が多いし。一体何がしてぇんだ?」
岩垣が問えば、
「釣りかな」
との謎めいた答え。馬鹿にしているのか本気なのか分からないあたりが、小憎たらしい。岩垣はもう気にするまいと溜め息を吐いた。
「よく分からんが無理だけはするなよ」
「無理はしないさ。だが深淵をのぞき込むには、深淵の縁に立たなきゃいけない。化け物と対峙するには、こちらも化け物にならなければならないのさ。あちら側からも見られていたとしても、ぼくはいずれ深淵を視る必要があるんだ」
そうだろう、と。白河のあの、琥珀色の瞳が岩垣をのぞきこんでくる。
――そう、この眼だ。
白河希の瞳は、犯罪者を暴く。
それは正体を明らかにするという意味だけではない。
犯罪者の心を、この眼が丸裸にするのだ。
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