04 マシンガントーク
――というのが先日のことであって。
カオルも愛と同じことを考えていたのか、
「この前の依頼だって引き受けてたじゃねーか! しかも探偵さん、ありがとうございます、なんて言葉も添えられてよ」
と口真似しながら云う。白河は微かに眉根を寄せた。
「この前……? ああ、この前ね。確かに探偵だのなんだの言われたかもしれないが、生憎ぼくはそれについてハイともイエスとも言っていない」
「細かいところばっかり覚えていやがって……」
どうやらそこは本当だったらしい。悔しそうにするカオルを尻目に、白河は何を考えているのか、立派な椅子に腰掛けて宙をぼんやり眺めていた。眠いだけかもしれない。
一方の愛はというと、疑問に思うところがいくつかあった。
まず依頼内容。これはいい。小林茜は、今世間を騒がせている殺人事件の遺族なのだから、犯人が知りたいと言ったのは当然だろう。
ただ、あの目。
――犯人のことが知りたいのです。
あの小林茜の冷たい熱を宿した眼差しを思い出すと、ぞくりと肌が粟立つ。それは愛が今までに経験したことのない感覚だった。
犯人のことが知りたい。それはシンプルだ。納得がいく。
けれどそれ以上に何か「覚悟」を秘めたものを愛は感じていた。
遺族が持つような覚悟。愛にはその覚悟がよく分からない。けれど、あの小林茜と白河の間で為された、無言の契約がまるで――大げさな表現だと思うが――悪魔の取引にさえ見えた。勿論、そんなものは虚妄に過ぎないのだけれども。
二つ目の疑問は、どうやって犯人を知るのか、ということだった。小林茜の弟である、小林悠は今世間を賑わす一連の殺人事件の二番目の被害者だ。
そして先日、十月二日に三番目の被害者が出てしまった。
厳密に言えば三人の被害者が出た時点で、これが「連続殺人」として成立したといっていい――というのが所長である白河の意見だった。一般的に3人以上の犠牲者が出ると連続殺人になるとか。そんなことを白河は言っていた。
兎に角、そんな警察さえも未だに捕まえられない連続殺人鬼を、白河は警察よりも先に見つけようとしているのだ。
その方法は依頼があった日から三番目の被害者が出て今日に至るまで、未だに明らかにされていない。
若しくは愛のあずかり知らぬ所で色々な調査が行なわれているのかもしれないが、気になるのは当然だ。愛はお茶を淹れて白河に出したタイミングで尋ねる。
「あの、例の依頼のことなんですけど、どうするつもりなんですか?」
やや言葉を濁せば、白河は形の良い眉をぴくんと神経質そうに跳ねさせた。
「例の依頼というのは、増川洋子さんの家のブチくん雑種雄猫七才の捜索依頼のことかい? それともこの前来た苗木婦人のご主人の浮気調査の件かな? ちなみにあの苗木夫人の件はもうぼくの中で解決している。ご主人がシロで依頼に来た奥様がクロだ」
「はい?」
突然の言葉の奔流と暴露についていけない愛をよそに、白河は一口紅茶を口にすると、言葉のマシンガンを発射し始めた。
「ぼくとしては愛猫であるブチ君の方が最重要案件かと思うんだがね。でも仕方ない。簡単に言うと苗木婦人が此処に浮気調査に来たのは、でっち上げる為さ。彼女が依頼に来た十月五日は雨だった。けれど苗木婦人はタクシーを呼んだ形跡もなく、記載してもらった住所はこの事務所から徒歩圏外。電車で来たとしたら傘を差していてももう少し濡れていてもいいし、注目すべきは歩きにくいピンヒールだ。世の女性の中にはピンヒールで地平の先まで行ける人もいるかもしれないが、雨の日に少しも濡れずにピンヒールでこの駅から徒歩二十分を歩ききれるとは到底思えない。ということは電車は除外だ。では車はどうか? この大都会東京で車を所持しているご婦人がどれほどいるかはぼくの知ったことではないが、おおよそのご婦人は持っていないだろう。都会じゃあ車なんて必要ないし、事実、車を購入する層は地方に住む人が圧倒的だ。ということは自家用車でもないし、かといって苗木婦人は富豪でも何でもない。送迎の車付の豪邸に住んでいるなんてありえない。地価の高い世田谷区に一軒家だから、ちょっとばかし羽振りがいいとは言えるけれどもね。さて苗木婦人がクロである件だが、まずコートの裾に微かにシワがついていた。これは座った時につくシワだ。歩いていたら当然の話だからシワなんてつく筈がない。車で長時間移動した時についたシワだ。だが、はてさて。苗木婦人は【誰の】車に乗ってきたのか? ご友人な訳がない。こういったきな臭い探偵事務所なんかに誰かを連れ添ってくるならば、特別なご友人だ。この特別っていうのは秘密を共有するような間柄、端的に言うと愛人。証拠に、年齢にしては若作りした化粧、ファッション、それからデートでもないのに甘ったるい香水。勿論、ぼくは身だしなみがしっかりした女性が全て不倫だとか浮気しているとは思っていない。簡単な話、こんな探偵事務所に相談に来るような風体じゃないんだ。単純だろう? それでも彼女は夫が浮気をしていると言って相談に来た。ぼくはそれを引き受けた。なにせ愛人と結託して探偵事務所を利用し夫を陥れ、慰謝料を得ようとするなんて愉快な話、そうないじゃないか。ドラマじゃあるまいし。ところできみ、苗木婦人が、夫は夫の経営する司法書士事務所の秘書と出来ていると言っていたのを覚えているかい? いやキミが覚えているかなんてどうでもいいことか。兎に角、ぼくたちは苗木婦人のご主人がその秘書とあたかも密会しているかのような写真が撮れれば良かったわけだ。勿論苗木夫人にとってはね。例えばこんな感じさ。旦那が寝ている隙に、ぐーすか寝てる旦那の指を拝借してスマートフォンの指紋認証を解除。あとはLINEで秘書に【大事な話があるから家に来て欲しい】なんて適当に用件を作り出すんだ。その時、苗木婦人は家を空けて夫一人にする。そこで何も知らない秘書が呑気にやってきて、夫との写真をぼくらがパシャリ。でもこれだけじゃ決定打にならない。二人がラブホテルに入る、とかね。そういう写真も欲しい。では問題だ、駄犬。どうしたら秘書と苗木婦人のご主人がホテルに入ろうとしている所を撮影できる?」
急に話を向けられたにも関わらずカオルは驚く様子もなく、応接間のソファにどっかりと座って答えた。
「分かった。奥さんが秘書に変装する」
「馬鹿かキミは。いや馬鹿だったな駄犬。では山崎さん。正解を」
真面目にデスクで書類仕事をしていた山崎さんが穏やかに答える。
「秘書を買収して色仕掛けですかねえ」
「グッド。流石山崎さん。あなたこそ探偵に相応しい」
「いやいや」
そう謙遜した山崎さんは何事もなかったかのようにまた書類仕事に戻っていった。納得いかないのはカオルのようだった。
「はぁ? そんなのありかよ? もっとこう、皆がびっくりするようなトリックとかないのかよ。そんな答え、推理小説だったらサイテーのもんじゃねえか」
「はあ……これだから」
白河はまるで頭痛でも患っているかのように頭を抑え、
「何度も何度も言っただろう。現実世界には人々があっと驚くようなトリックなんてそうそうないんだよ。できて隠蔽工作くらいのものだろう」
と言った。愛はようやくチャンス到来といったように声を上げた。
「でもそれならどうして例の連続殺人鬼は未だに捕まらないんでしょうか?」
そんなふうに口を挟めば、白河は愛のほうを見た。琥珀色の瞳が見定めるような、そんな色を宿しているような気がした。
「キミはどう思う?」
問いを問いで返されて愛はドキリとする。
「私ですか? ええっと……そうですね。証拠がひとつもない、とか?」
「ふうん。無難だし、実際そうなんだろうね」
白河は聞いてきたくせに全く興味なさそうに鼻を鳴らして、紅茶のカップを持ち上げた。優雅な所作だ。何をするにも絵になる美男子。人格には問題アリだが。
「それで話は戻るが苗木夫人の話なんだがね……ああ、そろそろかな」
「そろそろ?」
愛が眉を寄せてもお構いましで白河は立ち上がると、応接間のソファで寝っ転がっていたカオルを足蹴にして突き落とす。女性に対して何てことをと思うが、カオルは慣れっこのようで「もうちょい優しい蹴り方しろよ!」と頓珍漢な抗議をしていた。
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