第7話 浦江
その日の午後、三人はカフェでの会話を終え、銀座の賑やかな街並みに出た。時間はすでに夕方を迎えており、空がほんのりとオレンジ色に染まり始めていた。伊東が立ち上がると、彼は少し照れくさそうに言った。
「実は、もう少しだけ時間があれば、浦江に寄って行きませんか?」
「浦江?」安田は思わず首を傾げた。赤井も同様に不思議そうな顔をしている。
「ええ、浦江って、昔、皆でよく行った場所ですよ。覚えていませんか?」
安田は少し考えて、記憶をたどる。浦江。それは、学生時代に何度か訪れた、小さな町だった。親しい友人たちと一緒に、日帰り旅行をしたり、気軽に集まっては食事をしたりした場所だ。遠くなく、静かな場所で、心が落ち着くような空間だった。安田もその町に行ったことがあったが、もう長いこと足を運んでいなかった。
「浦江か…懐かしいな。確か、あの町のあたりは、どこか穏やかで静かだったよな」安田は少し嬉しそうに言った。
「そうだね」伊東が笑顔を見せる。「あの頃はよくあそこで話をしたり、ただぼーっと過ごしたりしてたけど、今は少し変わっているかもしれません。でも、何かしらの理由で、最近その場所がまた気になってね。たまには昔のように、少し心をリセットしたくて」
「それなら、ちょっと行ってみようか」赤井が応じると、安田も同意した。「懐かしい場所に行くのもいいかもしれない」
三人はそのまま、電車を乗り継いで浦江へ向かうことに決めた。車窓から流れる景色は徐々に都会の喧騒を離れ、静かな住宅街や緑の広がる風景へと変わっていった。安田は窓の外に目を向けながら、心の中であの頃の自分たちを思い出していた。学生時代、どこか遠くへ行くことができる自由な時間が、あの町でのひとときとともに思い起こされた。
浦江に到着すると、町の風景は少し変わっていたが、それでもどこか懐かしい空気が漂っていた。小さな商店街を抜けて歩くと、安田はふとあの頃と同じように、穏やかな気持ちが湧き上がるのを感じた。たとえ町が少しずつ変わっていても、その静けさや、ゆったりとした時間の流れは、あの頃のままだった。
「懐かしいね」安田が静かに言った。
「うん、ここで過ごした時間は、今でも大切な思い出だよ」伊東が続けた。「あの頃、何も考えずにここに来て、ただただ過ごすだけで幸せだったんだよな」
三人は歩きながら、当時のことを少しずつ話し始めた。伊東が言うには、当時、毎回みんなでここに来ては、それぞれが抱えていた悩みを打ち明け合いながら、穏やかな時間を過ごしていたという。それが、学生時代の大切な思い出となっているのだ。
やがて、町の中心にある小さな公園に辿り着いた。周りの木々が緑に囲まれ、ベンチに座ると、そこから見える風景もまた、あの頃と変わらず穏やかで、どこか心を落ち着かせてくれるものがあった。
伊東が深呼吸をしてから言った。「ああ、ここに来ると、あの頃の自分たちのことを思い出すね」
安田はその言葉に同意して、静かに答えた。「懐かしいな。でも、同時に、あの頃の自分たちがどれだけ無邪気だったか、今となっては少しだけ羨ましい気がする」
赤井も笑いながら言った。「いや、でも、あの頃の悩みだって、今考えればすごく小さなことだったかもしれないよな。でも、それが大事だったっていうのは、今だからこそわかることだよ」
「そうだね」伊東が頷き、少し笑顔を見せた。「あの頃、みんなで悩んで、笑って、少しだけ心が軽くなった瞬間があった。それが、今の自分たちにとっても、すごく大事なものになってる」
その言葉に、安田も赤井も静かに頷いた。ここ浦江で過ごした時間が、確かに自分たちにとっては大きな意味を持っている。過去の自分たちが抱えていた不安や悩みも、今となっては懐かしい思い出に変わり、そして、その頃の思いが今の自分たちを形作っていることに気づかされる。
「こうしてまた来てみると、やっぱりこの町の静けさって、心に響くな」安田が呟いた。
「うん、時折、こうして過去に戻ってみることも大切だよな」赤井が静かに言った。
その後、三人はしばらく公園で過ごし、少しずつ心が軽くなるのを感じながら、帰路に就いた。浦江での時間は、確かに「膿」を癒すための一歩となったようだった。あの町の穏やかな空気が、再び彼らの心に新たな希望を与えていた。
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