第8話 笑顔

 帰りの電車に揺られながら、安田、赤井、そして伊東の三人は、静かな時間を共有していた。浦江で過ごしたひとときが、心に深い余韻を残していた。何も特別なことをしたわけではない。ただ、昔の場所に戻り、思い出を語り、共に過ごした時間が、どこか温かい気持ちを呼び起こしていた。


 伊東がふと口を開いた。「あの公園で、少しだけ昔に戻れた気がしたな。今もあの頃と変わらず、あの場所に立つと、何か心が落ち着く」


「うん、分かる気がする」安田も頷いた。「あの頃、何も考えずにただ過ごすだけで幸せだったんだなって思い出す」


「だから、今もこうして再会できたことがすごく嬉しい」赤井が笑顔で言った。


 伊東がしばらく黙って考え込んだ後、少し照れくさそうに言った。「でも、こうして笑顔で話していると、なんだか昔に戻ったみたいだ。あの頃、何も分からずに悩んでいたけど、結局、笑顔でいられた時が一番大切だったんだよな」


 安田はその言葉に深く頷いた。「そうだな。あの頃の笑顔って、無敵だった。今思うと、何もかも大したことじゃなかったのかもしれない。でも、その時その時を真剣に悩んで、笑って過ごしていたからこそ、今もこうして笑顔でいられるんだと思う」


「笑顔か…」伊東は静かに言った。「それを大事にしてきたのは、みんながいたからだよな。もし、あの時一人だったら、きっとこんな風に振り返っても笑えなかったと思う」


 その言葉に、赤井も静かにうなずきながら言った。「だね。だから、またこうしてみんなと会って笑顔を交わせることが、すごく貴重だって思う」


 しばらくの沈黙の後、安田がふっと顔を上げて言った。「でも、今でも笑顔でいられるのは、伊東がその膿に向き合おうとしているからだと思うよ」


 伊東は少し驚いたような顔をして安田を見た。「俺が?」

「うん」安田はうなずきながら続けた。「あの膿って、ただの痛みや悩みじゃなくて、それに向き合うことで、きっと成長できる。だから、今の笑顔があるんだと思う。だからこそ、笑顔を大事にしてほしい」

 伊東はその言葉に少し戸惑いながらも、どこか温かい気持ちが心に広がっていくのを感じていた。「ありがとう。やっぱり、こうして話せてよかったな。笑顔って、どんな時でも忘れちゃいけないんだな」


 その後、三人は電車の中で、学生時代の話やこれからのこと、また小さな出来事を語りながら、時間が経つのも忘れていた。そして、気づけば目的の駅に到着し、それぞれの帰り道へと向かうことになった。


 駅のホームで最後に立ち止まり、安田はふと振り返った。「また、みんなで笑顔で会える日を楽しみにしてるよ」

 赤井がニッコリと笑いながら言った。「もちろんだよ、次はもっと楽しいことしような」

 伊東も、照れくさい笑顔を浮かべて言った。「うん、また笑顔で会おう」

 その瞬間、三人の心の中に、どこか安心できる温かさが広がった。昔のように、どんな時でも笑顔でいられる自分たち。それは、これからも大切にしていきたいことだった。

 そして、三人はそれぞれの道を歩き出し、最後に交わした笑顔が、静かに未来への希望を照らすように、彼らの心に残った。


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