第2話

 鼠の事は一旦忘れ、料理に取りかかる。

 今夜は、安い材料費で何日分も出来るカレー。

 アタルがそれを黙々と食べる。


「ねぇ、仕事しないの?」

 

 付き合って五年。同棲して四年。 仕事をしていたのは始めの一年だけ。


「今、創作中だもん」


 アタルは自称、売れない作家。

 ていうか小説書いて稼げないのだから、″ 作家 ″ ではないと思うのだが。


「それが完成したってお金にはなんないでしょ?」


「うるせ。俺は金より夢で腹一杯になる人間なんだ」


 じゃカレー食うなよ。


「今のが書き終わって、やる気が起きたら職安行くよ」


「……」


  もう、それ聞き飽きた。


「ご馳走さん、風呂先にはいっからな」


 プーの癖に、食べた皿を後片付けもしない。


「その前にシバの散歩行ってよ」


「散歩なんかしてたら頭ん中の構想飛んじまう」


 犬の世話もしない。

 金なし。

 将来性なし。

 思いやりもない。


 そんなアタルは、ズバリ顔だけの男だ。


 ――″ そんな男とは別れれば? ″


 誰しもそう思うはず。 

 だけど、それが出来ないのが、 情 。

 いつか変わってくれると信じたいのがアラサー女の悲しいところ。


 それに、出会った頃はアタルも優しかったのよ。


 あれは五年前、私が二十四歳の時。

 唯一の家族である母の病が分かり、急遽入院させた夜だった。


 追い討ちをかけるように、当時付き合っていた彼氏の浮気が発覚。

 傷心のまま、タクシーを待っていた私に声をかけてきたのがアタルだった。


『おねえさん何で泣いてるの?』


 私の事を ″ おねえさん ″ と呼んだアタルは同い年だったが若く見えた。


 汚れた作業着に不似合いな、繊細で整った顔立ちには、つい見入った。

 片手には酒が入ったコンビニ袋、脇には古そうな文庫本が挟んであった。


  何もかもアンバランス。

 元々面食いだった私が、一目で惹かれたのは言うまでもない。


『それはツイてなかったねぇ』


『うん、最悪……』


 ビールをチビチビ、歩きながら私の話を聞いてくれたアタルが、駅の駐輪場を指差して言った。


『ツイてないついでに、俺の愛車を運転してくんない?』


『は?』


『飲酒運転になっちまう』


 ニカっと、何とも憎めない笑顔で自転車を引っ張ってきた。 2ケツで女の私に漕げ、と?


『そんで、そんまま俺んちで飲もうぜ』


 有無も言わさず、私を座らせて自分は呑気に唄を歌う。


 なんだ、こいつは?  と思ったけれど、ある意味斬新なナンパに私の心は少しだけ救われた。


 この頃、まだ建設現場で仕事をしていたアタルの住処は、今の一軒家ではなく普通のアパートだった。

 そこであれよあれよと、あっという間に関係を深め、現在に至る。


 途中、仕事も辞めたアタルに何度も愛想を尽かしそうになったが、やっぱり一人になるのは怖かった。


 超貧乏でも、いつでも傍にいてくれる存在は、私の支えだったからだ。














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