レクチャー2
放課後、教室を出ると、佐藤七海が廊下で手を振っていた。彼女はクラスメイトの中でも明るく、人懐っこい性格で有名だ。
「春木くん、ちょっといい?」
「ん、何?」
俺が立ち止まると、七海は近づいてきて満面の笑みを浮かべた。
「新聞部、興味ない?今、部員が足りなくて困ってるんだよね。」
「新聞部か……」
唐突な話に、俺は少しだけ考え込む。放課後の時間は基本的に暇だし、何かしらの部活に入るのも悪くない気がする。ただ、新聞部なんて全然イメージが湧かない。
「どうかな?取材とか文章書くのが好きなら絶対楽しめるよ。」
七海が熱心に勧めてくるが、俺はまだ迷っていた。その時、背後から聞き慣れた柔らかな声が聞こえた。
「春木くん、新聞部に入るの?」
振り向くと、そこには佐倉明日香が立っていた。明日香は小さく微笑みながら俺を見ている。その表情を直視するのが恥ずかしくて、俺は目をそらした。
「いや、まだ分からないけど……」
「新聞部、楽しいよ。おすすめ。」
明日香がそう言っただけで、俺の中で迷いがほとんど消えた。
「……分かった、入ってみる。」
そう答えると、七海は「やった!」と喜びながら俺の腕を軽く引っ張った。
「じゃあ、部室案内するね!」
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新聞部の部室は校舎の端にある小さな部屋だった。扉を開けると、中には資料や雑誌が散乱していて、机と椅子がぎっしりと並んでいた。窓際の青色のソファに、先輩らしき男性が座っている。
「新入部員?」
低い声に顔を上げると、鋭い目つきの3年生がこちらを見ていた。
「はい! 春木くんが入ってくれるって!」
七海が元気よく答えると、先輩は少しだけ眉を上げた。
「もし君が適当な気持ちでやるつもりなら、すぐ帰ってほしい。」
ピリッとした雰囲気に、思わず体が硬直する。しかし、すぐに先輩の表情が和らぎ、軽く笑った。
「まあ、頑張るなら歓迎するけどな。赤城宗一。部長だ。」
「よろしくお願いします。」
ぎこちなく頭を下げる俺に、七海が「ちょっと怖いけど、本当は優しいから!」と耳打ちしてくれた。その声に少しだけ安心する。
部室の一角で作業をしていた明日香もこちらに気づき、小さく手を振った。
「これから一緒に頑張ろうね。」
その一言だけで、俺はこの部活に入ってよかったと思ってしまう自分がいた。
部室で簡単な説明を受けたあと、七海から「明日はさっそく取材ね!」と言われた。取材対象は「放課後の部活動」。初めての仕事に緊張しながらも、俺は頑張ろうと心に決めた。
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翌日の放課後、新聞部の部室に集合すると、七海が手を叩いて声を上げた。
「さて! 今日は取材です! 春木くん、佐倉さんとペアになってもらうね。」
「えっ……俺が?」
思わず声が裏返った。七海がニヤリと笑い、明日香は「あ、大丈夫。よろしくね」と優しく微笑む。緊張で喉がカラカラになるのを感じながら、俺はぎこちなく「よろしくお願いします」と頭を下げた。
七海が手渡してくれたのは、取材の指示書だ。テーマは「放課後の部活動」。取材対象のリストを見ながら、俺と明日香は校内を回ることになった。
吹奏楽部の部室に着くと、中から軽やかな音楽が聞こえてきた。俺はドアをノックし、部員に声をかける。
「あの、すみません。新聞部の取材なんですが、少しお時間いいですか?」
ドアが開き、中から部員の女子が顔を出した。
「新聞部? あ、佐倉さんも一緒なんだ!」
「あ、こんにちは。」
明日香が自然な笑顔で挨拶を返す。俺はそのやり取りを横目で見ながら、「自分も頑張らなきゃ」と気を引き締めた。
部員に案内され、俺たちは部室に入り椅子に座った。部員は、手元にあった楽譜を机に置いて笑顔で向き直る。
「それじゃあ、何でもどうぞ!」
俺は持っていたメモを確認し、最初の質問を口にした。
「あの、吹奏楽部の活動内容についてお聞きしたいんですが……」
「はい! 主に演奏会やコンクールを目指して練習しています。」
部員の言葉をメモに書き取ろうとするが、ペンが滑って思った通りに書けない。それでも何とか形にしようとしていた時、ふと相手の話が途切れた。
「あれ、次の質問って……」
慌ててメモを見直していると、隣の明日香がさっと手を伸ばし、俺のメモ帳を横から覗き込んだ。
「春木くん、次は『練習で工夫していること』だよ。」
「あ、そうだ……えっと、練習で何か工夫していることはありますか?」
相手が答えている間、俺は一生懸命メモを取る。だが、緊張していたせいでペンが妙な方向に滑り、あとで見返しても自分の書いた文字が読めないことに気づいた。
「……これ、何て書いてあるんだ?」
「え?」と明日香が顔を覗き込むと、俺のメモ帳には「شكرا لترجمتك」と書かれていた。
「ふ、ふーそゆ部?」明日香が眉をひそめる。「あっ。それ、吹奏楽部のこと?」
「あ、そう、吹奏楽部! あれ?なんでこんなふうに……」
必死に言い訳しようとする俺を見て、明日香が肩を震わせて笑い出した。部員までつられて笑い出す。
「春木くん、大丈夫? メモの文字が永遠に謎なんだけど。」
「俺もそう思う……もう何書いたのか全然分からない。」
明日香は息をつきながらメモ帳を指差した。
「……いや、これ、一周回ってセンスあるよ。」
その一言に部員も噴き出し、俺は頭を抱えるしかなかった。
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部室を出たあと、明日香がまだ笑いを堪えながら口を開いた。
「春木くん、もしかして取材より新しい文字を発明するのが得意なんじゃない?」
「そんな得意分野いらないだろ……」
「でも、こういうセンスって大事だと思う!」
普段の柔らかな笑顔から一転、明日香が楽しそうに手を叩いて笑っている。そのギャップに、俺は驚きながらも引き込まれてしまう。
「意外とノリがいいんだな……佐倉さんって。」
「あ、バレた? 私、笑うのが好きなんだよね。」
「いや、でもこれ笑う場面なのか?」
俺の疑問に、明日香は真顔になったあと、唐突にまた笑い出した。
「うん、めちゃくちゃ笑えるよ!」
俺は呆れながらも、自分のミスを笑い飛ばしてくれる明日香に、少しだけ救われた気がした。
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