いつも隣にいたのに。
赤緑下坂青
レクチャー1
レクチャー1
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5月の陽射しが校庭に降り注ぎ、春らしい空気があたりを包んでいた。まだ入学したばかりの俺たち1年生は、少しだけ緊張した面持ちで教室や廊下を行き交っている。
校門をくぐると、昇降口へ向かう生徒たちの姿が見えた。俺は息を切らしながら自転車を駐輪場に停め、腕時計をちらりと確認する。残り3分。あと少しでも遅れていたら確実に遅刻だった。
「ギリギリ……!」
呟きながら校舎へ向かおうとした時、後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
「お前、またギリギリかよ。」
振り返ると、宮田大輝が購買袋を手にこちらを見ていた。クラスメイトであり、俺の数少ない友人だ。
「そういうお前だって、遅れそうだったじゃん。」
「俺は大丈夫。余裕あるし。」
宮田が肩をすくめて笑う。俺たちはそんな何気ないやり取りをしながら校庭を横切っていたが、ふと明るい声が耳に飛び込んできた。
「それ面白そうじゃん!」
見ると、佐倉明日香が友達数人と談笑している。柔らかく笑うその表情はいつ見ても眩しい。彼女が笑うと、周りの空気まで明るくなる気がする。俺は自然と視線をそちらに向けていた。
「また佐倉さんか?」
突然宮田にそう言われて、俺は心臓が跳ねる。慌てて顔をそらした。
「べ、別に……」
「バレバレだな。分かりやすすぎるだろ。」
宮田は笑いながら歩き出す。俺はそれ以上何も言えず、明日香をちらりと横目で見ながら宮田の後ろをついていった。
新しいクラスでの席替えが終わり、俺の席は窓際になった。隣の席には相川凛が座っている。
「よろしくね。」
凛がそう声をかけてきた時、俺は驚いて顔を上げた。黒髪がさらりと揺れ、柔らかい笑顔がそこにあった。
「よろしく……」
それ以上の言葉は出てこなかった。
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昼休み、俺は窓際の席で弁当を広げていた。購買に行った宮田はまだ戻ってこない。ふと顔を上げると、明日香が友人たちと楽しそうに話しているのが目に入る。
その笑顔を見ていると、胸がざわついた。俺みたいな平凡なやつとは住む世界が違う。それが分かっているのに、目を引きつけられてしまう。
「何見てるの?」
不意に隣から声がして、俺は弁当の箸を止めた。振り向くと、凛が俺を覗き込んでいる。
「べ、別に……」
「ふーん。怪しいな。」
凛は俺が見ていた方向に目を向けると、すぐに察したようだ。
「佐倉さんのこと、気になってるんでしょ?」
「は!? 何言ってんだよ!」
俺は慌てて声を上げた。凛はそんな俺をじっと見つめ、くすりと笑った。
「分かりやすいなあ。別に悪いことじゃないのに。」
「違うって!」
必死に否定する俺に、凛はからかうように笑いながら肩をすくめた。
「でも、そのままだと話すのも難しいんじゃない?」
「……」
図星だった。俺は何も言えずに箸を握り直す。
「で、どうする?諦めちゃう?」
凛の声に顔を上げると、真剣な目がこちらを見ていた。
「諦めたくは……ない。」
そう答えると、凛は満足そうに微笑んだ。
「それなら私がちょっとだけ手伝ってあげる。」
「手伝う?」
「そう、恋愛指南ってやつ。ほら、感謝しなよ。」
冗談めかした口調で言う凛に、俺は戸惑いながらも聞き返した。
「なんでそんなこと……俺のためにしてくれるんだよ?」
凛は弁当箱を閉じながら、あっけらかんと答えた。
「うーん、理由? 他人の恋愛って見てるだけで面白いじゃない?」
「……それだけ?」
俺が少し唖然として聞き返すと、凛は笑顔のまま軽く頷いた。
「そう、それだけ。人が頑張ってるのを横で見るのって楽しいんだよね。特に恋愛なんて、分かりやすくドラマチックだし。」
「なんか、俺のこと遊んでるみたいに聞こえるけど……」
「否定はしないけど。」
そう言って笑う凛の表情には悪意はなかった。むしろ、どこか親しみやすい明るさがあった。
「……まあ、いいけど。」
俺は渋々といった感じで頷いたが、内心は少しほっとしていた。誰かが手伝ってくれるなら、俺でも少しは変われるかもしれない。
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