第3話

 午前五時。鐘が鳴らされ、春河は欠伸を噛み殺して目を覚ます。

 季節は春だが、早朝は冷える。ぶるりと震えつつ布団から起き上がり、寝ぼけ頭で服を着替え、布団を畳んだ。

 外に出て、キンキンに冷え切った手水で顔を洗うと、寝ぼけ眼も冴える。

 それから朝食だ。

 食堂に入ると、大勢の人たちが卓についている。

 食事は決まったものから選ぶものらしい。

 春河は肉料理を注文し、受け取った盆を手に、空いている席に座った。

 これから訓練だから腹六分目に留めておく。

 食べ過ぎて気持ち悪くなって吐いたりしたら、あとで辰麒から何を言われるか分からない。

 食事を終えると、他の神器士たちに混じって広々とした空き地へ出る。

 新人はそれぞれの教育係と行動を共にする。

 辰麒を見ると、溜息がこぼれそうになるのを必死に我慢した。


「おはようございます、先輩」

「まずは体をほぐせ。それからここの外周を三十周だ」

「さ……!? 本気ですか!?」

「俺は新人係。俺の言うことは絶対だ。早くしろ。それとも、無理か? そんな根性で、弱い奴らを守れんのか?」

「! やります! やればいいんですよねっ!」


 意地になって言われた通りの訓練をする。途中で何度か吐きそうになりながらも、意地で三十周を走り終えた。


「お、終わったぁ……」


 さすがに精も根も尽き果て倒れそうになるのを、抱き留められた。


「……ったく」


 辰麒だった。


「せ、先輩、わ、私、ちゃんとやりましたから……っ」


 頭がクラクラする。


「分かったから、水を飲め。ゆっくりだぞ」


 瓢箪を口に添えられ、ゆっくり飲む。からからに乾ききった体に、少しぬるめの水が染みこんでいく。


「辰麒。初日から新人いびりとは感心しませんね」

「あ」


 現れたのは銀髪の麗人。


「昨日ぶりですね。お嬢さん……いえ、春河さん」

「え、どうして私の名前……」

「あなたのことは有名ですから。まつろわぬ神器に選ばれた奇跡の新人、陽春河。あ、私は喬蒼希きょうそうきと言います」

「はじめましてぇ」

「ふらふらですね。これでは今日の訓練はできないのでは?」

「や、やれますっ」

「無理するな」

「む、無理って、先輩がやれって」

「すぐに音を上げると思ったんだよ。立てるか?」

「は、はい」


 春河は立ち上がろうとするが、足が震えてすぐに座り込んでしまう。


「……だ、駄目みたいです」


 次の瞬間、春河はまるで荷物のように肩に担がれる。


「先輩!?」

「暴れるな。動けないんだからこうするしかないだろ。それともずっとここでへばってるつもりか?」

「うう、恥ずかし過ぎるんですけどぉ!」

「行くぞ」


 そんな春河を見送る蒼希が手を振ってくるので、振り返す。


「はぁ。喬先輩、かっこいい」


 思わず声がこぼれた。


「はっ」


 辰麒が鼻で笑う。


「なんですかっ」

「お前、人を見る目、ないだろ。あいつが優しそうなのは見た目だけ。他人のことなんざ無関心な奴だぞ」

「……先輩だってそうなんじゃないですか。新人いびりをするし」

「いびってない。根性を試しただけだ。偽善者は口先の奴ばかりだからな。お前は違うみたいだけどな……。あいつはただにこにこして、善良そうに見えるだけだ。見た目に騙されんな」

「……自分が愛想の欠片もないからって」

「聞こえてるぞ」

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