第2話

 神器。それは神霊が宿るとされる、不思議な道具である。

 神器は自らを使役するに相応しい人間を見抜く。

 選ばれた人間はその神器にこめられた異能を自在に使うことができた。

 神器士というのは神器に選ばれた人々であり、妖霊を退治したり、同じ神器を悪用する人間の対処を行う皇帝直属の部隊。


「――で、俺が神器隊の責任者の、紅真羅こうしんらだ。よろしくな!」

「よ、陽、春河です」


 春河は深々と頭を下げた。

 あれから真羅に引き取られた春河は今、彼の執務室へ連れて来られ、正座をしている。

 一方、真羅は立て膝で崩れた姿勢だ。

 完全に蛇に睨まれた蛙状態。

 真羅は笑顔のはずなのに、春河は頭から丸呑みにされそうな時分を思い浮かべにはいられないのだ。

 そこへ部屋の戸が叩かれる。


「おう、入れ」


 試験会場にいた黒髪と銀髪の二人の青年が入ってくるや、黒髪の青年は露骨に顔色を変えた。


「なんで、お前がここに……」

「何人合格した」

「二人です」


 銀髪の青年が冷静に答えた。


「おおよそ六百人いて、三人か。まあ、御の字だな」

「いえ、二人ですが……」

「こいつを入れたら、三人だろ?」

「将軍。そいつ、ぜんぜん駄目でしたけど」

「いや、選ばれたぜ。神器、『生万』に」


 二人は同時に目を見張った。


「じょ、冗談でしょ」

「間違いねえ。宝物庫の鍵はもちろん、櫃の鍵まで綺麗に壊されてたからな。そんな芸当、この小娘にできる訳ねえだろ? だいたいあの蔵に近づくまでに見咎められるのが普通だ。神器が導いたんだよ」

「あのぉ……この耳飾りってそんな凄い神器なんですか」


 春河は恐る恐る口を開く。


「その神器に選ばれたのは、過去一人だけ。この国を築いた太祖だからな」


 真羅は無精髭の生えた顎をさすりながらにやりと笑った。


「ひぇ……」


 思わず変な声が喉奥から出てしまう。


辰麒しんき。お前、こいつの教育係をやれ」


「はあっ!?」「ええっ!?」


 辰麒と、春河は同時に声を上げた。


「変えられませんか!? 私、こっちの銀色の笑顔の人がいいです!」

「願い下げなのはこっちの台詞だ! 将軍――」


 真羅の目が殺気を帯、鋭くなった。


「小娘、小僧。お前らの意見なんざ聞いてねえんだ。俺は命じているんだぜ?」


 二人は同時に口を噤み、俯くしなかった。


「寮へ案内しろ。訓練は明日から。期待しているぜ、嬢ちゃん」

「……が、頑張りますっ」


 という訳で、春河と辰麒は部屋を出て、廊下を進んでいく。

 前を行く辰麒の広い背中を見る。いつまでもいがみ合っていても仕方がない。

 嫌だけど、明日からこの人が教育係。つまり長い時間を過ごすことになるのだから。


「どうしてそんなに私を嫌ってるんですか」

「あ?」

「私、あなたに何かをしましたか」

「偽善者は嫌いなんだよ」

「偽善者って……」

「お前の志望理由」


 辰麒が振り返る。


「弱い人を守りたい、困った人を救いたい、それの何がいけないんですかっ」

「綺麗ごと過ぎてうさんくせえ。俺はそういう嘘を平気でつく偽善者が嫌いなんだよ」

「う、嘘じゃないですっ」

「嘘じゃない。ってことは、別の目的があるってことだよな」

「あ、揚げ足を取らないでくださいっ」

「じゃあ、それが本音なんだな」

「う……」


 咄嗟に言葉を返せず、言葉に詰まってしまう。


「ほら、見ろ。偽善者が」

「じゃあ、あなたはどうして神器士になったんですか」

「金だよ、金。決まってんだろ。――ここが、お前の部屋だ」


 そこは四畳ほどの部屋。文机に箪笥、本棚が置かれている。


「布団はあとで備品係が持ってくる。明日は五時起きだ」

「分かりました」

「寝坊するなよ」

「しません。農作業をしてたので、村ではそれくらいの時間には起きてましたから」


 扉が閉められる。


(なによ、あの人っ)


 あんな人がよりにもよって教育係だなんて最悪だ。


(でもようやく神器士になれた)


 春河は首にかけていたものを引っ張り出す。

 それは何かの獣の牙に紐を通したもの。


(神器士の中に父上がいる!)


 春河が生まれた頃にはもう父親はいなかった。

 身重の母に当座のお金と子どものお守りに、とこの牙を残して村を出たきり、二度と戻らなかった。

 分かっていることは、春河と同じ青い髪に月のように明るい金色の瞳、そして、とんでもない美男子(母親談)ということだけ。

 別に感動の再会がしたいという訳ではない。ずっと父を待ち続けている母のため首に紐をかけて引きずってでも連れ帰るのが目的だ。

 その前に、散々母を待たせた報いに一発ぶん殴るつもりだった。

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