神器士~かくして少女は選ばれた
魚谷
第1話
「二百十五番、陽春河」
兵士の呼びかけに、「はい!」と少女が元気一杯立ち上がると、兵士の案内を受けて門をくぐる。
少女は肩にかかる青い髪に、猫を思わせる円らな瞳は灰色。
顔立ちはまだあどけなく、十六歳という実年齢よりも二、三歳は幼く見える。
門を抜け先には御堂があり、その御堂の前には二人の男がいた。
「
「おい。聞いてもいないことを喋り出してるんだ。んなことはどうでもいいから、さっさと中に入れ」
瑠璃色の屋根瓦に白い漆喰、赤い扉の御堂の前にいた男が乱暴に言った。
黒髪に、紅い瞳の威圧感のある顔立ち。
神器士の身につける黒い装束の胸元を広げている。年齢は二十歳前後。
やたらと鋭い目で、夜道で出会ったら強盗だと間違えるだろう。
「いいじゃないですか。やる気があって、微笑ましいじゃないですか」
黒髪の青年をたしなめたのは、御堂の出入り口の左側に控えていた、黒髪と同年代と思しき青年。
こちらは装束をきっちり着ている。
銀色の髪に青い瞳。舞台役者のような整った顔立ちをして、顔がびっくりするくらい小さい。
背は六尺はありそうな黒髪の青年より、僅かに高い。
貴族と言われても納得してしまいそうな品があった。
「それで、お嬢さんはどうして神器士に?」
「はいっ。困った人を助けたいんです!」
「どうせ嘘だろ?」
「嘘じゃありません!」
(……完全には)
本当の目当ては他にあるが、弱い人たち、困った人たちを助けたいという気持ちが全くないという訳ではない。
「やる気はここにいる誰にも負けません!」
「気は済んだのか?」
「あ、はい」
「じゃあ、入れ」
「入ってどうするんですか?」
「入れば分かる。さっさとしろ」
黒髪の青年に顎をしゃくられ、恐る恐る御堂の重たい扉を開けて足を踏み入れる。
御堂の四隅には燭台が置かれ、室内を照らし出している。
背後で扉が閉められた。
中には様々なものが置かれている。
剣、弓、盾、槍などの武具から、筆、独楽、太鼓、果ては首飾りや簪まで、色々なものが棚に並べられている。
「どうだ?」
「どうって言われても……」
春河は扉ごしに外にいる青年に呼びかける。
すると、扉が開けられた。
「失格だ。帰れ」
「待って下さい! まだ何もしてませんよっ!?」
「失格だ。帰れ」
「説明してください。納得できません!」
春河は助けを求めるように、銀髪の麗人を見る。しかし。
その人は「うーん、残念だったね。また挑戦してね」と苦笑まじりに言った。
「おい、お前、こいつをさっさとつまみ出せ」
黒髪の青年に命じられた兵士が、春河の襟首を掴んで引きずる。
「ちょっと、離して下さいっ!」
「お前は神器に選ばれなかったんだ。大人しく諦めろ」
手足をばたつかせる春河に、兵士はやれやれという顔で告げた。
「え、選ばれなかった……?」
「そうだ。神器に選ばれる人間ってのは、誰に何も言われずともそうだと分かる。お前、あの御堂に入って何も感じなかったんだろ? つまり、神器に選ばれなかって訳だ。ま、これに懲りずにまた来年挑戦しろ。それまでには、お嬢ちゃんを認める神器が発見されているかもしれないからな」
大人しくなった春河が諦めたと思ったのだろう。襟首を掴んでいた兵士の手から力が抜ける。
春河は都から一ヶ月以上をかけてようやく辿り着いたのだ。
どれだけの期間、働き、路銀を稼いだと思っているのか。それ以上に、母親をどうにか説得してようやくもらえた機会なのだ。
今回、駄目だったら諦めるとも約束している。
来年また挑戦なんて無理なのだ。
(納得なんてできるわけない!)
春河は兵士の手を離れ、駆けだした。
「お、おいっ!」
兵士から追いかけられ、めちゃくちゃに逃げ回った。
ようやく撒けたかとほっと胸を撫で下ろして、周囲を見回す。
(ここ、どこ……?)
春河が生まれ育った村の何十倍、もしかしたら何百倍も広い皇城内の敷地を見回す。
完全に道に迷ってしまった。
(どどどどどどうしよう!)
頭を抱える。誰かに道を聞ければいいのに、こういう時に限って周りには誰もいない。
皇城内にはたくさんの人たちが働いているはずなのに人っ子一人見当たらないし、人の気配、足音一つ聞こえない。
まるで春河以外の人間が消え去ってしまったかのように。
その時、誰かの声が聞こえた。
「え?」
まるで春河を招くような声。
それに導かれるように声のするほうへ足を向けた。その先にあったのは、さっきの御堂よりもずっと立派な造りの建物。
(蔵……?)
声はそこからしていた。
「あ、あの、誰かいるんですかー?」
呼びかけたその時、両開きの鉄扉が何の前触れもなく軋みながら、内側から開いたのだ。
春河は決して剛胆な性格ではない。どちらかと言えば臆病者の部類に入るだろう。
それでも足を踏み入れるかどうかなんて考えるまでもなく、中に入っていた。
大小様々な櫃が積み上げられて、かすかに埃っぽい。
迷いのない足取りで部屋の一番奥へいたると、そうすることが当然のように立派な黒い櫃を開け、様々なものが入っているにもかかわらず、赤地に金の美しい小箱を取り出すと、蓋を開けた。
中には、赤い布に包まれた耳飾りが収められている。金色の縁取りがしていて、深い色の紫色の宝石が嵌まっている。
「綺麗……」
思わずぽつりと呟く。
『待っていた、我が主』
はっきりとした声が耳に届いた瞬間、それまで静寂に包まれていた世界が、喧噪を
取り戻す。
「貴様、何をしている!」
はっとして振り返れば、武装した兵士が槍を構えていた。
「あ、あの私……」
「宝物庫に押し入るとは!」
「誤解ですっ。扉が勝手に開いて……」
「馬鹿な言い訳を! これを見ろ!」
兵士は、壊れた錠前を突きつけてくる。
「わ、私じゃありません」
「いいから来い!」
兵士に取り押さえられる。
「おい」
その時、どっしりとした威厳のこもった声が聞こえた。
兵士と一緒に春河が振り返ると、そこには胸元を大きく開けた黒地に金で描かれた鳳凰と龍の描かれた派手な着流しに、腰まで届く燃えさかる炎を思わせる赤い髪に、黒い瞳の男が立っていた。
「将軍!」
兵士が慌てたようにその場に跪く。
「丁重に扱えよ」
「は、はい?」
「その嬢ちゃん、どうやら神器に選ばれたみたいだからよぉ。それもとびっきりの、な」
男は獰猛な笑みを浮かべた。
春河の背筋を冷たい汗がつ、っと、流れた。
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