第60話 夜明けに道を切り開く

 昴はプレアデスの閉店後、自宅で椅子に座りながらスマートフォンを手にしていた。店を盛り上げるためにSNSアカウントを開設したが、それをどう宣伝するかという課題が残っていた。


「他の人気カフェって、どうやって魅力を伝えてるんだろう?」


 スマホで地元や全国の人気カフェの公式アカウントを検索してみることにした。次々と画面に表示されるおしゃれな投稿たち。食器の配置や光の当たり方まで計算され尽くした写真、そして見る人の心をくすぐる温かみのある文章。


「…すごいな。」


 昴は画面をじっと見つめ、自然とため息が漏れる。こんな投稿があふれている中に、何の工夫もない写真をのせるだけではすぐに埋もれてしまうだろう。


 しかし、次の瞬間、彼の表情が引き締まった。


「でも…これを見ればヒントがあるはずだよな。こんな風になれれば、お客さんにももっと店の良さを伝えられるかもしれない。」


 昴はポジティブな気持ちを取り戻し、スマホに映る投稿を一つ一つじっくりと観察し始めた。



 まず、人気の投稿の写真に注目した。


「光が柔らかい…自然光を上手く使ってるんだな。」


「食器も統一感があって素敵だ。うちの店の雰囲気にも合いそうなもの、探せばあるかも。」


 続いて、キャプションの文章に目を向ける。


「丁寧な言葉使いだけど、堅苦しくない。まるで会話してるみたいに感じる文章だな。」


「あと、例えば新作メニューの説明も、単に『おいしい』じゃなくて、『こんなシチュエーションで食べたい』みたいな共感を誘う書き方なんだ。」


 彼はその場でメモ帳を開き、思いついたことを箇条書きで書き留めていった。

「柔らかい光を使った写真」

「統一感のある食器」

「温かみのある言葉使い」

「お客さんが想像できるシチュエーションを盛り込む」


 リサーチすればするほど、新しい発見が次々と出てきて、昴の心は少しずつ前向きになっていった。


 しばらく考えた後、昴はふとプレアデスの雰囲気を思い返した。


「うちは小さくて落ち着く空間が売りだよな。家みたいにリラックスできるカフェ。だからこそ、そういう部分をどう伝えればいいか…。」


 彼はプレアデスの店内や澪の笑顔、丁寧に作られた料理のことを思い浮かべながら、さらにメモを増やしていった。


「例えば、常連さんがゆったりと本を読んでいる写真を撮るとか。」


「新作メニューのデザートを、夕方の光を使って撮影してみるとか…。」


 その瞬間、昴の頭の中にある映像が鮮やかに浮かんだ。美味しそうなデザート、温かいコーヒー、そしてそれを楽しむ穏やかな空間。


「なんだ、アイデアはちゃんとあるじゃないか。」


 昴は自分の中に湧き上がるやる気を感じた。



 次の日の営業終了後、昴はメモを片手に店内の照明を少しずつ調整していた。


「よし、自然光は入らない時間だけど、暖かみのある間接照明でどうだろう。」


 彼は窓辺の席に小さなテーブルをセットし、プレアデスの人気メニューであるチーズケーキとカフェラテを並べた。


「光は…これくらいでいいかな?」


 昴はスマートフォンを手に取り、試しに写真を撮ってみる。画面に映ったのは、なんとも平凡な構図の写真だった。


「んー、ちょっと違うな。」


 ため息をつきながら角度を変えたり、照明の位置を調整したりするが、なかなか思うような写真が撮れない。


 そのうち、昴は次第に大胆な行動に出始めた。店の椅子をいくつか移動し、観葉植物を持ち出して背景に配置し始めたのだ。さらに、より映えるようにと、キッチンからお皿や小道具を持ち出し、テーブルに置き直す。


 店内は徐々に雑然とし始め、床には彼が動かした道具や椅子が散乱していた。


「昴、何してるの?」


 澪の声が突然背後から響き、昴はびくっと肩を跳ね上げた。


「母さん!お疲れさま!その…ちょっと写真を撮ろうと思って…。」


 振り返った昴は、澪が少し呆れたように腰に手を当てているのを見て、思わず頭を掻いた。


「店、めちゃくちゃになってるけど?片付けるの大変そうだね。」


 澪の声には若干の怒気が含まれていた。


「す、すぐ片付けるから!でもほら、見て!これが一応撮れた写真なんだけど…どうかな?」


 昴はスマホの画面を澪に見せた。画面には少しだけ工夫された構図の写真が映っているものの、まだまだ素人感が拭えない。


「……うーん、悪くはないけど、ちょっとごちゃごちゃしてるかな。」


 澪は写真を見ながら真剣に考え込んだ。


「それに、プレアデスの雰囲気を伝えたいなら、もっとシンプルで落ち着いた感じのほうが良いかもね。例えば、このタルトとコーヒーだけを中心にして、余計な小物は控えめにするとか。」


「たしかに…。」


 昴は澪の言葉に頷き、手早くセッティングをやり直し始めた。


「ねえ、昴。私も手伝うから、一緒にやってみない?」


 澪はエプロンを外しながら、笑顔で昴の隣に立った。


「ほんと?助かる!」


 二人で試行錯誤を重ねながら、照明の角度を調整し、タルトとコーヒーを絶妙なバランスで配置していく。澪は持ち前のセンスを活かし、ナプキンの色や角度まで細かくこだわった。


「こうやって夕方の自然光が入る窓辺を背景にすると、もっと暖かみが出るんじゃない?」


「なるほど、それもいいね!」


 昴は感心しながらカメラを構え、シャッターを切った。


「できた…!これならいい感じかも!」


 二人で画面を覗き込むと、そこには温かみのあるプレアデスの雰囲気を見事に表現した写真が映し出されていた。


「うん、これなら店の良さが伝わると思う。」


 澪が満足そうに笑うのを見て、昴も自然と笑顔になった。


「ありがとう。やっぱり一人でやるより、誰かと一緒のほうが楽しいし、いいものができるね。」


「そうだね。でも、その代わり…」

 澪が少し意地悪そうに昴を見つめる。


「店を片付けるの、手伝ってもらうからね!」


「えっ…そ、それはもちろん!」


 昴は慌てて答え、散らかった店内を見渡して苦笑いした。



 プレアデスの片付けが終わった深夜、昴は店内のカウンター席に座っていた。

 周囲の静寂の中、天井のライトが暖かい光を落とし、ほんのりと木の香りが漂っている。


 彼の手元には、先ほど完成させた写真とメモ帳が置かれていた。

 写真をじっと見つめながら、昴は小さく息を吐いた。


「店を始めたときの気持ち、忘れてたわけじゃないけど…少し甘く考えてたのかもしれないな。」


「この店は、ただのカフェじゃないんだ。」


 昴はそうつぶやきながら、視線を店内に巡らせた。

 どの椅子にも、どのテーブルにも、来店した人たちの記憶が刻まれている気がする。


 本を読んでいた常連の青年。友達同士で楽しそうに会話していた女性たち。ひとりでコーヒーを飲みながら物思いにふけっていた老人…。


「ここがあるから癒される、そう思ってくれる人がいる限り、俺は絶対にこの店を守らなきゃならない。」


 昴は自分の中に湧き上がる想いを確かめるように、拳をぎゅっと握った。


「できることは全部やる。それが少しずつしか進まないことだとしても、何度でも挑戦すればいい。」


 昴はメモ帳を開き、新たにペンを走らせ始めた。


「写真の撮り方をもっと学ぶために、プロのSNSを分析する。」

「新しいメニューの開発を続ける。試作が失敗してもあきらめない。」

「店の雰囲気をもっと良くするための工夫を考える。」


 書き出していくうちに、昴の中に希望が灯っていくのを感じた。


「自分にできることをやり続ける。それがいつか形になるまで、努力を惜しまない。」


 彼はメモ帳の最後のページに、力強くこう書き記した。


「プレアデスを最高の場所にする。」


 気づけば窓の外には薄明るい光が差し始めていた。夜が明けようとしている。


 昴は席を立ち、店の中央に進むと、ゆっくりと深呼吸をした。


「さあ、新しい一日が始まる。」


 明るい未来を心に描きながら、昴は笑顔を浮かべた。その表情には、不安ではなく確かな決意が宿っていた。


 プレアデスは昴とともに、また一歩、輝き始めるのだった。



 ― ― ― ― ―


 良ければこちらもご覧ください。

 ・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534


 ・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090591046846


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