第57話 守るための闘い
プレアデスの閉店後、澪と昴は店の片付けをしながら今後の方針について話し始めた。口コミの影響で客足が遠のき、現状を打開する方法を模索しているが、思うように進まない。
「母さん、このままじゃまずいよね…」
昴が言葉を選びながら口を開いた。彼の表情には焦りと不安がにじんでいる。
「ええ、私も分かってる。でも、どうすればいいのか…」
澪はため息をつきながらテーブルを拭き続けた。その目はどこか遠くを見ているようだった。
沈黙が流れる中、昴が意を決したように声を上げた。
「若い女性をターゲットにするのはどうかな?」
澪は手を止めて昴を見つめた。
「若い女性…?」
「そう。今って、SNS映えするカフェが人気あるでしょ?SNSに写真をアップしたくなるようなメニューとか、店内の雰囲気を少し工夫すれば、お客さんが増えるかもしれないって思ったんだ。」
昴の言葉に澪は考え込むようにうなずいた。確かに、プレアデスは落ち着いた雰囲気が売りではあるが、若者向けの派手さや話題性には欠けているかもしれない。
「でも、プレアデスの良さを損なわずに、どうやって若い女性を引き寄せるのか…そこが問題ね。」
澪は真剣な表情で話し始めた。
「たとえば、夜空をイメージしたメニューを作るとか?」
昴が少し興奮気味に続ける。
「夜空…?どういう意味?」
澪が興味深そうに聞き返すと、昴は店名に込められた意味を引き合いに出した。
「プレアデスって、星の名前でしょ?だったら、それをイメージしたデザートとかドリンクを作るのはどうかな。たとえば、果物やチョコを使って夜空を表現したり、星形のクッキーをトッピングしたりしてさ。」
澪はその案に少し驚いた表情を浮かべた。
「なるほど…星をテーマにしたメニューか。それなら、プレアデスらしさを活かせるかもね。」
昴は少し顔を赤らめながら続けた。
「実は、友達にカフェをSNSで探すっていう話を聞いたんだ。写真映えがいいと行ってみたくなるって。それで、SNS映えするメニューを考えたらどうかなって思ったんだよ。」
澪は昴の言葉を聞き、少しだけ笑みを浮かべた。
「昴、意外とこういうの得意じゃない。いいわね、それ、やってみましょう。」
「ほんと?じゃあ、星空をイメージしたパフェとかどうかな?『星空パフェ』って名前にして、ブルーベリーやラズベリーで夜空っぽい色合いにしてさ。星形のクッキーをトッピングしたりして。」
「ブルーベリーやラズベリーなら、味もおいしいし、見た目も映えそうね。」
澪は腕を組みながらイメージを膨らませていく。
「でも、若い女性って見た目だけじゃなくて、写真を撮った後に『おいしかった』って思ってもらえるのも大事よね。味にもこだわらないと。」
昴はうなずきながら提案を続けた。
「たとえば、アイスクリームに濃厚なチョコレートソースをかけたり、ホイップクリームを雲に見立てたりして、見た目も味も楽しめるようにしたらどうだろう。」
澪は笑顔を浮かべながら頷いた。
「昴、案外こういうの向いてるわね。よし、明日から試作品作りを始めましょう。」
「やった!じゃあ、僕も手伝うよ。ブルーベリーとか必要な材料を買ってくるし、盛り付けも一緒に考えよう!」
二人は新しい目標に向かって動き始めた。プレアデスの再起をかけたメニュー開発。その第一歩として、「星空パフェ」のアイデアが形になろうとしていた。
「絶対、成功させようね。」
昴の言葉に澪は力強くうなずいた。
「ええ、プレアデスを守るために。」
こうして、二人の挑戦が静かに始まった。
昼下がりのカフェ・プレアデス。澪と昴は厨房に並び立ち、試作品作りに挑んでいた。
「ブルーベリーソースは、甘すぎない方がいいよな。爽やかさも大事だと思うんだ」
昴が手元の鍋でソースをかき混ぜながら、澪に意見を求める。
「そうね、プレアデスらしい上品な味にしたいわ。試してみる?」
澪が小さなスプーンでソースをすくい、昴に差し出す。
昴は恐る恐る口に運び、しばらく目を閉じて味を確かめた。
「うん、いい感じ!酸味が効いてて、星空の夜風みたいな爽やかさを感じる!」
「夜風ね…いい表現じゃない。じゃあ、この味を決定ね!」澪は笑顔で応えた。
その後も、試作品作りは続く。パフェの盛り付けに使うグラスや材料を吟味しながら、二人は細かい部分にこだわった。
「この星形のクッキー、どう?」
澪が試作したばかりのクッキーを昴に見せる。焼き色が絶妙で、夜空に輝く星そのものだ。
「完璧じゃん!これがあるだけで一気に雰囲気が出るな」
昴が感嘆しながら手に取り、そっとかじる。クッキーの甘さとサクサク感に思わず笑みがこぼれる。
最後に、完成したパフェを二人で眺める。ブルーベリーとラズベリーが層を成し、星形クッキーがトップに飾られた。夜空を彷彿とさせる、見た目にも美しい一品だった。
「これは…かなりいいんじゃない?」
昴が感嘆の声を上げると、澪も満足げに頷いた。
「ええ、プレアデスの名に恥じないメニューよ」
二人は同時に試食し、口いっぱいに広がる甘酸っぱさとクリーミーさに、自然と笑顔がこぼれた。
試作品の成功に手応えを感じた二人は、次に店内の装飾について話し合うことにした。
「せっかく『星空パフェ』を出すんだから、店内も星空っぽくしたいよね」
昴が提案すると、澪も「そうね、もっと夜空の雰囲気を楽しんでもらえるような工夫が欲しいわね」と賛成した。
「例えばさ、テーブルにランタンを置くのはどうかな?星の形をしたランタンとか」
昴が思いつきを口にすると、澪の目が輝いた。
「それ、いいアイデアね!温かい光で店内が柔らかい雰囲気になるし、夜空のイメージにも合うわ」
さらに、壁の装飾にも手を加える案が浮かんだ。
「黒いボードに星座を描いてみるのはどう?手書きで少し可愛い感じにすれば、若いお客さんも喜びそうだし」
「それなら、カウンターの後ろに飾って目立たせましょう。星座にちなんだちょっとした説明も書いておけば話題になるかも」
澪もすぐに賛成し、メモを取る手が止まらない。
昴はふと店内を見回しながら、「少しだけライトの色を変えるのもありかな。白いライトをやめて、青とか紫っぽい照明にすると星空感が増すんじゃない?」と提案した。
「なるほどね、それならコストも抑えられるし、試してみる価値はありそうね」澪は腕を組みながら考え込む。
二人はその場で必要な装飾品をリストアップし、週末に買い出しに行くことを約束する。
「これで若い女性たちにもっと楽しんでもらえるかもしれないね」
昴が笑顔で言うと、澪も「そうね、今までになかった新しいプレアデスの姿が見せられるかもしれないわ」と前向きに応えた。
小さな光のような希望を胸に、二人は次の準備に取り掛かろうとしていた。
次第に形になりつつあるアイデアに、二人の表情には少しずつ自信が戻り始めている。
澪が厨房でスープをかき混ぜる音だけが響く店内。カフェ・プレアデスは、営業が終わってからも次の日に向けた準備で忙しい時間だ。昴はテーブル席に座り込み、手帳を広げて新メニューやキャンペーンの案を書き連ねていた。しかし、どれもイマイチ決め手に欠ける。
「うーん、やっぱりこれだけじゃ弱いなぁ……」
昴は頭を抱えてぼそりとつぶやく。
「昴、手止めてばっかりじゃなくて、もっと集中しなさいよ」
澪が振り返って小言を言うが、彼女もまた悩ましい表情を浮かべている。
「わかってるけどさ……どうやったら、若い女性にもっと来てもらえるんだろう?」
昴がそう言いながら、手帳のページをパタリと閉じる。
「新メニューを作ったって、それを知ってもらわなきゃ意味がないものね」
澪も手を止め、カウンター越しに昴を見つめる。
「そもそも、若い女性にウケるって、どういうことなんだろう?」
昴が頭をかきむしるようにして悩む。
「それよ。それがわかれば苦労しないのよ」
澪は肩をすくめて笑ったが、その声には焦りが滲んでいた。
昴は店の内装に視線を巡らせる。どこも清潔で、家具もアンティーク調で落ち着いた雰囲気だ。しかし、それが若い女性にとって魅力的かどうかはわからない。
「内装を変えるとか?若い女性が写真を撮りたくなるようなインテリアにするとか」
「でも、若い女性ってどういうカフェに行きたいんだろう?」
昴がぽつりとつぶやくと、澪がふと何かを思い出したように顔を上げた。
「茉莉亜ちゃんや千春ちゃんが詳しいんじゃない?」
「えっ?」
昴は驚いた表情を浮かべる。
「だって、二人ともその“若い女性”じゃない。彼女たちに相談してみたらどう?」
昴はしばらく考え込んだあと、小さく頷いた。
「確かに……茉莉亜さんや千春さんなら、そういうのに詳しいかも」
澪は満足そうに微笑む。
「でしょ?私たちだけで悩んでいても埒が明かないわ。若い人の感覚を借りるのが一番よ」
昴はポケットからスマートフォンを取り出し、茉莉亜の連絡先を開く。
「茉莉亜さんにまず聞いてみようかな……いや、千春さんにも声をかけたほうがいいか」
「そうね。二人ならきっといい案を出してくれるわよ」
澪が背中を押すように声をかける。
昴は少し緊張した様子でスマートフォンを見つめながら、ついにメッセージを打ち始めた。
「なんだか、いろいろ頼りっぱなしだな……でも、今は背に腹は代えられないか」
そう言って、自分を奮い立たせるように送信ボタンを押す昴。その表情には、どこか決意が宿っていた。
この日の話し合いは、結局明確な結論には至らなかった。しかし、二人は少しずつ前に進もうとしていた。茉莉亜と千春に頼ることで、新たな道が見えてくるかもしれない――そんな小さな希望が、彼らの心を支えていた。
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良ければこちらもご覧ください。
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