第56話 決意の夜
夜、カフェ・プレアデスの店内。店の片づけを終えた澪と昴が、カウンター越しに向かい合って座っていた。澪はペンとメモ帳を手に持ち、昴はその様子を少し緊張した面持ちで見つめている。
「さて、どうするか…」澪が深いため息をつきながら切り出した。
「口コミサイトの評価が下がってから、新規のお客さんも減ってるし…このままだと、本当にやばいわ。」
澪の表情には焦りと悔しさが入り混じっている。昼間、雷央と雷道が店を訪れたことで、かえって火がついたようにやる気がみなぎっているようにも見えたが、その勢いだけでは解決できない現実が二人を押しつぶしていた。
昴は少しうつむきながら口を開いた。「そうだね…でも、何をすればいいのか全然わからないよ。」
「とにかく何かしないと、状況は変わらないわ。」
澪がペンを握りしめながら言った。
「例えば、商品の値段を少し下げるとか…どうかしら?」
昴は眉をひそめながら首をかしげた。
「うーん、値段を下げたら、利益が減ってさらに厳しくならないかな…。それに、値段を下げるだけでお客さんが戻ってくるかどうかもわからないし。」
澪は頷きつつも、何かに苛立つようにペンをテーブルに置いた。「確かにそうよね。でも、今のままだと打つ手がないのよ…。何か変えなきゃ、このままじゃ店が潰れちゃう。」
澪がもう一度メモ帳を見つめ直し、さらに考えを巡らせる。
「じゃあ…例えば、新しいメニューを出してみるのはどうかしら? 期間限定とかで目新しいものを作れば、お客さんの興味を引けるかもしれない。」
昴は少し考え込みながら言った。
「新メニューか…。でも、それを知ってもらう方法が難しいよね。常連さんには伝わるかもしれないけど、新規のお客さんに届くかどうか…。」
澪は肩を落としながら「確かに、それも問題よね…。じゃあ、何かおまけを付けるとかどう? ドリンクを頼んだら、小さなお菓子を無料で付けるとか。」
「それはいいかもしれない!」
昴が少し顔を明るくして答えた。
「でも、それも長くは続けられないよね。材料費もかかるし…。」
澪は手にしていたペンを机に軽く叩きつけ、声を上げた。
「もう! どうしてこう、何もかも上手くいかないのよ!」
昴は澪の勢いに少し驚きながらも、「でも、焦っても仕方ないよ。今できることを少しずつやるしかないんじゃないかな。」と穏やかに言った。
澪は腕を組み、少し怒りを抑えたように口を開いた。「焦らないなんて無理よ。あの変態親父が好き勝手言って、店を潰そうとしてるのに、黙って見てるわけにはいかない。」
昴は澪の気持ちを理解しようとするように頷きながら言った。「それはそうだけど…母さんが怒っても、あの人たちには響かないと思う。」
澪は昴の言葉に少し力を抜き、「それも分かってる…。でも、何もしないでいると、私たちが負けを認めたみたいで悔しいの。」
昴は澪の視線をまっすぐ見つめ、「負けなんて認めてないよ。僕たちには僕たちのやり方があるはずだよ。」と静かに答えた。
少し沈黙が続いた後、澪が大きく息を吐いて言った。
「そうね…とりあえず、明日も店をいつも通り開けて、いつも通りの味を提供する。それだけでも、今の私たちにできることよね。」
昴も頷きながら答えた。
「僕も友達に店のことを話してみるよ。口コミサイトじゃなくて、実際に来た人からの声が広がれば、少しは変わるかもしれない。」
澪は昴の言葉に少し微笑みを浮かべ、「ありがとう、昴。あなたがいてくれて本当に助かるわ。」と静かに言った。
昴は照れたように頭をかきながら、「いや、僕も澪さんに支えられてるよ。二人で頑張ろう。」と答えた。
時計の針はすでに深夜を指していた。二人はそれぞれ立ち上がり、明日の準備を始める。
「どんなに苦しくても、私たちの店なんだから、絶対に諦めないわ。」澪の力強い言葉が店内に響く。
「うん、僕も諦めない。」昴もその言葉に力強く頷いた。
困難な状況は続くが、二人はそれぞれの思いを胸に、少しだけ前へ進む決意を固めた夜だった。
片付けを終え、澪が先に家に戻った後、昴は一人で静かな店内に立ち尽くしていた。明かりを消したカウンター越しに、暗闇に浮かぶ椅子やテーブルが目に入る。
「このままじゃダメだ…」
自分の言葉が静まり返った店内に響き、昴は無意識に拳を握りしめた。
澪の強い意志に触れ、彼女の覚悟を目の当たりにして、昴の胸の奥に小さな炎が灯っているのを感じていた。
「僕だって、何かしなきゃ。」
これまで、自分はどこか受け身で、何か問題が起こっても誰かに頼ることでやり過ごしてきた。だが今、澪と共にこの店を守り抜くためには、もっと積極的に動かなければならないと強く思った。
翌朝、昴は少し早めに店に向かった。まだ薄暗い空の下で、カフェ・プレアデスの看板を見上げる。
「この店を守るんだ…どんなに厳しい状況でも、絶対に。」
昴は心の中でそう誓い、鍵を開けると店内の灯りを点けた。
これから何をすればいいのか、明確な答えはまだ見つからない。それでも、今は一歩を踏み出すことが大切だと感じていた。
「母さんと一緒に、この店をもう一度活気づける。」
澪が戻ってくるまでに、何か少しでも役立つアイデアを考えようと、昴はカウンター席に座り、ノートを広げた。
その姿は、これまでのどこか自信のない昴ではなく、静かに燃え上がる覚悟を秘めた新しい昴だった。
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良ければこちらもご覧ください。
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