第52話 口コミの真相を確かめに

 駅から歩いて10分ほど、昴と綾乃はカフェ・プレアデスに向かっていた。だが、昴は珍しく無口で、いつもより表情も硬い。綾乃はその様子に気づき、声をかけた。


「昴くん、どうしたの?元気ないね。」


「えっ、そうかな?別にそんなことないけど。」


 昴は慌てて否定したが、そのぎこちない様子に綾乃は眉をひそめた。


「絶対なんかあるでしょ。いつもより静かだもん。もしかして、私と一緒に来たくなかった?」


 綾乃が少し冗談交じりにそう言うと、昴は大きく首を振った。


「違う違う!全然そんなことないから!ただ…その…」


「ただ?」


 綾乃が問い詰めるように覗き込むと、昴は苦笑いを浮かべた。


「ちょっといろいろ考え事してただけ。それだけだよ。」


「ふーん、まあいいけど。でも、今日は楽しもうって決めたんだから、考え事は後回しにしてよね!」


 綾乃はニッコリと笑い、昴の腕を軽く叩いた。その明るい態度に、昴は少しだけ肩の力を抜いた。


 しばらく歩くと、目の前にカフェ・プレアデスの看板が見えてきた。落ち着いた外壁と木製の扉が印象的な外観に、綾乃は目を輝かせた。


「ここがカフェ・プレアデスかぁ…すごくおしゃれな感じだね!外から見ただけでも、雰囲気の良さが伝わってくるよ。」


「…そっか、気に入ってくれるといいけど。」


 昴は少し気まずそうに答えたが、綾乃は気づかない様子でさらに続けた。


「ほんとだよ!なんでこんな素敵なお店がレビューで悪く書かれてたのか不思議なくらい。」


「うん…まあ、そうだよね。」


 曖昧な返事をする昴をよそに、綾乃はすでに店の扉に向かっていた。


「よし、行こっ!」


 店内に足を踏み入れると、優しい木の香りと落ち着いた照明が二人を包み込んだ。静かな音楽が流れる中、カウンターに立っていた昴の母・澪が二人に気づき、柔らかな笑顔を向けた。


「あら、昴じゃないの。珍しいわね、こんな時間に。」


「ちょっと寄っただけだよ。」


 昴はそっけなく答えたが、澪はそんな息子の態度にも気にする様子はなかった。そして、隣にいる綾乃に目を向けると、少しからかうように微笑んだ。


「そっちの子は彼女さん?」


「ち、違うよ!ただの友達だって!」


 突然の言葉に、昴は慌てて否定する。一方、綾乃はクスクスと笑いながら「お邪魔してます」と軽く頭を下げた。


「まあまあ、冗談よ。ゆっくりしていってね。」


 澪がそう言うと、奥のテーブル席へ二人を案内した。


「…ほんと、からかわないでほしいよ。」


 席に着くなり昴がぼやくと、綾乃はおかしそうに笑った。


「いいじゃん、仲良さそうで。なんかほっこりするね。」


「それならいいけどさ…。」


 昴は小さくため息をつき、メニューを手に取った。


「昴くん、ここでおすすめのメニューって何?」


 綾乃がメニューを眺めながら尋ねると、昴は少し考え込んだ後に答えた。


「デザートなら、チーズケーキかガトーショコラかな。母さんの手作りなんだ。」


「手作りなんだ!じゃあ、私はチーズケーキとカフェラテにしよっと!」


 綾乃は迷わず注文を決め、澪に伝えた。昴もコーヒーと軽いセットを頼むと、澪は微笑みながら注文を受けてキッチンへ戻った。


「やっぱり素敵なお店だね。居心地がいいし、内装もおしゃれだし…。」


「そう言ってもらえるとありがたいけど…レビューのこと、やっぱり気になるよね。」


 昴は少し申し訳なさそうに言うと、綾乃はスマホを取り出して再びレビューを確認した。


「ほんとだ…『接客が悪い』とか書いてあるけど、全然そんなことないじゃん。」


「うん…たぶん、何かの嫌がらせだと思う。」


「許せないね、そういうの。こうやって実際に来てみたら、全然違うって分かるのに。」


 綾乃が怒ったようにそう言うと、昴は少しだけ安心したように笑った。


 しばらくして澪が注文を運んできた。チーズケーキにはたっぷりとブルーベリーソースがかかっており、綾乃はその見た目に思わず感嘆の声を上げた。


「すごい、見た目も綺麗!さっそくいただきます。」


 一口食べた瞬間、綾乃の目が輝いた。


「おいしい!チーズが濃厚で、ブルーベリーの酸味がちょうどいいバランス!」


「そう?それは嬉しいわね。」


 澪が微笑むと、綾乃はさらに興奮気味に続けた。


「カフェラテもすごくおいしい!こんなに美味しいコーヒー、久しぶりに飲んだかも。」


「豆からこだわって挽いてるのよ。毎回丁寧にね。」


 その声に綾乃は感心しきりだったが、澪はふと何かを思いついたように笑った。


「そんなに気に入ってくれたなら、ちょっとサービスしちゃおうかしら。」


 澪が運んできたのは、小さめのガトーショコラだった。


「えっ、いいんですか?」


「もちろんよ。楽しんでいってちょうだい。」


 綾乃はそれも一口食べると、「これも最高!」と声を上げた。


 最後までスイーツを堪能し、綾乃は満足げに微笑んだ。


「やっぱりレビューなんて当てにならないね。帰ったら、友達にもこのお店をお勧めしとくよ!」


「…ありがとう。」


 昴は小さく呟きながら、内心で母に感謝した。澪が作るスイーツの力が、綾乃のような素直な感想として返ってきたことが、何より嬉しかった。


 店内の穏やかな雰囲気と、美味しいスイーツで心が満たされた綾乃と昴。二人は楽しい時間を過ごしながら、カフェを後にする頃にはすっかり笑顔だった。


 昴は母の作るスイーツの力を改めて実感しつつ、「綾乃が楽しんでくれてよかった」と心から思っていた。

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