第49話 波乱の夏休みの幕開け
夏の日差しが校舎に降り注ぎ、いつもより少し浮かれた雰囲気の中で終業式が行われた。式が終わると、クラスごとのホームルームにうつる。
ホームルームの始まりとともに、ひより先生が教室に入ってきた。いつものように少し慌ただしい様子で教卓に立つと、持っていた資料を何度か落としそうになりながらも全員に声をかけた。
「えーっと、それじゃあ皆さん、夏休みの過ごし方について、いくつか注意事項をお伝えしますね!」
教室からは少し笑いが漏れる。
「先生、落ち着いて~!」という男子の声に、ひより先生は赤くなりながらも笑顔を見せた。
「ご、ごめんなさい。えっと、まずは外出時の安全についてです。海やプールに行く人は、必ず大人に確認を取ってから出かけてくださいね。そして、熱中症対策も忘れずに!」
手元の資料を慌ててめくる彼女の姿に、クラスの女子たちも思わず微笑む。
「それから……ケガや事故に十分注意してくださいね。無理なスケジュールや夜遅くまで遊ぶのは避けてください。あとは、何よりも宿題を忘れないこと!」
この言葉に、教室全体から「うわー、そこは言わないでよー!」と不満げな声が上がる。
「ふふっ、私だって皆さんに楽しい夏休みを過ごしてほしいんですから。でも、きちんとやるべきことはやってくださいね!」
ひより先生は少し困ったように微笑みながら、最後に手元の資料を閉じた。
「それじゃあ、皆さん、素敵な夏休みを!」
その一言でクラスの空気が一気に明るくなり、拍手が起こる。ひより先生は少し照れくさそうに笑いながら教室を出て行った。
ひより先生が教室を後にすると、ついに夏休みが始まったのだ。
教室には解放感と高揚感が漂い、すぐに生徒たちが思い思いに話し始める。
「夏休みか~! 何しようかな!」
「部活も忙しいけど、どっか行きたいよな!」
ざわめきが広がる中、雷央が前の席に立ち上がり、手を叩いて教室全体に声を響かせた。
「おいおい、みんなちょっと静かにしろって! 大ニュースがあるんだからよ!」
その声にクラスの視線が一気に雷央へと向かう。ざわついていた教室が少しずつ静まり、雷央の顔には自信満々の笑みが浮かんでいた。
「実はな、この夏休み、みんなで海に行く計画を立てたんだよ!」
「え、海?」
「マジで?」
突然の発表に、驚きと期待が入り混じった声が飛び交う。雷央はその反応を楽しむように、さらに声を張り上げる。
「そう、海だ! しかもただの海じゃねえぞ。宿泊施設もバッチリ手配してある。泊まるのは高級ホテルのスイートルームだ!」
「ス、スイートルーム!?」
「嘘だろ、すげえ!」
驚きと興奮が一気にクラスを包み込む。雷央は手に持っていたメモを掲げながら続ける。
「日程は8月15日からの2泊3日! 参加したいやつは俺に言え。もちろん全員参加でも大丈夫だからな!」
その瞬間、教室内は歓声と拍手に包まれた。男子も女子も関係なく、誰もが雷央の提案に魅了されていた。
「雷央、すげえじゃん!」
「やっぱり行動力が違うよな!」
「スイートルームって、どうやって取ったの?」
次々に飛び交う賞賛の声に、雷央は「まあな」と軽く肩をすくめてみせる。その余裕たっぷりの態度に、さらに称賛が続いた。
教室の隅では、優翔が机に肘をつきながら笑みを浮かべていた。
「あいつ、ほんと行動力あるよな。なんだかんだ言って、やるときはやるって感じだもんな。」
隣に座る昴も、その言葉に静かに頷いた。
「うん……僕には、ああいう大胆さとか、行動力はないな。だから、ちょっと羨ましい。」
昴の声は少し落ち込んでいた。彼の視線は窓の外の空に向けられ、心の中では雷央との違いに思いを巡らせているようだった。
その様子を見ていた茉莉亜が、小さく笑いながら昴に近づく。
「昴くん、気にしないでいいよ。」
「え?」
茉莉亜は、持ち前の明るさをそのままに、優しく昴に語りかけた。
「雷央くんには雷央くんのいいところがあるけど、昴くんにも昴くんのいいところがあるじゃん。昴くんらしさを発揮すればいいんだよ。」
「僕らしさ……」
茉莉亜の言葉に、昴は少し戸惑いながらも考え込む。彼の中で、何かが少しずつ前向きに変わり始めているようだった。
そんな二人を見ていた優翔が笑いながら声を上げた。
「おいおい、茉莉亜、なんかいい感じに励ましてるけど、結局俺が一番頼りないってことか?」
茉莉亜は優翔に振り返り、からかうように言った。
「うん、優翔くんはまず、雷央くんの行動力を半分くらい分けてもらったほうがいいかもね!」
「おいおい、厳しいな!」と優翔が苦笑いすると、すかさず千春が会話に加わる。
「それに、あと学力もね。追試ギリギリの人が何言ってるのかしら?」
「ぐっ……!」と優翔は手で胸を押さえる仕草をして、しょんぼりと肩を落とした。
「いいじゃん! 千春が助けてくれるだろ? これからも、ずっと!」
優翔が甘えるように千春を見上げると、千春は呆れたようにため息をつきながらも、仕方ないわね、と言った様子で彼をじっと見つめた。まるで手のかかる犬を見るような目だ。
「ほんとにしょうがないわね……次からは自分で頑張るのよ?」
「はーい、千春先生、よろしくお願いしまーす!」
その軽いやり取りに、教室はまた笑い声に包まれた。
雷央の計画はクラス全体に一体感を与え、教室の雰囲気を完全に盛り上げていた。生徒たちは、夏休みの海の計画に心を躍らせながら、期待と興奮を胸にそれぞれ帰り支度を始める。
しかし、その裏には波乱の予感も漂っていた。雷央の企みや、昴たちの思い、そしてそれぞれが抱える期待や不安が、どのように交差するのか──夏休みは、ただ楽しいだけでは終わらない予感を秘めていた。
窓の外には真っ青な夏空が広がっている。いよいよ訪れる夏休み。その幕開けを告げる鐘の音が、教室の片隅に静かに響いた。
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