第45話 男子たちの密談
夏の日差しがプールサイドに降り注ぎ、男子たちは授業開始を告げるホイッスルの音とともに準備運動を始めた。まだ朝の冷たさをわずかに残した水面がキラキラと輝いている。
「さーて、準備運動しっかりやれよ。筋肉痛になるぞ!」と颯太が冗談半分に声を張り上げながら腕を回す。
昴は無言でストレッチをしていたが、ふと颯太の視線が自分に向いていることに気づく。
「ん? 何か?」と問いかけると、颯太がニヤリと笑いながら指を差してきた。
「おい昴、お前……いつの間に腹筋が割れてきてんだよ?」
「えっ? そ、そんなことないけど?」昴が慌てて視線を泳がせる。
しかし、颯太の言葉に気づいた優翔と蓮も笑いながら近づいてくる。
「ホントだ、なんかうっすら線が入ってるじゃん! まさか、隠れてトレーニングしてたんじゃないだろうな?」
優翔がからかい混じりに言うと、蓮も続ける。「これはモテたい魂胆だな! おい昴、プールで女子にアピールする気満々か?」
「そんなことないってば!」
昴は耳まで赤くしながら弁明するが、3人は楽しそうに笑い声を上げる。
「いやー、隠れて努力するとは意外だな!」
颯太が背中を叩くと、昴は「だから違うって!」と声を上げるが、笑顔は抑えられなかった。
男子たちの無邪気な騒ぎは次第に広がり、プールサイドには彼らの明るい笑い声が響き渡る。
男子の自由時間が始まり、プールサイドで休憩していた昴、優翔、颯太、蓮たちは、視線を向けた先の女子たちの授業風景に自然と注目していた。女子たちはプールの端で軽快に水をかきながら泳ぎ、時折楽しげな笑い声がこちらまで聞こえてくる。
颯太がニヤリとしながら、プールに浮かぶ水面を眺めつつ口を開いた。
「なあ、お前ら。正直、あの中で誰が一番タイプなんだ?」
唐突な問いかけに、優翔が「は?」と顔を上げ、昴も少し戸惑った表情を浮かべる。
「おいおい、男同士でそういう話は定番だろ? 遠慮すんなよ!」
颯太が軽く肘で昴をつつく。
蓮も頷きながら「いいね、それ。面白そうだ」と乗っかる。
しばしの沈黙の後、颯太が真っ先に声を上げた。「俺はやっぱり花音だな! なんか、あの清楚で優しい感じがいいんだよね~。一緒にいたら癒されそうだし、めっちゃいい奥さんになりそう!」
その言葉に蓮が「あ、それ俺もだから」と即答し、続けて力説し始める。「花音ちゃんはまさに理想の彼女だよな! 何やっても可愛いし、話してるだけで癒される。あの柔らかい雰囲気が最高だよ!」
颯太と蓮が花音への思いを熱弁し合うのを聞きながら、優翔は小さくため息をついてから、少し照れくさそうに口を開いた。
「俺は……千春かな。普段は冷静でクールなんだけど、たまに柔らかい表情を見せるのがいいんだよ。なんか、ギャップっていうか……そういうのに惹かれるんだよな」
颯太が「おー、千春派か! ちょっと意外だけど、確かに千春のあの知的な雰囲気はカッコいいよな」と納得顔で返す。
そして最後に、みんなの視線が昴に集中する。「で、昴は?」と蓮が問いかけると、昴は少し間を置いてから「……茉莉亜さんかな」と静かに答えた。
颯太が驚いたように目を丸くする。「えっ、茉莉亜!? なんか意外だな。元気いっぱいで、真逆って感じじゃん?」
昴は少し笑いながら、言葉を選ぶように話し始める。
「うん。でも、茉莉亜さんって、どんな時でも明るくて、自然体でいるだろ? ああいうのって、すごいことだと思うんだよね。自分にはないものだから、ちょっと尊敬してるっていうか……」
優翔が「尊敬、ねえ」とからかうように言うと、昴は「そういう意味じゃないって」と慌てる。それを見て颯太と蓮が声を上げて笑い出し、男子たちはくだらない話で盛り上がった。
プールサイドには、彼らの明るい笑い声と、水面を叩く小さな波音が心地よく響いていた。
昴たちが盛り上がっている最中、後ろから「おい、お前ら」と聞き慣れた低い声がした。振り返ると、雷央が腕を組んで立っていた。
「なんだよ、楽しそうに話してんな。俺も混ぜろよ」と言いながら近づいてくる。
颯太が「おい雷央、今ちょうどタイプの話してたんだよ。誰が一番いいかってな」と軽い調子で振ると、雷央の表情が一瞬変わり、冷たい笑みを浮かべる。
「花音のこと話してんじゃねえよ」と一言。周囲の空気がピリッと緊張する。
蓮が「いや、別に悪い意味で話してたわけじゃないだろ。清楚で可愛いよな、花音ちゃん」と言うと、雷央はさらに近づき、睨むように蓮を見た。
「だからさ、花音は俺と付き合ってるって言ってんだろ? 余計なこと言うなよな」
その言葉に、颯太が「え、本当に付き合ってんの?」と驚いた表情を見せる。
雷央はニヤリと笑い、「信じないのか? 昨日も夜遅くまで二人で楽しい時間過ごしたぜ」と、わざと含みを持たせた口調で話す。
颯太と蓮が「マジかよ!?」と驚き、がっかりした様子を見せる中、優翔と昴は無言で険しい表情を浮かべていた。
優翔は何も言わずに目を伏せ、昴は内心で「雷央って本当に最低だな。こんなところで話す内容じゃないだろ」と憤りを感じていた。
「ま、俺たちの仲を邪魔するなよ」と挑発的に言い放つ雷央。それでもまだ話し足りない様子で自慢げに続けようとするが、空気は次第に微妙なものになっていく。
颯太が頭を抱えながら「ショックだな……なんか夢が壊れたわ」とため息をつき、蓮も「ほんとそれ」と肩を落とす。
そんな中、雷央は「ま、嫉妬するのもわかるけどさ」と得意げに笑う。だが、その空気を引き裂くように優翔がふいに口を開いた。
「……次の授業、遅れるぞ」
短い一言だが、その声には明らかな苛立ちがこもっていた。それを聞いて、昴が「そうだな、行こう」とすぐに同調する。
雷央は「なんだよ、お前らつまんねえな」と不満げに言うが、昴たちはそれ以上応じず、その場を離れる。颯太と蓮はやや落胆しつつも歩き出し、優翔と昴はそれぞれ黙ったまま、どこか考え込むような表情を浮かべていた。
プールサイドには、今までの賑やかさとは打って変わって、張り詰めた空気が残されるのだった。
雷央との気まずい空気を引きずりながらも、男子たちは更衣室へ向かって歩いていた。気落ちしている颯太が、ふとした拍子に大きく伸びをしながら声を上げる。
「はー、花音は無理だとしてもさ、夏休み中に女子とちょっとでも仲良くなる方法考えようぜ!」
突然の軽口に、蓮が「お前、切り替え早すぎだろ!」とすかさず突っ込み、他の男子もつられて笑い出す。
「だってよ、こんなこと引きずってたら何も始まんねえじゃん! 俺たちだって、まだまだこれからだろ?」と颯太が胸を張る。
蓮は呆れたように「その根拠のない自信、少し分けてほしいわ」と肩をすくめるが、どこか楽しげだ。
昴も「ほんと、颯太の前向きさだけはすごいよな」と苦笑しながら同調し、優翔も「まあ、それくらい楽観的なほうがいいのかもな」とつぶやく。
四人の軽口が次第に盛り上がり、さっきまでの重たい空気が嘘のように和やかになっていく。
最後に颯太が「よし! 夏休み大作戦、考えるために放課後集まろうぜ!」と高らかに宣言し、蓮が「いやいや、まずは期末試験を終わらせてからな!」としっかり釘を刺す。
それに全員が笑い合いながら応じ、更衣室の扉をくぐっていった。
どこか救われたような気持ちになった昴と優翔は、軽く視線を交わし、二人も少し前向きになったような笑顔を見せる。
男子同士の絆を感じさせる、そんな微笑ましい終わり方だった。
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良ければこちらもご覧ください。
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