第41話 筋違いな復讐 ー雷央視点ー
少し時間は巻きもどる---
花音とカフェ・プレアデスに入店を拒否された日の帰り道、雷央は怒りに震えていた。
冷たい風が吹きつける夜道を歩きながら、雷央は肩を震わせた。肌寒さのせいではなく、胸の奥に燃え上がる苛立ちが、彼の心を乱していたのだ。
「あの女……、俺をバカにしやがって……!」
つぶやいた声は、夜の静けさに吸い込まれ消えていく。
雷央の頭には、数時間前のカフェ・プレアデスでの光景が何度も浮かんでいた。ネットで評判だったから花音を連れて店に入っただけのつもりだった。だが、その時澪が投げつけた言葉は、雷央にとってまるで鋭い刃物のようだった。
「あなたにはこの店に来てほしくないんです」
淡々とした声色、少しも揺らがない澪の視線。雷央がその場で返す言葉を見つけられなかったのは、それほどまでに澪の一言が強烈だったからだ。
「なんだよ……俺が何したってんだよ……!」
拳をギュッと握りしめる。その手のひらに爪が食い込む感覚で、ようやく怒りの震えを少しだけ抑えることができた。それでも心の中では、収まるどころか、怒りと恥辱がさらに燃え広がっていく。
「俺が、何したって言うんだよ……」
再びその言葉が口をついて出る。だが、何度言葉にしても澪の態度が変わるわけではない。それどころか、思い出すたびに、雷央の中で怒りが膨れ上がるばかりだった。
そのまま家に帰り着いた雷央は、玄関のドアを開けると乱暴に靴を脱ぎ捨て、リビングに向かった。そこには、スーツ姿の父親がテレビを見ながらくつろいでいた。
「父さん、聞いてくれよ!」
雷央の苛立ちは、抑えきれない勢いで声に乗った。
父親は、息子の叫び声に顔をしかめたものの、リモコンを手に取りテレビの音量を下げた。
「どうしたんだ、そんなに大声出して。何かあったのか?」
雷央は父親の前に座り込むと、堰を切ったようにカフェ・プレアデスでの出来事を語り始めた。
「今日カフェに行ったらよ、そこの女の店員が急に俺に冷たい態度取ってきたんだよ! しかも、『来てほしくない』とか言われてさ!」
言葉を吐き出すたびに、雷央の表情は険しさを増していく。拳を振り上げながら、父親に向かって訴えるその姿は、まるで大人のような威圧感を醸し出そうとしているかのようだった。だが、実際にはその声の奥には、幼稚な苛立ちと屈辱が隠されていた。
「俺があそこに行っちゃいけない理由なんてないだろ? 客なんだからさ、普通にサービスするのが当たり前だろ!」
父親は雷央の言葉を適当に聞き流しているようだった。だが、雷央の声の調子が一向に落ち着く様子を見せず、怒りの炎が燃え広がるばかりなのを見て、ようやく興味を示したようだった。
「で、どこの店だ? そのカフェってのは。」
その一言に、雷央は一瞬表情を明るくした。父親が話に乗ってきたことが分かり、苛立ちの中にも期待感が混じる。
「カフェ・プレアデスって店だよ! オシャレなカフェでさ、いつも結構客が入ってるんだ。でも、あの女のせいで……」
再び、澪の名前を口にするだけで雷央は顔をしかめ、怒りをぶつけるように拳で膝を叩いた。
「俺をバカにして、恥かかせやがって……! 父さん、何とかしてくれよ。あの店、絶対許せないんだよ!」
その瞬間、雷央の声にはいつもの尊大な響きが戻っていた。自分の力ではなく、父親の権力に頼ることで解決しようという魂胆が、彼の態度の隅々に表れていた。
父親は、一度目を細めて雷央を見つめたが、すぐにスマホを取り出し何かを調べ始めた。
「カフェ・プレアデス、ねぇ……ふむ、わかった。手を打ってやるよ。」
その言葉を聞いた瞬間、雷央はニヤリと笑みを浮かべた。勝ち誇ったようなその表情には、澪への復讐心と自分の思い通りに事が進む満足感がにじみ出ていた。
「やっぱり、父さんは頼りになるよな!」
だが、父親の興味はもうその話から少し離れているようで、スマホの画面に視線を落としながら「後で詳細を教えろ」とだけ言った。
雷央はその場を立ち上がると、ポケットに手を突っ込みながらリビングを出ていった。
雷央の苛立ち混じりの訴えを一通り聞いた父親は、カフェ・プレアデスという店の名前を繰り返すように呟いた。
「あの辺りの個人経営店か……」
彼の声には、一抹の興味とともに、ビジネスにおける計算高い冷静さが混じっていた。
父親はすぐさま自分のスマホを手に取り、部下たちにメッセージを送り始めた。
「すぐにこの店を調べろ。立地、オーナー、運営状況、客層。可能な限り細かいデータを集めろ。」
送信を終えた後、再び雷央に視線を向ける。
「まあ、すぐに潰せるような店じゃないかもしれないが……評価を下げるぐらいなら、そう難しい話でもないな。」
その言葉に雷央は不敵な笑みを浮かべる。
「 父さんなら絶対できるって思ったよ!」
父親はその言葉を聞き流すと、手元の資料をさっと確認し、別の指示を出し始める。
「うちの広告代理店で関わっている取引先に、少し協力を仰ぐか。口コミサイトに圧力をかけて、その店の評価を下げるんだ。」
さらに父親は冷徹な笑みを浮かべた。
「最近はSNSの影響力も馬鹿にならないからな。炎上の種を仕込むのも一興だろう。」
彼はその計画を進めるために、部下たちと手早く電話をつなぎ、詳細な手配を次々に指示していく。具体的には、カフェ・プレアデスに悪意ある口コミを投稿するための「サクラ」を雇う案や、SNSでネガティブな投稿を広める仕掛けなど、周到な策略が練られていった。
「顧客に足が遠のくように仕向けてやる。それくらいなら造作もない。」
電話越しの部下たちの返事を聞きながら、父親の顔には冷淡な満足感が漂っていた。
「それと、あの店のオーナーにちょっとした忠告でもしてやるか。店舗のイメージが悪くなるリスクについて、な。」
その言葉には、商売を握る側の傲慢さがにじみ出ていた。
数日後、父親から「手配は済んだ」という報告を受けた雷央は、スマホの画面に視線を落とした。
食べログのカフェ・プレアデスのページには、新しいレビューがいくつも追加されている。その多くが、否定的な内容だった。
「雰囲気はいいけど、店員の態度が悪い」
「コーヒーが薄くて、正直値段に見合わない」
「二度と行かない」
雷央は指で画面をスクロールしながら、満足そうにニヤリと笑った。
「ざまぁみろ……俺を馬鹿にした罰だ。」
雷央は食べログ以外にも、SNSで拡散されたネガティブな投稿を確認する。そこには、カフェ・プレアデスに訪れたことのないような人物からの否定的なコメントや、不自然に拡散された投稿が並んでいた。
「これで、あの女も焦るだろうな。」
スマホを握り締めながら、雷央は自分の力ではなく、父親の権力を利用したことで得た「勝利感」に浸る。
しかし、その満足感は一時的なものでしかないことに、彼は気づいていなかった。澪に冷たくされた記憶はまだ鮮明で、彼女への執着はますます強くなっていくばかりだった。
「次はどうしてやろうかな……」
雷央は新たな報復の手を考えるように、再び不敵な笑みを浮かべた。澪に対する異常なほどの執念と、自分が下に見られることへの耐えがたい屈辱。それらが、彼の歪んだ思考をさらに後押ししていったのだった――。
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良ければこちらもご覧ください。
・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る
https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534
・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間
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