第39話 好成績の裏側 ー茉莉亜視点ー
「茉莉亜さん、ちょっといいかな?」
昴は周りを気にしながら、小声で茉莉亜に声をかけてくる。
「ん?なに?」
茉莉亜が振り返ると、昴はどこか躊躇いがちな様子で立っていた。
「その……テストのことなんだけど、実は少し自信がなくて。茉莉亜さんに勉強を教えてもらえないかなって……」
昴の真剣な目が自分を見つめるその瞬間、茉莉亜の心に小さな波紋が広がった。
「昴君がこんなに素直にお願いするなんて……普段は自分で何でもこなそうとするのに。」
驚きと同時に、ふわりとした嬉しさが胸に広がり、顔には出さないようにしながらも、内心では思わず小さくガッツポーズをしていた。
(私を頼ってくれるなんて、ちょっと特別扱いされてるみたいで悪くないかも。)
そんなことを思いながらも、「先生」という一言にドキリとする。
(えっ、先生……?私、先生役って似合うのかな……いや、これ絶対ちゃんとしなきゃ!)
少し気が引き締まる思いとともに、やるからには全力で応えたいと心を決める茉莉亜だった。
帰り道、昴のお願いを思い返すたびに、自然と頬が緩んでしまう自分に気づく。
(勉強を教えるだけなのに、なんでこんなに嬉しいんだろう……)
そう思いながらも、心は次の準備に向けて早くも動き出していた。
教科書やノートを机に揃え、勉強会の準備をしていると、ふと数日前に目撃したひより先生と昴の生徒指導室での様子が頭をよぎった。
「ひより先生と昴君……なんか妙に仲が良さそうだったよね。あの空気、ただの教師と生徒って感じじゃなかったし……」
茉莉亜はそのときの光景をありありと思い出し、勝手に妄想を膨らませてしまう。
「え、まさか……いやいや、それはありえない!ひより先生がそんなこと……いや、でも、昴君って意外とモテるし……」
気づけば、ひより先生と昴が親密に話しているシーンが頭の中で再現される。勝手に嫉妬のような感情が湧いてきて、茉莉亜はモヤモヤした気持ちに包まれた。
「昴君って……年上が好きなのかな?」
ふと、そんな疑問が胸をよぎる。もしそうだったら、今の自分じゃ全然ダメかもしれない。年上っぽさ、大人っぽさ……そんなキーワードが脳内を巡る。
「よし、ここは私も大人っぽく見える努力をしなきゃ!」
決意を固める茉莉亜だったが、このあと自分が思いつくプランには、どこか彼女らしい天然さが混じることになる。
「どうしたら大人っぽく見えるのかな……?」
茉莉亜はネットで「大人 女性 見た目」と検索を始めた。すると、洗練されたスーツを着こなすモデルの画像がいくつも表示される。
「これだわ!スーツに伊達メガネ、カッコいいじゃない!」
茉莉亜は画面を指差し、ひとりで納得する。何かに目覚めたかのように、彼女のテンションは一気に上がった。
「教師らしい感じも出せるし、大人っぽいし、完璧じゃない?」
しかし、さらに画像をスクロールしていると、モデルのスカートの短さに気づき、絶句する。
「ちょっと待って、なんでこんなにスカート短いの!?こんなの履いたら昴君、私の顔どころかスカートばっかり見ちゃうでしょ!いや、それはそれで……って違う違う!」
慌てて首を振る茉莉亜。
「これは流石に無理だけど、でもスーツと伊達メガネだけならいけるわね。よし、これでいこう!」
そんな茉莉亜の試行錯誤の末、彼女なりの「教師スタイル」が完成したのだった。自分の姿を鏡で確認し、「うん、これなら完璧!」と満足げに頷く茉莉亜。
「これで昴君も私を見直すはず!」
茉莉亜は自信に満ちた表情で、翌日の勉強会に臨む準備を整えた。
翌日、茉莉亜は意気揚々と昴の部屋にやってきた。スーツに伊達メガネという出で立ちでドアを開けた瞬間、昴が「えっ……」と少し驚いた顔を見せたのを見逃さない。
「今日から私は茉莉亜先生よ!よろしくね、昴君。」
にっこり笑って教師モード全開で宣言する茉莉亜。昴は一瞬ぽかんとしたが、すぐに「わかった、よろしくお願いします……先生」と少し照れたように答えた。
部屋にはすでに机が用意されており、茉莉亜はその横に座ると持参したホワイトボード風のメモパッドを取り出した。
「よし、まずはここから始めようか。ここ、テストに出そうだからしっかり線引いておいてね!」
キビキビと指示を出しながら、まるで本物の教師のように振る舞う茉莉亜。
昴が真剣にノートに向かい、丁寧に線を引いている様子を見て、茉莉亜は少し驚いた。
「……それにしても、昴君って意外と真面目なんだね。ちょっと見直したかも。」
そんなふうに内心で感心しつつ、ちらちらと自分を見ては赤くなっている昴の様子に気づいた。
(あ、これもしかして私のスーツ姿、効いてる?)
茉莉亜は内心で小さくガッツポーズを取りながら、教師役をさらに楽しむ。
勉強が進む中、茉莉亜は自然と昴の隣に移動していた。ノートを覗き込みながら、昴が解いた問題を指さして「ここ間違ってるよ!」と指摘する。
昴が「あ、ほんとだ……」と苦笑いしながら訂正しているのを見て、茉莉亜はつい素の自分が出てしまう。
「でも、頑張ってるのはわかるよ。偉いね。」
普段なら言わないような言葉を口にしてしまい、少し気恥ずかしくなる。
昴が「ありがとう、茉莉亜先生」と照れながら笑顔で返すと、茉莉亜は一瞬言葉に詰まった。
「ほら、次いくよ!」
慌てて教師モードに戻り、いつものキビキビした口調に戻す茉莉亜だったが、その耳はほんのり赤くなっていた。
最後の問題を解き終えると、茉莉亜はホワイトボード風のメモパッドを閉じて「今日はこれくらいにしとこっか」と宣言した。
昴は一息つきながら「ふぅ、なんとか全部終わったね」と笑顔を見せた。そんな彼の様子を見て、茉莉亜は自然と柔らかな笑みを浮かべる。
「昴君、本当に頑張ってたね。途中ちょっと怪しいところもあったけど、集中してたのは偉いよ。」
そう言いながらスーツのジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれにかける。
昴は少し照れながら「ありがとう、本当に助かったよ。茉莉亜さんが教えてくれたおかげで、だいぶ分かるようになった気がする。」と真剣な眼差しで感謝を伝えた。
その言葉に茉莉亜の頬が少し赤くなるが、得意げな表情を隠さずに言い返す。
「……まあ、そう言われると、ちょっと嬉しいかも。でも、次はもっとちゃんと準備してきてね?」
二人は片付けを終え、茉莉亜が玄関を出る頃にはすっかり日が暮れていた。昴の部屋を振り返り、軽く手を振ると昴も「またね!」と手を振り返す。
帰り道、茉莉亜の心は少し浮き立っていた。
「昴君、私のことどう思ってるのかな……」
教師役になりきってしっかり教えることに集中していたが、ふとした瞬間に見せる昴の真剣な横顔や、感謝の言葉に胸が高鳴った。
「あのスーツ姿、ちゃんと大人っぽく見えたかな?」
歩きながら茉莉亜は頬を軽く叩く。
「いやいや、私はただ勉強を教えてただけだし!」
と自分に言い聞かせるものの、浮かぶのは昴の少し赤くなった顔や真剣にノートに向かう姿ばかりだった。
「普段はあんな顔しないくせに……本当、ずるいよ、昴君。」
茉莉亜は顔を覆い、息を吐き出す。彼に頼られる嬉しさと、自分の中で芽生えていた特別な感情はどんどん大きくなっていた。
夜風が頬を冷たく撫でる中、茉莉亜の胸の奥で小さな火種が静かに灯り続けていた――それは昴と過ごした時間が彼女にとって特別なものだった証拠だった。
― ― ― ― ―
良ければこちらもご覧ください。
・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る
https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534
・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間
https://kakuyomu.jp/works/16818093090591046846
今日もお読みいただきありがとうございます。
★★★評価、応援、コメントをお待ちしています。頂けたらとても励みになります。
まだの方がいましたら是非お力添えをお願いします!
皆様の応援が何よりの活力でございます。よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます