第38話 好成績の裏側

 勉強会が終わり、テーブルの上には空になったコーヒーカップやお皿が散らばっていた。

 優翔と千春が片付けを終え、帰り支度を整えながら軽口を叩いている。


「いやー、今日も疲れたなー。俺、これで赤点回避できるよな?」


 優翔が明るく言うと、千春はため息をつきながら「それは優翔君の努力次第でしょ」とピシャリ。


「まあまあ、そこはポジティブに考えようぜ。ほら、帰るぞ!」


 そう言って優翔が先にドアへ向かい、千春もそれに続く。


「昴、今日は助かったぜ。またな!」


 軽く手を振りながら出ていく二人を見送り、店内には昴と茉莉亜だけが残った。


 静まり返ったカフェの中で、昴はちらりと茉莉亜の方を伺う。

 茉莉亜は散らばった自分のノートをまとめながら、どこか満足げな表情をしていた。


 意を決したように、昴が小さな声で話しかける。


「茉莉亜さん、ちょっといいかな?」


「ん?どうしたの?」


 振り返った茉莉亜が不思議そうに首をかしげる。


 昴は一瞬躊躇したものの、意を決して口を開いた。


「その……テストのことなんだけど、実は少し自信がなくて。茉莉亜さんに勉強を教えてもらえないかなって……」


 彼の言葉に、茉莉亜は目を丸くした。


「えっ、私に?」


 だが、その驚きはすぐに柔らかな笑みに変わる。


「仕方ないなぁ。昴君がそこまで言うなら教えてあげる。でも、ちゃんとやる覚悟はあるんでしょ?」


 軽く片眉を上げながら、少し意地悪そうな表情を見せる茉莉亜。


 昴は少し照れながら頷いた。


「うん、それはもちろん。よろしく頼むよ、先生。」


 その一言に、茉莉亜の目が輝いた。


「先生かぁ、悪くない響きね。よーし、そうなったら全力でやってあげる。覚悟してね?」


 冗談交じりに言いながらも、彼女の表情には嬉しそうな色が浮かんでいる。


 カフェの外から優翔の声が響く。


「おーい、茉莉亜、まだいるのか?早く帰ろうぜ!」


 昴と茉莉亜は顔を見合わせ、小さく笑った。


「じゃあ、この話は後でね。場所とか時間、また決めて連絡するから。」


 茉莉亜が小声でまとめると、昴は小さく頷いて「ありがとう」とつぶやいた。


 二人だけの勉強会の約束は、静かなカフェの片隅でそっと交わされた――。



 翌日、約束の時間。昴の部屋に茉莉亜がやってきた。

 ドアを開けると、そこにいたのは普段と全く違う雰囲気の茉莉亜。


「……その格好、どうしたの?」


 昴は驚きつつも、目を離せずに茉莉亜を見つめた。


 茉莉亜は黒いジャケットとスカートをきっちり着こなしており、胸元には白いブラウス。そして、顔には伊達メガネが輝いている。


「勉強を教えるなら雰囲気作りが大事でしょ?先生としての威厳っていうの?」


 そう言いながら、茉莉亜は軽くメガネを直した。


 昴は思わず見惚れてしまい、口を開いたまましばらく言葉を失う。


「……似合ってる。すごく。」


 その一言に茉莉亜は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにそっぽを向いて、軽く咳払いをした。


「べ、別に似合うとかどうでもいいでしょ。大事なのは勉強なんだから!」


 照れ隠しをするように少しツンとした態度を取る茉莉亜。


 昴の部屋に足を踏み入れた茉莉亜は、机の上に 並べられたノートや参考書を見て感心した様子を見せた。


「へぇ、意外とちゃんと準備してるんだ。これならやりがいがありそうね。」


 机の周りにはペンや消しゴム、さらにはホワイトボード風のメモパッドまで置いてあり、まるで小さな教室のような雰囲気だった。


 茉莉亜は椅子を引いて腰掛けると、昴に視線を向ける。


「さぁ、それじゃ始めましょうか。授業料は高いわよ?」


 軽く冗談を交えながらも、彼女の表情には教師になりきる楽しさが垣間見えた。


 昴はその様子に思わず笑みをこぼしながら、椅子に座り直した。


「よろしくお願いします、先生。」


 こうして、二人だけの特別な勉強会が始まった。茉莉亜のスーツ姿に少しドキドキしながらも、昴は真剣に机に向かうのだった――。



 茉莉亜は机の横に立ち、黒板代わりのホワイトボード風のメモパッドを片手に、まるで本物の教師のように威厳たっぷりの表情で言う。


「さぁ、授業を始めます。昴君、ちゃんとノートを開いて。」


 昴は慌ててノートを取り出し、茉莉亜の言葉に従った。


「まずはここ。これ、テストによく出るから絶対覚えておくこと!はい、赤で線引いて!」


 茉莉亜はペンでホワイトボードに要点を書き込みながら、次々と指示を出す。


「次、この公式ね。これが使えないと解けない問題が多いから、しっかり覚えてね。」


 彼女の言葉に真剣に頷きながら、昴は急いでノートに書き写した。


 そんな中、茉莉亜はふと手を止め、昴に顔を向ける。


「……それにしても、昴君って意外と真面目なんだね。ちょっと見直したかも。」


 少し笑みを浮かべながらそう言う茉莉亜に、昴は思わず照れくさそうに笑う。


「いや、茉莉亜がちゃんと教えてくれるから、わかりやすいってだけだよ。」


「ふーん、そう?じゃあその調子で頑張って。」


 茉莉亜は再びホワイトボードに向き直り、ペンを走らせ始めた。その姿はすっかり先生になりきっていて、昴は心の中で感心していた。


「ここは、こうやって解くんだけど、もし間違えたらすぐ次の問題に進んじゃダメだからね。復習しないと意味ないんだから。」


 先生らしくきっぱりと言う茉莉亜だが、その途中でふいに口元が緩む。


「……って、私も昔これで何回も失敗したんだけどね。」


 急に素の茉莉亜が出て、昴は思わず笑ってしまった。


「先生、意外と抜けてるんだね。」


「うるさい!ほら、次行くよ!」


 茉莉亜はペンを振りながら少し拗ねたように言い、再び授業を続けた。


 勉強が進む中、茉莉亜が昴の隣に座り、彼のノートを覗き込むようにして問題を一緒に解き始めた。


「ねえ、ここなんだけど……あ、違うよ。この数字、間違ってる。」


 茉莉亜がノートを指差しながら言うと、昴は「あ、本当だ」と焦りながら修正を始めた。


 しかし、茉莉亜が近くにいることで、昴の心臓はドキドキと高鳴っていた。横を見ると、メガネ越しに真剣な表情で説明を続ける茉莉亜が見える。スーツ姿の彼女は、普段の学校での姿とは全く違い、どこか大人びて見えた。


「昴君、ちゃんと聞いてる?」


 茉莉亜が少し不満げに問いかけると、昴はハッとして慌てて頷いた。


「う、うん!もちろん聞いてるよ!」


 そんな昴を見て、茉莉亜は小さく笑った。


「ならいいけど。でもここ、本当に大事なところだから覚えてね。」


 彼女の手が昴のノートに触れ、ペンを使って簡単なメモを書き足した。その瞬間、昴の顔は赤く染まる。


「……あれ、どうしたの?顔赤いよ?」


 茉莉亜が不思議そうに聞くと、昴は慌てて首を振った。


「いや、何でもない!」


「ふーん、まぁいいけど。」


 茉莉亜は気にする様子もなく説明を続けたが、昴はその後もしばらく動揺したままだった。


 途中、茉莉亜が優しく、しかしどこか厳しげに言った。


「昴君、ここ間違えてるよ。しっかり復習しないと、また同じミスするよ。」


 軽く叱られるたびに、昴は「ごめん」と言いながらも、その真剣さに感謝していた。


 スーツ姿の茉莉亜に見つめられながら、一つ一つ丁寧に教わる時間――それは昴にとって、少し特別で心臓が休まらない時間だった。



 部屋に静けさが戻り、机の上には散らばったノートと参考書が残されていた。茉莉亜はペンを置いて、背伸びをしながら一息ついた。


「よし、今日はこれくらいにしとこっか。」


 そう言いながら、スーツのジャケットを脱ぎ、椅子の背に軽くかける。ふと肩を回す仕草がどこか大人びて見えて、昴は無意識に目を奪われていた。


「ありがとう、本当に助かったよ。茉莉亜さんが教えてくれたおかげで、だいぶ分かるようになった気がする。」


 昴は心からの感謝を込めてそう言うと、茉莉亜は少し驚いたように目を見開いた後、穏やかに微笑んだ。


「ふふ、昴君、意外と真面目にやるんだね。ちょっとびっくりしたかも。」


 そう言いながら、茉莉亜は机の上を片付け始めた。


 昴は照れくさそうに頭をかきながら言った。


「いや、茉莉亜さんがわかりやすく教えてくれたからだよ。本当に感謝してる。」


 茉莉亜は手を止めて昴の顔をじっと見つめた後、少し笑みを浮かべた。


「……まあ、そう言われると、ちょっと嬉しいかも。でも、次はもっとちゃんと準備してきてね?」


「はは、わかったよ。次はもっと頑張る。」


 昴が笑顔で応えると、茉莉亜はくすっと笑い、ペンケースをカバンにしまい始めた。


 帰り支度を整えた茉莉亜が玄関へ向かうと、昴が後ろから声をかけた。


「茉莉亜さん、また勉強教えてくれる?」


 茉莉亜は少し振り返り、彼の真剣な顔を見て、口元に笑みを浮かべた。


「うーん、どうしよっかなぁ……昴君の頑張り次第かな?」


 その言葉に、昴は小さく息をつきながら笑った。


「じゃあ、また頼むよ、先生。」


「はいはい、またね。」


 茉莉亜は軽く手を振りながら家を後にした。


 静まり返った部屋に一人残った昴は、ふと茉莉亜のスーツ姿やホワイトボードを使って真剣に教えてくれた彼女の姿を思い出し、自然と頬が緩んだ。


「……頑張らないとな。」


 昴は机に戻り、もう一度ノートを開いた。



 ― ― ― ― ―


 良ければこちらもご覧ください。

 ・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534


 ・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間

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