第36話 勉強も誰かとやれば楽しめる
「飲み物は何か用意するけど、何がいい?」と昴が尋ねると、茉莉亜がすかさず「じゃあ、カフェラテで!」と注文。千春も「私も同じで!」と続ける。
「俺はアイスコーヒーで頼む!」と優翔が元気よく答えた。
昴は「了解」と返事をし、手際よくドリンクを準備し始める。流れるような動作に、茉莉亜が感心したように小声で呟いた。「昴君、こういうの本当に板についてるよね。」
「まだ練習中だけどね。」昴は少し照れた様子で返答しながら、出来上がった飲み物をテーブルに運んだ。「はい、どうぞ。これで準備完了かな?」
「おお!完璧だ!」優翔が勢いよく立ち上がり、「じゃあ、さっそく始めるか!」と意気込むが、茉莉亜が冷静に「その前に筆記用具とか出しておかないとね?」と突っ込む。
「そっか、そっか!」と慌ててカバンからノートとペンを取り出す優翔。その様子を見て、千春がくすっと笑った。「優翔君って、ほんと準備が雑だよね。」
「雑じゃねえよ!ちょっと忘れてただけだって!」と優翔が抗議し、再び一同の笑い声が響く。
「じゃあ、始めようか。」と昴が教科書を広げ、最初の問題を指差す。「まずはここから。基本的なところだけど、ちゃんと押さえておこう。」
こうして、和やかな雰囲気の中、勉強会がスタートしたのだった。
静かな店内にペンを走らせる音だけが響く。昴が教科書を指差しながら、問題を丁寧に説明する声が聞こえる中、優翔がふいにペンを止め、大きくため息をついた。
「なあ、これ絶対問題の方が間違ってるよな?」
その一言で場が凍りつく。
茉莉亜が最初に口を開いた。「……え?」と小さく声を漏らし、隣に座っていた千春が振り返る。「え、どういうこと?」と問いかけたが、優翔は真剣な表情を崩さない。
「だって、これ見てみろよ!」と、優翔は手元のノートをバンと叩きながら説明を始めた。「この問題、正の範囲のxを求めろって言ってるくせに、どう考えても途中の式が辻褄合わねえんだよ!」
昴はペンを置き、静かにノートを覗き込む。「どれどれ……」
一目見ただけで彼は深い息を吐き、「……優翔、これ計算ミスしてるだけだろ」と呆れた声で答えた。
「えっ、嘘だろ!?ちゃんとやったって!」と優翔は抗議の声を上げるが、昴がさらにノートを指差しながら続けた。「ここ、符号が逆になってる。プラスがマイナスになってるし、しかもこの掛け算も間違えてる。」
「……あー、なるほどね。」千春が腕を組みながら納得した様子で頷くと、すかさずツッコミを入れた。「問題じゃなくて優翔君が間違ってるだけでしょ!それくらい普通にわかるって!」
「そんなこと言うなよ!これ、問題の方が悪いパターンもあるんだぞ!」
優翔は最後の抵抗を見せるが、茉莉亜が口元を押さえて笑いを堪えきれない様子で割って入る。
「ふふっ、でも、そこまで真顔で主張するのが逆にすごいよね。」
「笑うなよ!俺は本気なんだ!」と優翔が言い返すが、その必死な顔に全員が大笑いしてしまう。
「優翔君ってほんと面白いよね。」
千春が笑いながら肩をすくめると、昴がやや呆れた顔で優翔を見つめる。
「頼むから、せめて自分のミスに気づくところから始めてくれ……」
「くっそ~!俺だって頑張ってるんだからな!」と不満げに口を尖らせる優翔。だが、その姿が可笑しくて仕方ないのか、茉莉亜と千春の笑い声が再び店内に響く。
昴は苦笑しながらノートを閉じる。
「とりあえず、次の問題に進もうか。優翔、もう少し落ち着いて考えてみて。」
「次こそは完璧に解いてやる!」と拳を握る優翔の姿に、再び笑いがこぼれる一同だった。
昴が教科書を読みながら優翔に問題の解き方を説明していると、茉莉亜がふと教科書を閉じて声を上げた。
「ねぇ、昴君。この問題、ちょっと教えてほしいんだけど……」
そう言いながら、茉莉亜がすっと昴に近づく。椅子の音が小さく鳴り、茉莉亜の顔が急に昴の視界の中に入った。気づけば二人の肩が触れるほどの距離だ。
「ここなんだけどね。」
茉莉亜が指差したのは、昴のノートの片隅。だが、それよりも昴の目に映るのは、自分にだけ聞こえるほど小声で話しかけてくる茉莉亜の顔。近い。息遣いが感じられるほどだ。
「あ、あぁ、ここはね……」と昴が説明しようとするが、視線が合うたびに思わず言葉が詰まる。昴の頭の中は真っ白になった。動揺した拍子に手元が緩み、持っていた鉛筆がカランと床に落ちた。
「どうしたの、昴君?」と茉莉亜が小首をかしげて聞いてくる。その無邪気な表情がさらに昴の焦りを加速させる。
その時、隣から優翔が割って入った。「おいおい茉莉亜、そんなに近づいて聞いたら昴が集中できないだろ!俺にも教えてくれよ~!」
そう言いながら、優翔が二人の間に割り込み、自分のノートを茉莉亜に差し出す。
「ここ、全然分かんないんだけどさ!頼む、俺も助けてくれ!」
茉莉亜は少し眉を下げながらも、「しょうがないなぁ」と笑顔を見せ、優翔のノートを手に取った。その隙に昴はふうっと小さく息をつく。
(近すぎだよ、茉莉亜さん……いやいや、僕が冷静にならないと。)
昴は心の中で自分を叱咤しつつ、床に落ちた鉛筆を拾い上げた。そして、もう一度気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
茉莉亜と優翔のやり取りが続く中、千春が小声で「茉莉亜ちゃんって、ああ見えて意外と天然なのかもね」とつぶやき、昴に微笑んだ。昴はそれに少しぎこちなく笑顔を返すと、「よし、次の問題に進もう」と声を上げ、勉強会を再開した。
空気は相変わらず和やかだったが、昴の胸の高鳴りだけはしばらく収まることはなかった。
勉強の手が止まっていたタイミングで、カフェの奥から澪がトレーを手にして現れた。トレーの上には、小さな皿に盛り付けられたスイーツがきれいに並んでいる。
「みんな、頑張ってるみたいだから、これ差し入れね。」
澪が柔らかい笑みを浮かべながら、テーブルにスイーツを置いた。
その瞬間、千春の目が輝いた。「わぁーっ!これ、めっちゃ美味しそう!」彼女はさっそくスイーツの一つを手に取り、小さなフォークで一口運ぶ。
「ん~っ!これ、すごく美味しい!昴君の家、こんなに素敵なカフェなんだね!」と目を輝かせながら絶賛する千春。
優翔がその様子を見て、「おいおい千春、独り占めすんなよ!俺も食べたい!」と声を上げ、手を伸ばす。しかし、千春は「これ、私が最初に取ったの!次の取っていいよ!」と軽くかわしながらスイーツを堪能する。
「えぇ~、ケチだなぁ……。」と不満そうな顔をする優翔だったが、すぐに別の皿に手を伸ばし、「うわ、こっちも美味そうじゃん!」と結局嬉しそうに食べ始めた。
一方で茉莉亜は、スイーツを口に運びながら微笑みを浮かべ、「ねぇ、これって勉強会だったよね?なんかスイーツ会になってる気がするんだけど。」と、からかうように言った。
「いや、糖分補給は大事だろ!」と優翔がすかさず反論する。
千春も頷きながら、「そうそう、頭使うと甘いもの欲しくなるもん!」と便乗する。
昴はその様子を見て苦笑いしながら、「まぁ、少し休憩ってことで。勉強会が楽しくなるなら、それでいいんじゃない?」とフォローする。
澪がそんな四人のやり取りを少し離れた場所から眺めて、「楽しそうね」と小さく呟き、満足げに微笑むのだった。
テーブルの上では、勉強道具に混じってスイーツの皿が占領し始める。甘い香りと笑い声が交じり合い、勉強会はますます和やかな雰囲気に包まれていった。
優翔はスイーツでテンションが上がったのも束の間、次第に静かになり、教科書を見つめたまま目がトロンとしてきた。やがて、鉛筆を握ったまま机に突っ伏し、穏やかな寝息を立て始める。
千春が気づき、「ねぇ、優翔君寝てるんだけど……」と呆れた声を出した。
茉莉亜も顔を上げて優翔を見やり、「ほんとに寝てるじゃん……。まったく、勉強会の途中で寝るとかあり得ないでしょ!」と溜息をつきながら、そっと手を伸ばす。
そのまま、優翔の耳を軽く引っ張り、「起きて!優翔君!」と少しだけ強めに揺する。
「んん……まだ寝かせて……もう無理……」優翔は寝ぼけた声で抵抗しつつも、耳を引っ張られた痛みに顔をしかめ、しぶしぶ上体を起こした。
「なんで耳引っ張るんだよ、痛いだろ!」と不満を漏らす優翔に、茉莉亜は軽く目を細め、「だって、他にどうやって起こすのよ?寝てる場合じゃないでしょ!」とピシャリ。
千春も笑いながら、「確かにね。勉強会で寝るなんて、優翔君らしいけど」と肩をすくめた。
優翔は照れくさそうに頭を掻きながら、「いやー、なんか急に眠くなって……ほら、俺って頭使うとすぐエネルギー切れるタイプだし?」と適当な言い訳をする。
「頭使ったってほど勉強してないでしょ?」と昴が冷静に突っ込むと、全員が吹き出し、図書室のようだった店内に笑い声が響いた。
その後も茉莉亜は少し心配そうに、「次寝たらもっと強めに起こすからね」と釘を刺しつつ、優翔を見守るように勉強に戻った。勉強会はまた、少し賑やかな雰囲気の中で再開された。
日も暮れ、机の上に散らかったノートや参考書を片付けながら、全員がほっとした表情を浮かべていた。
優翔が伸びをしながら、「いやー、今日頑張ったわ!お前らのおかげでちょっとはマシになったかも。ありがとな!」と笑顔で言う。
茉莉亜は「これでテストの点、上がるといいね」と軽く微笑みながら言うが、その目はどこか不安そうに優翔を見つめている。
昴は教科書を閉じながら、「それは……結局、優翔次第かな」と淡々と返す。
「ぐっ……!たしかに……でも、俺だってやるときゃやる男なんだからな!」と優翔が胸を張ると、千春が吹き出しながら「ほんとかなぁ。でも、今日みたいに勉強するのも悪くないよね!」と楽しげに言った。
その言葉に茉莉亜も笑顔を見せ、「うん、またやろうね、勉強会!」と明るく応じる。
昴も静かにうなずきながら、「次は優翔が寝たときの罰ゲームを考えとくか……」とぼそりとつぶやき、みんなが笑い出した。
3人は店を出ると、心地よい風に吹かれながら並んで帰路につく。それぞれの表情には、充実感と、どこか新たな絆が芽生えたような雰囲気が漂っていた。
そして、その夜の小さな達成感が、これからの4人の関係を少しだけ変えていく予感を残しつつ、勉強会は幕を閉じた。
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良ければこちらもご覧ください。
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