第35話 頼られるのは悪くない

放課後の教室。雨上がりで外は少し湿っぽく、窓の外には薄い夕陽が差し込んでいた。昴が静かに机に向かい帰りの支度をしていると、背後から大きな声が飛んできた。


「昴!お前、勉強得意だよな?頼む、助けてくれ!」


驚いた昴が振り返ると、そこには優翔が両手を合わせて必死な顔をしている。


「いや、得意ってわけじゃないけど……」と昴が困惑した表情を浮かべると、優翔は食い気味に続けた。


「いやいや、得意に決まってる!成績良い顔してるじゃん!俺、今回のテスト、本気でヤバいんだって!」


「でも、自分で勉強した方が頭に入るんじゃないか?」と昴がやんわり返すが、優翔は全力で首を振る。


「そんな余裕ないって!今さら独学なんて無理だし……昴、お前だけが頼りなんだよ!」


その必死さに根負けした昴が、小さくため息をつきながら答える。


「……分かったよ。少しだけなら付き合うけど、ちゃんと真面目にやってよ?」


「マジで!?神かお前!ありがとう!」と優翔は満面の笑みを浮かべ、昴にしがみつく勢いで感謝を伝えた。


そのやり取りを少し離れた席から見ていた茉莉亜が、興味深そうに立ち上がり二人に近づく。


「へぇ~、優翔君が昴に助けを求めるなんて、珍しいわね。」


肩をすくめながら、軽く笑みを浮かべる茉莉亜。その後ろから千春も顔を覗かせる。


「何してるの?」と千春が小首をかしげて尋ねると、優翔が勢いよく振り返る。


「勉強会だ!昴に俺を救ってもらうための!」


「へぇ、勉強会かぁ。」と千春が目を輝かせる。


「ちょっと面白そう。私も混ぜてもらおうかな?」


「え、千春さんまで?」と昴が驚いた声を出すと、茉莉亜も肩をすくめながら口を開く。


「こういうのは人数が多い方が楽しいでしょ?私も参加していい?」


優翔は即座に二人に向き直り、深々と頭を下げる。


「お願いします!俺を助けると思って、力を貸してください!」


「そんなに必死に頼まれたら断れないわね。」と茉莉亜が小さく笑う。

じゃあ、決まりだね!」と千春も元気よく賛成する。


こうして即席の勉強会メンバーが揃ったものの、問題は場所だった。

「で、どこでやる?」と優翔が首をひねると、茉莉亜と千春も顔を見合わせて悩み始める。


「で、どこでやる?」と優翔が腕を組み、みんなに視線を投げる。だが、その場の誰もすぐには答えられない。微妙な沈黙が流れる中、優翔がぼそっと呟く。


「俺ん家は弟がうるさいし、無理だな……」


「優翔くん弟いるんだ?可愛いんじゃない?会ってみたいかも。」と千春が首をかしげるが、優翔は大きく首を振る。


「いや、全然可愛くない。俺が勉強してる横でゲームとか平気で始めるし、集中力全部持ってかれるんだって。」


その言葉に茉莉亜が小さく笑いながらも、自分のことを思い出して口を開く。


「私の家は……気軽に人を呼べる感じじゃないのよね。」


「えっ、茉莉亜の家、めっちゃ豪華そうで気になるけど。」と優翔が興味津々で聞くが、茉莉亜は「そういう問題じゃないの」と軽く笑って流す。


続けて千春が申し訳なさそうに言う。


「うちは親が厳しいから、友達と勉強会なんて許されないかも。リビング以外で何かやると、すぐ注意されるし……」


全員の顔がなんとなく曇り始めたそのとき、昴が提案する。


「じゃあ、うちの店でやろうか。」


その一言に、三人は同時に目を見張る。


「店って、あのカフェ?」と茉莉亜が確認するように言うと、昴は頷きながら続けた。


「明日定休日だし、静かだと思う。席も広いし、ちょうどいいんじゃない?」


「マジか!神かお前!」と優翔が歓喜の声を上げる。


「カフェで勉強会なんて、ちょっとオシャレじゃない?」と茉莉亜が楽しそうに微笑む。


「いいね!絶対楽しいよ!」と千春も嬉しそうに声を弾ませた。


「じゃあ、決まりだな。」と昴が静かに結論づけると、優翔は再び昴に向かって頭を下げた。


「本当にありがとう、昴!明日、俺、カフェっぽい飲み物を注文するから!」


「いや、注文されても俺が淹れるだけだけど……」と昴は少し呆れたように答えたが、どこか楽しげな表情を浮かべていた。



翌日の午後、優翔、茉莉亜、千春の三人は昴の店「カフェ プレアデス」の前に集まっていた。定休日の看板を横目に、茉莉亜が少しワクワクしたような声を漏らす。


「ここで勉強会って、本当にオシャレね。昴くん、こんなところで手伝いしてるんだ。」


「カフェってだけでもすごいのに、内装もセンス良いんだよな。俺、一回来たことあるけど感動したぜ。」と優翔が胸を張る。


千春も店をじっと見つめながら、「確かに、ちょっと特別感あるかも。なんか、緊張しちゃうな……」と少し頬を染めている。


「ま、とりあえず入ろうぜ!」と優翔が勢いよく扉を開けようとした瞬間、中から昴が顔を出した。


「早いね、三人とも。もう準備してるから入って。」と簡素に言う彼に、茉莉亜が笑顔で「お邪魔しまーす」と返事をしながら、優翔と千春と共に店内へ足を踏み入れる。


店内に一歩入ると、柔らかな照明の光が落ち着いた雰囲気を演出していた。木目調のインテリアや、アンティーク風の小物がセンスよく配置されていて、まるでおしゃれな隠れ家のような空間が広がっている。


「すごーい!こんなに素敵なカフェだったんだ!」と千春が感嘆の声を上げる。


「うん、勉強会にはもったいないくらいかも。」と茉莉亜も笑いながら店内を見渡した。


「いやいや、勉強するんだから集中しろよ。」と優翔が言うが、その目はあちこちに置かれた観葉植物や壁のデザインに釘付けだ。


そんな三人を見ていると、奥のカウンターから澪がひょっこりと顔を出した。

「あら、いらっしゃい。」と柔らかな笑みを浮かべながら近づいてくる。


「昴の友達ね。今日は勉強会だって聞いたけど……まぁ、ゆっくりしていってね。」


と声をかける澪の言葉に、三人は少し緊張しながらも笑顔を返した。


「お世話になります!」と優翔が大きな声で頭を下げると、茉莉亜と千春も続けて「よろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶する。


「ここの飲み物、すっごく美味しいんだよな!」と優翔がぽろっと漏らすと、澪が少し得意げに、「ありがとう。でも、今日は昴が淹れる練習の相手だからね、うまくいくかどうかは保証しないけど。」と軽く笑った。


「えっ、昴が淹れてくれるの?」と驚く茉莉亜に、昴は「勉強会やってもいい条件なんだよ」と言って肩をすくめる。


「じゃあ、準備ができたら始めてね。私は奥にいるから、何かあったら声をかけて。」


と澪が一言添えてカウンターの奥に戻ると、三人はそれぞれ店内のテーブルに座り、勉強会の準備を始めた。



 ― ― ― ― ―


 良ければこちらもご覧ください。

 ・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534


 ・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090591046846


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