第28話 GWは波乱の予感

その日の朝は、どこかぼんやりとした空気に包まれていた。ゴールデンウィークを控え、いつもなら少し浮足立つクラスの雰囲気も、まだ平日の疲れが残っているのか静かだった。


昴は茉莉亜に挨拶をした後、いつものように席に座り、窓の外をぼんやりと眺めていた。特に考えごとがあるわけでもなく、ただ時間が過ぎるのを待っているような、そんな表情だった。


「おい、昴!」


突然、にぎやかな声が教室に響く。

――優翔だ。彼は大股で昴の席へと向かってきた。


「なんだよ、いきなり……」


昴は怪訝そうに顔を上げたが、優翔の顔はニヤニヤと楽しそうだ。


「お前、GWヒマだろ?」


「……は?」


「合コンっていうか、フットサルで仲良くなった女子たちと遊ぶんだよ。お前も来い!」


「合コン……?」


昴は目を丸くし、言葉を詰まらせる。


「何すんのかはまだ決めてねぇけど、まあ男女4人ずつだし、人数合わせって感じだな。お前が来ないと盛り上がんねーんだって!」


優翔は屈託のない笑顔でそう言い切った。昴は思わず口をつぐみ、目をそらす。


――合コンなんて、自分には縁遠い話だ。それに、自分が行ったところでどうせ浮くだけだろう……。


そう思いかけたその時、教室の入り口から別の声が割って入る。


「何? なんか面白い話?」


やって来たのは、蓮と颯太だ。二人とも、朝から妙に楽しそうな様子で優翔の隣に並ぶ。


蓮が軽く昴の肩を叩く。


「お前も来いよ。どうせGW、ずっと家にいるんだろ?」


昴は反射的に反論しようとしたが、言葉が出ない。図星だからだ。


「お前、引きこもってゲームとかやってそうだしなー!」と、颯太が笑う。


「悪かったな……」とぼやく昴に、優翔が畳みかける。


「いいから来いって! 楽しいぞ?」


――楽しい。


その言葉が、昴の心に小さく引っかかった。


「まあ……別に、予定はないけど……」


昴が小さくつぶやくと、優翔たちは一斉に笑顔になった。


「じゃあ決まりだな!」

「昴、来たら絶対後悔しねぇぞ!」


その時、突然教室のドアが大きく開いた。


「おいおい、なんだよ。何の話だ?」


現れたのは雷央だった。彼は髪をかき上げながら、教室の空気を一瞬で自分のものにする。


「お前らだけで盛り上がってんじゃねぇよ。俺も誘えって!」


優翔たちの顔が、一瞬で冷めた。


「お前はいいよ、雷央」と、優翔がキッパリ言い放つ。


「は?」と雷央は不機嫌そうに顔をしかめる。


「俺らは昴と遊びたいんだよ。」

「そうそう、お前じゃなくて、昴がいいんだって。」


蓮と颯太も口々に雷央を拒絶する。


雷央は不満げに眉をひそめる。

「は? 俺が行った方が盛り上がるだろ。陰キャの昴なんかじゃ……」


――その言葉が、昴の心に冷たいものを落とす。


(やっぱり……自分なんか必要ないんだ。)


一瞬、そう思った――が。


「昴がいねぇと意味ねぇんだよ。」


優翔の声が、強く響いた。


蓮も「そういうこと」と言って、軽く笑う。


颯太は「お前の出番はないって」と、バッサリ切り捨てる。


雷央は不機嫌そうに舌打ちをし、そのまま席へ戻っていった。


教室の空気が再び落ち着く。昴は、驚いたように優翔たちを見る。


(……本当に俺を誘ってくれてる?)


――そんなわけがない。自分はただ、人数合わせの一人に過ぎないはずだ。


だが、それでも。


「……じゃあ……行こうかな。」


自分でも驚くほど小さな声で、昴はそう言った。


優翔たちは大げさに喜んだ。


「おっしゃー! 決まりだな!」

「昴が来るなら、絶対盛り上がるわ!」


昴の中に、小さな温かさが広がっていく。


(――悪くないかもな、こういうのも。)




昴に話しかけようとした状態で、茉莉亜は固まっていた。


昴の席に集まる優翔、蓮、颯太。彼らの言葉が聞き取れた瞬間、彼女の中に稲妻が走ったようだった。


――合コン。


脳内でその単語がリフレインする。


(合コン……他校の女子と遊ぶ……!? え、ちょっと待って!?)


足が動かない。心臓がバクバクと音を立てて、喉が詰まる。


茉莉亜は昴たちをじっと見つめる。いつものように、のんびりした表情で座っている昴。しかしその周囲には、楽しそうな男子たちの声が飛び交っている。


「お前も来いよ!」

「8人で遊ぶんだよ、楽しそうだろ?」


――「昴がいねぇと意味ねぇんだよ!」


優翔のその言葉が、茉莉亜の胸にズキンと突き刺さる。


(何……それ……?)


気がつけば、茉莉亜の頭の中は完全に大荒れだった。


――合コンってことは、他校の女子と遊ぶってことでしょ?


その瞬間、茉莉亜の脳内は一気に暴走を始める。


(他校の女子……どんな子たちなの? 清楚な感じ? それとも、可愛い系?)

(……え、まさか、お持ち帰り!?)


「……っ!!」


自分の妄想に耐えきれなくなり、茉莉亜はその場で小さく頭を抱える。顔が真っ赤だ。


(ダメ! ダメダメ! そんなの許さない!)


――最初に昴の良さを見つけたのは、自分なのだ。


初めて昴と出会った頃、周囲から「地味」「暗い」なんて言われていた彼のことを、茉莉亜はどこか気になっていた。少しずつ見えてくる昴の優しさや面白さを知るたび、嬉しくなったものだ。


(なのに……! 他の女子が昴くんを持ってっちゃうなんて、そんなの……!)


焦りと不安が心を埋め尽くしていく。胸の中で渦巻く感情は、はっきりと名前をつけることはできないけれど――。


(……決めた。)


茉莉亜は息を吸い込み、決意を固めた。


「ねえ、昴くん!」


その声は、自分でも驚くほど大きかった。教室が一瞬だけ静まり、茉莉亜は顔を赤くしながらも昴の席へと向かう。


「……茉莉亜さん?」


不思議そうに顔を上げた昴。隣にいた優翔たちも、「お?」と興味津々の顔を向けるが、茉莉亜は気にしない。


(ここで引いたら、絶対ダメ!)


「ねえ、昴くん! ゴールデンウィークさ、空いてる日ある?」


「え? ……うん、まあ、特に予定は――」


「じゃあ! 私と、遊びに行かない?」


――言ってしまった。


茉莉亜の鼓動は爆発しそうだ。顔が熱い。声まで震えている気がする。でも、今は止まるわけにはいかない。


「え、遊びに……?」


昴の目が丸くなる。


「う、うん! えっとね、あの……最近、みんな頑張ってるし! ご褒美っていうか……私たち、息抜きしなきゃダメだと思うんだ!」


茉莉亜は早口でまくし立てた。自分でも何を言っているのかわからないが、とにかく押し切るしかない。


「だから、その、遊びに行こうよ!」


息を切らせながら言い切った茉莉亜を、昴はポカンとした顔で見つめていた。そして――。


「……ああ、いいよ。」


「あ……え?」


予想外にあっさりとした返事に、茉莉亜は一瞬固まる。


昴は苦笑しながら、少しだけ照れくさそうに目をそらした。


「そんなに言うなら……まあ、いいかなって。」


「……! ほんと!? 約束だよ!」


茉莉亜の表情がパッと明るくなる。その姿に、優翔が茶化すように笑った。


「おいおい、茉莉亜、お前も昴狙いか~?」


「ち、違うし! ただ、昴くんに用事が入る前に誘っただけ!」


慌てて否定する茉莉亜の顔は、耳まで真っ赤だ。


(やった……!)


心の中でガッツポーズをしながらも、茉莉亜は冷静を装って昴を見つめる。


「じゃあ、決まりね! 後で予定合わせよう!」


「……うん。」


昴が軽く頷いたその瞬間――茉莉亜の心に、ほっと温かいものが広がった。


(これで……合コンなんかに負けないんだから!)


昼休み、廊下を歩きながら、茉莉亜は頬を軽くつねる。


(夢じゃないよね……ちゃんと、誘えた……!)


自分から遊びに誘うなんて初めてのことだ。でも、昴と他の女子が仲良くするのを黙って見ているなんて、絶対にできなかった。


「ふふ……」


自然と笑みがこぼれる。


(大丈夫。これからだもんね、昴くん!)


次のゴールデンウィークに向けて、茉莉亜の心は一つの目標に向かって動き出していた――。


その日の放課後、昴は机に鞄を置き、ぼんやりと窓の外を見つめていた。


(茉莉亜さんと……遊び、か。)


彼女の勢いに押されてOKしてしまったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ――。


「……まあ、楽しそう……かな。」


小さな声で呟くと、昴は少しだけ笑みを浮かべ、鞄を手に取った。



 ― ― ― ― ―


良ければこちらもご覧ください。

・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534


・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090591046846


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