第27話 気づかれ始める君 ―茉莉亜視点―
学校の帰り道、春の風が茉莉亜の髪をふわりと揺らした。金色に輝くその髪が夕日を受けて、まるで光そのもののように輝く。そんな自分の髪を気に留めることもなく、彼女の視線は少し前を歩く昴の背中に注がれていた。
「……本当に、最近変わったよね。」
ふと、そんな言葉が漏れる。
誰にともなく呟いたつもりだったが、すぐ隣にいた千春が「昴君のこと?茉莉亜、昴君ばっかり見てるもんね」とニヤニヤした視線を向けてくる。
「う、ううん、違うよ!」慌てて顔をそらす茉莉亜。
千春は怪訝そうに目を細めつつも、何も言わずに歩き出した。
(危なかった……!)
心の中でため息をつきつつ、茉莉亜はこっそり昴を見つめる。
かつての猫背だった昴はもうおらず、背中をまっすぐにして歩いている。どこかぼんやりとした雰囲気を漂わせているのは一緒だけれど。それでも――最近、昴の周りが少しずつ変わってきた。
夜、茉莉亜は部屋で物思いにふけっていた。窓の外には春の夜風が静かに吹き、カーテンがふわりと揺れる。部屋の中には明かりが灯り、机の上には開きかけのノートとスマホが置かれている。
「はぁ……どうしよう。」
ベッドに寝転がりながら、茉莉亜はため息をついた。金色の髪がシーツの上に広がり、まるで光の輪のように見える。
――今日も昴のことばかり考えてしまう。
「最近、昴くん、ほんと変わったよね……。」
小さな呟きが天井に向けて消える。クラスでもBBQのことやひより先生との噂が広がり、昴は少しずつ「目立つ存在」になってきた。
(なんだか……嬉しいけど、少し寂しい。)
自分だけが知っていると思っていた、昴の良さ。あのぼんやりとした表情の中に隠れた優しさや真面目なところ――。
今、少しずつ周りが昴に気づき始めている。
――それは嬉しい。でも……。
「……なんか、取られちゃいそう。」
ベッドの上で小さく呟いた瞬間、心がキュッと締めつけられた。
サッカーの時だってそうだった。ボールを追いかけて必死に走る昴に、周りの子たちが「意外と頑張るじゃん!」なんて笑顔で声をかけていた。
千春も、なんだかんだ言いながら昴のことを認め始めているし、先生だって――ひより先生だって昴のことを気にかけている。
「ねえねえ、最近昴くん、ちょっと良くなってきたよね。」
そんな風にクラスメイトが噂する声を聞くたびに、茉莉亜は少し嬉しくなる。
(……でしょ? 昴くんって、ほんとはすごくいい子なんだから!)
心の中でそう誇らしげに胸を張る。
だって、昴の良さに最初に気づいたのは、間違いなく自分だ。
誰も気づいていなかった、口数が少なくて何を考えているのか分からない昴が時々見せる優しさや、真面目な一面――。
でも――最近、少しだけ不安になることがある。
ひより先生が、昴のことを真剣に心配していた。あの生徒指導室の件だって、どう考えたって普通じゃない。先生が真剣に謝っていた姿を見て、茉莉亜は思わず胸がチクリと痛んだ。
(先生って、大人の女性だし……何だか、ずるい。)
ひより先生の真剣な眼差しや優しさは、自分とは違う「大人」の魅力に溢れていて――自分にはないものを持っている。
千春だってそうだ。
あのクールで何事にも動じないように見える千春は、黒髪で清楚な雰囲気があって、何より頭もいい。
(千春みたいな子がタイプだったら……私なんて、きっと全然。)
自分の金髪を指でくるくると弄びながら、茉莉亜は少しだけ落ち込む。
「……昴くんって、どんな人が好きなんだろう。」
思わず呟いたその言葉に、自分でハッとする。
(な、何考えてるの私!)
慌てて首を振るが、一度浮かんでしまったその問いは、何度も頭の中をぐるぐると駆け巡る。
千春みたいな黒髪清楚な子? それとも、ひより先生みたいな大人の女性?
いやいや、もしかしたら、まったく違うタイプかもしれない――なんて、気づけば色んな女性像が頭に浮かび、勝手に落ち込んでしまう。
そんなモヤモヤを抱えながらいると、ふとスマホのカレンダーを見た茉莉亜の目に「GW」の文字が飛び込んできた。
(ゴールデンウィークかぁ……!)
ふと、ひらめく。
――そうだ、昴くんを遊びに誘おう!
思い立った瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
「え、でも……なんて言えばいいんだろ……。」
誘う、というだけでこんなに悩むなんて――。
「ねえ、GW、遊びに行かない?」
(いやいや、ストレートすぎる! 何か変だし!)
「ほら、みんなで遊びに行こうよ!」
(これだと普通すぎて、全然特別感ないよね……。)
1人部屋で頭を抱えながら、何度も鏡の前で誘い文句を練習する茉莉亜。
「……どうしよう……。」
時間だけが過ぎていく。
悩みに悩んだ末、茉莉亜はふと、1つの約束を思い出した。
「――昴くん、最近ちょっと頑張ってるよね。」
そうだ、最初に昴の良さを見つけた自分だからこそ、こう言ってあげたい。
(1カ月、昴くんが頑張ったご褒美ってことで――誘えばいいんだ!)
それなら自然だし、変に意識されなくて済む。
「よしっ!」
鏡の前で自分に言い聞かせるように言うと、茉莉亜は真っ直ぐに立ち上がった。
「昴くん、GWに一緒に遊びに行こうよ! 1カ月、頑張ったご褒美だから!」
――想像して口に出してみると、なんだか少しだけ恥ずかしい。でも、決意を込めてもう一度頷く。
(大丈夫、私なら言える!)
次の日の朝、茉莉亜は少し早めに教室へ向かった。教室にはまだ数人しかおらず、席についてスマホを手に取りながらも心ここにあらず。
――昴くん、まだ来ないかな。
ドキドキと鼓動が速くなっていく。
そして、扉が開く音がした。
「あ、来た……。」
少しぼんやりとした表情で、昴が教室に入ってきた。いつもの昴。――でも、茉莉亜にとっては、少しだけ特別な存在。
茉莉亜は立ち上がろうとする。
(よし、言うんだ! 「GW、頑張ったご褒美に遊びに行こうよ」って!)
けれど、いざ昴が近づいてくると、足がすくんで声が出ない。
昴は自分の席に座り、机の上に荷物を置いた。
「……おはよ。」
小さな声で挨拶をして、チラッとこちらを見た昴。その一瞬に、茉莉亜は慌てて言葉を返す。
「お、おはよう、昴くん!」
不自然なくらい元気な声が出てしまい、昴が少し驚いた顔で「おう」と返す。
――今だ、今言うんだ!
そう自分に言い聞かせ、茉莉亜は机を握りしめる。
「昴くん――」
そこまで言った瞬間、ガラッと教室のドアが開いた。
「おっす、昴! お前GW暇かー?」
優翔の大声が響き、昴の視線はそちらに移ってしまう。
(あぁぁー!)
茉莉亜は思わず机に突っ伏し、その姿を見て千春が「何やってんのよ」と呆れたように言う。
「う、うるさい! ちょっと今、色々考えてただけ!」
顔を上げ、頬を膨らませる茉莉亜。
――でも、次こそは言うんだ。絶対に。
昴の背中を見つめながら、茉莉亜は小さく拳を握った。
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良ければこちらもご覧ください。
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