第26話 漏れ聞こえる会話

 生徒指導室の扉の前。廊下にひっそりと身を潜め、耳を澄ませる3人の姿があった。まるでスパイ映画のワンシーンのように、千春、優翔、茉莉亜は慎重にドアの隙間を覗き込んでいる。


「おい、聞こえるか?」


 優翔がひそひそ声で言い、千春は冷静を装いながらも鋭い目つきでドアに集中する。


「静かにしなさい。大声出したらバレるわよ。」


 茉莉亜はというと、不安げに目を泳がせながら小声で囁く。


「……昴君、怒られてるだけだよね? ねっ? なんかすごく真剣な感じだけど……。」


 その瞬間、生徒指導室の中から、ひより先生の切羽詰まったような声が漏れてきた。


「教師失格です……!」


 3人は一斉に息を飲む。


「……な、なにそれ!?」


 茉莉亜が口元を押さえながら驚いた表情を見せる。


「教師失格? どういうことだ?」


 優翔が目を丸くし、興味津々に扉に耳をくっつける。


 中では、昴の声が聞こえる。


「いや、そんなこと言われても……先生だって人間だし。」


「先生だって人間だし……?」


 優翔がニヤリとしながら千春と茉莉亜を見た。千春は眉をひそめ、軽くため息をつく。


「なんなの、この妙に大人びた会話は……?」


 続いて、ひより先生の声が聞こえてきた。


「あの時のことが、ずっと忘れられなくて……!」


「――!」


 この一言に、3人は硬直する。顔を見合わせ、ゴクリと喉を鳴らした。


「な、なにそれ……どういう意味?」


 茉莉亜がオロオロしながら千春に助けを求める。


「これは……ただの生徒指導とは思えないわね。」千春が低い声で呟く。


「おいおいおい……これは、まさか……」優翔の目が輝き始める。


「まさか、先生と昴、禁断の――」


「キャーッ! ちょっと待って、待って!」


 茉莉亜が顔を真っ赤にして両手を振り回すが、優翔は止まらない。


「禁断の師弟関係ってやつだろ!? ドラマでよくあるやつ! 若い女教師と、ちょっと大人びた生徒――!」


「そんなことあるわけないでしょ!」


 千春が即座に突っ込むが、優翔はすでにドラマ脳に突入している。


「おい、聞けって! あの『忘れられない』っていうのは、あれだ。先生が酔っ払って、昴に何かこう……こう……!」


 優翔が拳を握り締め、情熱的に語り出そうとする。


「もうやめてよぉ……!」茉莉亜が顔を覆いながら悲鳴をあげる。


 しかし、ここで茉莉亜の頭にも勝手な妄想が浮かび始めていた。


 ――妄想の中のひより先生は、ほんのり頬を染めながら、ふらふらと酔った足取りで昴に寄りかかる。


『空野君……ねぇ、もっと私のこと見て?』


 昴が驚きつつも、そんなひより先生を支え、顔を赤らめる。


『せ、先生!? 酔ってますって!』


「ふぇえっ!? やっぱりそういう感じなのかなぁ……?」茉莉亜が一人で小さく悶えながらブンブンと首を振る。


 千春がそんな彼女を呆れ顔で見ながら言う。

 バカね。どう考えても昴が何かしたんでしょう。あの子、意外と鈍感そうに見えて、やる時はやるタイプかもしれないし。」


 ――千春の頭に浮かんだのは、暗い部屋で、昴がひより先生を見つめている情景だった。


『先生……僕、もう我慢できません。』


 ひより先生が驚きつつも、後ろに下がる。


『だ、ダメよ! 先生と生徒なんて……!』


 千春は鼻を鳴らし、低く呟く。


「……これは昴が一枚上手ね。」


「ちょっと待てって! そんなわけあるか!」優翔が笑いながら突っ込むが、自分も頭の中ではドラマのワンシーンが展開されていた。


 ――日没の屋上。風が吹き抜ける中、ひより先生が昴に涙を流しながら告白する。


『私……教師なのに、あなたに惹かれてしまったの!』


 昴がそれを真っ直ぐ受け止め、ひより先生の手をギュッと握る。


『僕が、守ります。先生のすべてを――』


「ヤベぇ! 映画化できるぞ、これ!」優翔が興奮しながら笑うと、茉莉亜が慌てて叫ぶ。


「もういいからっ! そんなの絶対違うよぉ!」




 その時、生徒指導室の扉が、ゆっくりと開いた。


「……ふぅ。」


 ため息をつきながら出てきたのは昴だった。彼は疲れたように首を回しつつ、何気なく周囲を見回す。


 その瞬間――


 バタバタッ!


 扉の横の物陰に、何かが一瞬で動いた気配がする。


「……?」昴が怪訝そうに眉をひそめた。


 柱の影に身を隠した3人は、息を潜めて必死に気配を消そうとする。


「見つかる……!」茉莉亜が小声で震え、


「茉莉亜、うるさい!バレるでしょ!」千春が小声で窘めた。


 しかし、優翔だけはこそこそと壁から顔を覗かせ、平然と昴を凝視していた。


 そして――昴が気づく。


「……何やってるの、三人とも?」


「ひっ!?」


 茉莉亜が飛び上がりそうになるのを千春が無言で押さえつけたが、もう遅い。昴は首を傾げながら、3人の方に歩み寄ってきた。


「何、さっきからコソコソと……。」


 千春はあくまで平静を装い、腕を組んで昴を見上げる。


「別に? 昴君が何をしていたのか気になっただけよ。」


「おい、嘘つけ!」

 昴が少し不機嫌そうに言うと、茉莉亜が慌てて前に出た。


「え、えっと! 違うの! 私たち、昴君が心配で……その……先生に怒られてないかなって……!」


「心配……?」昴がますます困惑する。


 そこで、優翔がニヤリとしながら口を挟んだ。


「なぁ、お前、先生と何話してたんだよ?」


 その言い方に、昴は露骨に不機嫌になる。


「は? 何って……普通に謝られただけだよ。」


「謝られた?」


 3人が同時に首を傾げる。


 千春がジトッとした目で昴を見つめ、疑わしげに言う。


「……本当にそれだけ?」


「それだけだよ! 何、その疑いの目は!」


 茉莉亜が口元に手を当ててモジモジしながら言う。


「だ、だって……謝るだけで、あんな真剣な雰囲気になるかなぁって……。」


「だからなんでそうなるんだよ!」昴が思わず声を荒げる。


 優翔はふむふむと腕を組みながら、ひょうひょうとした態度で言う。


「いや、普通謝罪ってもっとサラッと終わるもんだろ? ほら、忘れられないとか言われたんじゃねぇのか?」


「優翔、どこから話を――!」


 昴が思わず言い返しそうになったその瞬間、千春が冷静にまとめるように言う。


「……まぁいいわ。とにかく、先生とあんたの間には何か裏があるのね。」


「だから何ないよ!」


 しかし、3人はすでに昴の言葉を信用していない。茉莉亜は「やっぱり先生、何か隠してるんじゃ……」と呟き、優翔は「いやぁ、青春してるなぁ」と笑い、千春はため息をつきながら「クラスがザワつくのも時間の問題ね」と予言めいたことを言い出す。


「……勝手に盛り上がらないでよ!」昴が頭を抱えるが、3人はすでに誤解にまみれていた。


 帰り道。昴はどこかうんざりした様子で一人歩いていた。


「なんで三人とも、あんなに勘ぐってたんだ……。」


 ひより先生の真剣な謝罪なんて、むしろ誤解を解こうとしてくれていたはずなのに――。


「……はぁ、もういいや。」


 一方その頃、学校の廊下では、3人が密談中だった。


「絶対何かあるよね、昴君とひより先生……!」茉莉亜が興奮気味に言い、

「これは間違いなく事件ね。調査する必要があるわ。」千春が冷静に頷く。


「おいおい、これ、クラスで噂になったら面白ぇだろ!」優翔が悪ノリしながら笑うと、茉莉亜が慌てて「ダメだよ、絶対バレちゃ!」と止めるが、時すでに遅し――。


 翌日、教室では早くも「昴とひより先生の関係って……?」という噂が、風のように広がりつつあった。



 ― ― ― ― ―


良ければこちらもご覧ください。

・直さんは冷静な顔で、俺を殺しに来る

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090481722534


・ハリネズミ女子飼育日記:僕と彼女の365日間

 https://kakuyomu.jp/works/16818093090591046846


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