第23話 まぐれだっていいじゃん

 放課後の教室。ほとんどの生徒が帰り支度を済ませ、校舎内は静かになりつつあった。昴は机に突っ伏し、だるそうに目を閉じている。つい数日前の体育の授業で走り回った筋肉痛はようやく引いたが、未だに身体が重い気がする。


「おーい、昴!」


 突然、元気な声が近づいてきた。顔を上げると、優翔がニヤリと笑いながら昴の机に両手をついて覗き込んでいる。


「次の休み、予定空いてるか?」


「え?」


 昴は眠そうに目を擦りながら、やや遅れて返事をした。


「……まあ、特にないけど。」


「じゃあ決まりだな!」


 今度は蓮が昴の隣の席にドカッと座り、腕を組みながら笑った。明るい茶髪が夕陽に照らされ、爽やかさに拍車がかかっている。


「フットサルやるぞ。一緒に来い!」


「フットサル?」


 昴は眉をひそめた。反射的に口に出してはみたが、内心は(え、また運動か……)と少しだけ気が引けていた。


 その反応を見逃さなかった颯太が、苦笑しながら机に片肘をつく。


「お前、こないだのサッカー、結構頑張ってたじゃん。走り方はアレだったけどな。」


「……アレってなんだよ。」


 昴がジト目で睨むと、颯太は悪びれる様子もなく、にっと笑った。


「いやいや、褒めてんだって。あれだけ泥だらけになって走り回ったんだから、根性はあるってことだろ?」


「どう考えてもバカにしてるだろ、それ……」


 昴は少しムッとしながら言い返すが、蓮も続けて笑い声を上げた。


「まあまあ、真面目に言うけどさ。フットサルならサッカーほどガチじゃないし、気楽にやればいいって。お前も楽しめると思うぜ。」


「楽しめる、か……」


 昴は机に肘をつき、考える素振りを見せる。まだ迷いがあった。運動音痴なのは自覚しているし、また皆の前で恥をかくのは避けたい気持ちもある。だが――


「お前、どうせ次の休みも家でゴロゴロしてるだけだろ。」


 颯太がわざとらしいため息をつくと、昴はぎくりとした。


「……なんで分かるんだよ。」


「だろ? だったら運動して汗流した方がマシだって。なあ?」


 優翔がフォローするように言いながら、昴の肩をポンと叩く。


「初心者でも大丈夫だし、どうせ俺らがフォローしてやるよ。颯太のシュートは半分枠外に飛ぶしな。」


「おいおい、人を枠外王みたいに言うな!」


 颯太が即座に反論し、優翔と軽くじゃれ合う。楽しげな二人を見ながら、蓮も笑顔で昴に顔を向けた。


「な? こういう感じだし、真剣にやるわけじゃないって。遊び感覚でいいんだよ。」


「……遊び感覚、か。」


 昴はまだ完全に納得はしていなかったが、楽しそうな三人の様子を見ていると、次第に断る理由が薄れていく。確かに、最近は三人との距離が縮まってきている。体育の授業をきっかけに、颯太や蓮とも少しは喋るようになった。優翔は最初から人懐っこかったが、蓮と颯太も同じように自然に話しかけてくれる。


(なんか、こういうのも悪くないかもな……)


 昴は小さく息をつき、観念したように答えた。


「分かったよ。……行けばいいんだろ?」


「おっしゃ、決まり!」


 優翔が笑顔でガッツポーズを作り、颯太と蓮も声を揃えて喜ぶ。


「じゃあ日曜日、朝10時に集合な! 遅刻すんなよ!」

 颯太が念押しすると、昴は「朝10時……?」とげんなりした表情になる。


「早いよ……」


「何言ってんだよ! それくらい普通だろ?」


 颯太が笑いながら突っ込み、優翔も「体力つけるいい機会だって!」と励ます。


 蓮も立ち上がりながら、ひとこと付け加えた。


「動きやすい格好してこいよ。お前がまた泥だらけになって転ぶの見たくないからな。」


「余計なお世話だよ。」


 昴がふて腐れた顔で言い返すと、三人は楽しそうに笑いながら昴の周りを囲む。


「ま、そういうことだから! 昴、お前は俺たちのチームだからな!」


「待て、俺がフォローする側だろ?」


「どっちでもいいけど、昴が動けるかどうかだな。」


 三人のやり取りに呆れながらも、昴は少しだけ口元を緩めた。


「……なんだよ。言いたい放題だな。」


「ははっ! ま、楽しみにしとけって!」


 こうして、昴は初めて放課後にクラスメイトと遊びの約束をすることになった。まだ不安は残るが、気分は少しだけ晴れやかだった。


(……次は、もうちょっと動けるようにしねぇとな。)


 小さく心の中で決意し、昴は立ち上がった。教室には夕日が差し込み、三人の笑い声が廊下にまで響いていく――。



 日曜日の朝、澄んだ空気が広がるフットサルコート。少し冷たい風が吹き抜ける中、昴は自分の運動靴の紐を締めながら、周囲をちらりと見回した。


「おせーぞ、昴!」


 優翔が軽くボールを足元で転がしながら、にやりと笑う。彼の動きは既に軽やかで、ウォーミングアップを終えているのが一目で分かる。蓮と颯太もそれぞれストレッチをしていて、3人ともやる気に満ちた表情だ。


 ――一方、昴はというと。


「いや……俺、やっぱり帰ろうかな。」


「は? 何言ってんだよ。来たならやるしかねぇだろ。」


 颯太が腕を組み、呆れ顔で昴を見つめる。昴は一歩後ろに下がりつつも、「いやだってさ……僕、運動全然できねぇし……」と弱々しくつぶやく。


 そこに、蓮がすっと近寄り、昴の背中を軽く叩いた。


「気楽にやればいいんだよ。ほら、フットサルは遊びなんだから。」


 彼の優しい笑みと、軽い一言に昴の緊張が少しだけほぐれる。そして最後に優翔が言う。


「ま、最初はウォーミングアップがてら2対2やろうぜ。昴、お前は俺と組むから安心しろ。」


「……まじかよ。」


 昴は肩を落としつつも、心の中ではほっとしていた。運動神経抜群な優翔が味方なら、何とかなるかもしれない。


 コートの真ん中に立ち、ボールを囲んだ4人が試合開始の合図を待つ。


「じゃあ行くぞ!」


 優翔が軽くボールを蹴り、2対2の試合が始まった。


 蓮と颯太は開始直後から抜群の連携を見せる。蓮が軽いタッチでボールを運び、颯太がフリーの位置に走り込む。そこへ蓮が鋭いパスを送り――颯太がシュート体勢に入った。


「やばい、止めないと!」


 昴が慌ててボールに向かって走り出す。だが、すぐに横から優翔が割り込み、颯太のシュートをブロックした。


「昴! 前、走れ!」


「うわ、俺!?」


 言われるがまま、昴は全力で前方へ走る。優翔がボールをキープし、軽いフェイントで蓮をかわす。そしてタイミングを見計らって、昴に向けてパスを送った。


 ――ボールが昴の足元へ。


「う、うおっ……!」


 慣れない足さばきに戸惑いながらも、昴はボールをなんとか止める。だがすぐに蓮が迫ってきて、「カットするぞ」と言わんばかりのプレッシャーをかける。


「落ち着け、昴!」


「お、おおぉぉ!」


 無我夢中でボールを蹴り出す昴。力が入りすぎたその一撃は――なぜか絶妙な角度で飛んでいった。


「……あれ?」


 昴の蹴ったボールは、颯太の足元をすり抜け、ゴールネットへと一直線に向かっていく。そして、コツンという音と共に見事にゴールが決まった。


「入った……?」


 一瞬、時間が止まったように静まり返るコート。そして、次の瞬間。


「うわっ、マジかよ! 昴、決めたじゃん!」


 優翔が大声で笑い、蓮と颯太も「嘘だろ……」と呆れた表情を見せる。


 一方、当の本人である昴は、信じられないという顔で固まっていた。


「え、今の……僕?」


「お前だよ! ゴールおめでとう、昴!」


 優翔が昴の肩をがしっと掴み、力強く揺さぶる。それに釣られて昴の表情が崩れ、次第に満面の笑みが浮かんだ。


「やった! 僕、決めたぞ!!」


 両手を高く掲げ、まるで世界一のゴールを決めたかのように飛び跳ねる昴。その様子に、蓮が小さく笑いながら言う。


「奇跡だな。」


「いいじゃん、楽しけりゃ勝ちだろ!」


 優翔の言葉に、颯太も「ははっ、まあな」と笑い、4人は和やかな雰囲気に包まれた。


 その後、試合は一旦休憩に入り、4人はコート脇のベンチに腰掛ける。


「まさか昴がゴール決めるとはな。」


「いや、あれはまぐれだろ!」


 颯太の突っ込みに昴は「うるせぇ!」と笑いながら言い返す。しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。


「でも、楽しいだろ? フットサル。」


 優翔が隣で言い、昴はふと遠くを見ながら呟いた。


「……まあ、悪くないね。」


 それを聞いた3人は笑顔を浮かべ、次の試合へ向けて立ち上がる。


「よし、次はもっと本気出すぞ!」


「おう、負けねぇからな!」


 日曜日の陽射しが眩しく輝く中、4人の笑い声がコートに響き渡る――。


― ― ― ― ―

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