第20話 広がる輪
筋肉痛がようやく少し引き、学校へやってきた昴。しかし、昇降口の階段を登るたびに、「痛い……」と小声で呻く姿は周囲から丸見えだった。
「おいおい、空野! なんだその歩き方!」
声をかけてきたのはクラスメイトの佐藤颯太だ。短く刈り込んだ髪に、爽やかな笑顔が似合う体育会系男子。さっそく昴の姿を見つけて突っ込まずにはいられないらしい。
「ゾンビでも憑依してんのかよ? 何かあったのか?」
「……うるさいよ、颯太。ちょっと筋肉痛が残ってるだけだよ。」
ぼそぼそと返す昴に、今度はもう一人、高橋蓮が近づいてくる。颯太と同じく爽やか系だが、こちらはやや冷静な口調が特徴的だ。
「筋肉痛? 空野、お前普段運動なんてしないタイプだろ。何があったんだよ。」
蓮が目を細めて疑いの目を向けると、颯太が勢いよく手を叩いて爆笑する。
「ははっ! まさか筋トレでも始めたのかよ、空野!」
その言葉に昴は露骨に目をそらし、返事を濁そうとするが――「おっ、いいところで話してるな」と背後から何とも爽やかな声が割り込んできた。
優翔がにやりと笑いながら昴の肩を叩いた瞬間――
「痛いっ!」
昴が思わず声を上げ、颯太と蓮がさらに大爆笑する。
「こいつさ、身体を鍛えてんだよ。なかなか見どころがあるぜ。」
優翔のその言葉に、蓮が訝しげに眉を上げる。
「見どころ……? 何のために鍛えてんだ?」
「……別に何でもないよ」
昴はうつむき加減で答えるが、優翔はお構いなしだ。
「今年の夏、こいつは海でバッキバキの身体を見せつけるらしいぜ!」
その瞬間、颯太と蓮が笑いの渦に包まれた。
「おいおい! 海!? 空野、お前そんな下心全開のヤツだったのかよ!」
颯太が机を叩いてゲラゲラ笑い、蓮も呆れた顔でため息をつく。
「"自分磨き"とか言って、実際はモテたいだけじゃねぇか。」
「優翔が勝手に言ってるだけだよ!」
昴の反論も虚しく、二人は口々に突っ込みを入れてくる。
「なんだよそれ、女子の前で"偶然"服脱ぐ気か?」
「夏の海で"いやー、暑いわー"とか言いながら腹筋アピールだろ!」
「……そんなことするわけないでしょ!」
顔を真っ赤にして反論する昴だったが、颯太と蓮は「やべぇ、空野が面白すぎる」と笑い続ける。
優翔はそんな2人に向かって、楽しそうに親指を立てた。
「お前ら、わかってねぇな。俺は昴の成長を応援してんだよ。なぁ、昴?」
「お前が元凶だろ!」
昴が優翔に怒りの視線を送るが、彼はどこ吹く風だ。
顔を真っ赤にして机に突っ伏す昴を見て、颯太と蓮は顔を見合わせ、くすくすと笑い始める。
「おい空野、そんなに怒るなって。ほら、ちょっと茶化しただけじゃねぇか。」
颯太が机に肘をついて、笑いながら昴を覗き込む。
「……うるさいよ。」
昴はぼそりと返事をするが、どこか力が抜けている。
「でもさ、お前って意外とノリいいよな?」
颯太がふと口にし、蓮も軽く頷く。
「確かに。最初は無口なやつかと思ってたけど……話してみたら普通に面白いやつじゃん。」
「……何それ。」
顔を上げた昴が呆れたように2人を見るが、颯太は悪びれる様子もなく、爽やかに笑っている。
「いやさ、空野ってもっと自分から話しかけてくりゃいいのに。最初ちょっと距離感あっただろ?」
蓮も真面目な顔で言葉を続ける。
「お前、クールぶってんのか知らねぇけど、素は結構ノリがいいし、突っ込みも面白いじゃん。」
「……そう?」
昴は眉をひそめるが、どこかその言葉に悪い気はしない。むしろ、こそばゆいような気持ちになる。
颯太が笑いながら昴の肩を軽く叩く。
「まぁつまりだ。俺たちもこれからお前と仲良くしようってことだよ。」
「……仲良く?」
「そうそう!」
颯太がニカッと笑い、蓮も小さく笑いながら付け加える。
「これからは、お前ももっと話しかけてこいよ。なんなら俺らも絡みに行くからさ。」
「お前、意外とツッコミのセンスあるし、面白いんだわ。」
颯太が言うと、蓮も「それにさ、夏に向けて鍛えるなんて結構いい根性してるしな」と続ける。
「……別にお前らに認められたくてやってるわけじゃねぇし。」
昴はむくれたように口をとがらせるが、その表情にはどこか照れくささが滲んでいる。
颯太と蓮がそんな昴を見て、また笑う。
「お、顔赤くなってる! なんだお前、可愛いやつだな!」
「可愛くないよ!」
昴が慌てて否定するが、男子たちの笑い声が教室中に響く。
優翔がその様子を見ながら、面白そうに笑っている。
「ははっ、昴もお前らと一緒だと馴染むじゃん。俺、いい仕事したわ。」
「お前のせいでこうなったんだろ!」
昴が優翔に食ってかかるが、颯太と蓮がそのやり取りを見てさらに笑い転げる。
「いいじゃん、空野。お前、面白いヤツだよ。」
「だな。これからもよろしく頼むわ!」
颯太と蓮が軽く手を挙げて笑顔を向けると、昴はふっと小さく息をつきながらも、どこか嬉しそうに目をそらす。
「……あぁ、よろしく。」
自然と、彼の頬には小さな笑みが浮かんでいた――。
賑やかな笑い声が教室に響く中、自分の席で雷央は腕を組んだまま、不機嫌そうに昴たちの方を睨んでいた。
「……あいつ、調子に乗りやがって。」
低く呟く雷央の言葉は、昴に対する明らかな嫉妬だ。
昴の周りには優翔、蓮、颯太といった体育会系で人気のあるカースト上位陣が揃い、何やら楽しそうに盛り上がっている。
――本来なら、あいつらは俺の周りにいるべきだろ。
レオは無言で苛立ちを噛みしめる。自分を中心にしていたはずの輪が少しずつ崩れているような気がしてならなかった。優翔たちが昴を認め、仲間に加えている光景がどうにも気に入らない。
「……何がおもしれぇんだよ、あいつなんか。ただの気弱な根暗野郎じゃねえか。」
レオの目が僅かに細められる。その視線には、焦りにも似た独占欲が滲んでいた。
「雷央くん、どうしたの?」
隣に座っていた花音が、わざとらしく小首をかしげながら雷央に声をかけた。彼の不機嫌そうな様子に気付いているのに、その理由をあえて探る素振りだ。
「別に。」
雷央は素っ気なく返しながらも、目線は変わらず昴たちの方に向けられたままだ。
――つまらないやつがちょっと筋トレしたくらいで、いい気になりやがって。
一方、花音もその賑やかな中心にいる昴の姿をじっと見つめていた。彼女の顔には、どこか優越感とも嘲笑とも取れる薄い笑みが浮かんでいる。
「ふふっ……変わったわね、昴くん。」
「……何だよ。」
レオが苛立ったように振り向くと、花音はわざとらしく肩をすくめる。
「だって、なんだか最近ちょっと張り切ってるじゃない? ほら、筋トレしたり、周りに馴染もうとしたり。」
「……は? 別にどうでもいいだろ、あんなやつ。」
「ふふ、もしかして――」
花音は唇に指を当てながら、楽しそうに言葉を続ける。
「私に振られたショックで、変わろうとしてるのかなぁ?」
――私の気を引くために。
そんな風に言いたげな花音の口調には、どこか勘違いめいた自信が滲んでいる。彼女の中では、昴がまだ自分に未練を残していると信じて疑わないのだ。
「……はっ、ありえねぇだろ。」
レオが冷たく吐き捨てるが、花音はどこ吹く風といった様子で昴を見つめ続ける。
「でも、なんだか気になるわね。あんなに変わるなんて。」
花音の目が昴の方を追い続ける――無意識のうちに、その視線は少しだけ揺れていた。
――変わろうとしている昴の姿が、自分の知らない誰かのものになってしまうようで。
そんな彼女の様子を横目で見たレオは、さらに苛立ちを募らせる。
「あぁ、面白くねぇ。」
雷央は机に肘をつき、深くため息をつく。その姿には、昴に対する嫉妬だけでなく、花音の無関心にもどかしさを感じているような陰りが滲んでいる。
教室の中、楽しげな男子たちの笑い声と、対照的に冷えた空気の漂う隅の席――。
それぞれの思惑が、少しずつ交錯し始めていた。
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