第16話 僕の腹筋、どこまで耐えられる?
本日2話目です。15話 「変わるきっかけはきみと」を更新しているためご注意ください。
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日曜日の朝、昴は少し眠たそうな顔で駅前の待ち合わせ場所に立っていた。日曜の朝に家を出るなんて珍しいことで、ここに来るまで少しだけ気合を入れたつもりだが――やっぱり眠い。
「早く着きすぎたな……」と呟きながら、昴はスマホをちらりと見る。時間はまだ待ち合わせの10分前。早く着きすぎたことに少し後悔する。
「筋トレって、ジムとかだよな……?」
駅前で待ちながら、昴は少し不安そうに周りを見渡す。日曜日の朝から出かけていることに億劫さを感じているが、内心は妙な高揚感があった。そもそも昴はあまり友達と外で遊んだ経験がない。男友達と待ち合わせなんて、思い返せば初めてかもしれない。
(――筋トレを一緒にって変だけど、悪くないな)
そんなことを考えていると、遠くから明るい声が聞こえてきた。
「おーい、昴ー!」
振り向くと、優翔が手を振りながら走ってくる。運動部らしい爽やかな笑顔に、昴は無意識に顔をしかめた。
「待たせたか?」
「いや、僕が早く来ただけ」
昴が肩をすくめると、優翔は「おっ、やる気あるじゃん!」と勘違いして、さらにニカッと笑う。
「いや、別にやる気とかじゃないけど……」
「いいからいいから! 今日は徹底的に鍛えるからな!」
優翔は昴の背中を叩き、ぐいぐいと引っ張る。
「ちょっ、お前、力強すぎ……。まあ、ほどほどに頼むよ」
優翔の勢いに押されながら、昴は半ば引きずられる形で駅前を歩き始めた。
「で、どこ行くの。ジム?」
「おう、近くのトレーニングジムな。初心者でも大丈夫なとこだし、設備も揃ってるから安心しろって。」
優翔は自信たっぷりに説明する。彼のこういうポジティブさには、どこか置いて行かれる感覚があるが、不思議と悪い気はしない。
「それにさ、昴って意外と運動神経いいんじゃね? 何かやればすぐできそうだし。」
「えっ? そんなことないけど……」
昴はそっぽを向きながら否定するが、優翔は勝手に盛り上がっている。
「まあまあ! 身体動かせば気分もスッキリするし、筋肉つけばモテるぞ!」
「モテ……る?」
唐突なワードに、昴は思わず反応してしまう。優翔はその隙を逃さず、ニヤリと笑う。
「おっ、興味あるんじゃねぇか?」
「別に、そんなんじゃないけど……!」
顔を少し赤らめて慌てる昴を見て、優翔は大笑いする。
「お前、わかりやすいな! ま、モテたいなら努力しないとだぜ!」
「優翔はほんと単純だな……」と呆れつつも、昴は内心、こうやって友達と軽口を叩き合うのも悪くないと思っていた。
やがて、駅から少し歩いたところにあるジムに到着した。おしゃれな外観と大きなガラス窓の向こうに、ランニングマシンで汗を流す人々や器具を使って鍛える屈強な男たちが見える。
「……本気のやつじゃん、これ」
昴は思わず引きつった顔で呟く。なんとなく、遊びの延長みたいな軽い筋トレを想像していたが、どう見てもガチ勢の集う場所だ。
「大丈夫、大丈夫! 初心者コースもあるからさ!」
優翔は軽い調子で言いながら、昴の背中をまたしても押す。
「お、おい、待てって……!」
「気にすんなって! ほら、行こうぜ!」
結局、優翔の勢いに押されてジムの扉をくぐる昴。
中に入ると、トレーニングマシンがずらりと並び、あちこちから「フンッ!」という威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
(……完全に場違いじゃないか、僕)
昴はひそかに震えながらも、優翔の後ろをついていく。
「まずは受付だな!」と張り切る優翔を見ながら、昴はふと考えた。
(――まあ、でも男友達とこうやって出かけるのも……悪くないのかも)
少しだけ浮かんだ笑みを、誰にも見られないように昴は隠した。
ジムの扉をくぐり、すでに場違い感に満ちた顔をしている昴をよそに、優翔は受付で手続きを済ませていた。トレーニングウェアに着替えた二人は、更衣室から出るときも対照的だ。優翔はノリノリで「おーし、行くぞ!」と気合い十分。対する昴は「なんでこんなことに……」と小さなため息をついていた。
ジム内はトレーニング器具が所狭しと並び、どこを見ても筋肉隆々の人たちが黙々と身体を鍛えている。ランニングマシンのリズミカルな音、ダンベルのぶつかる音、そしてたまに聞こえる「フンッ!」や「ッシャー!」という掛け声――どう考えても、日曜日に来るような場所じゃない。
「おい、昴! まずはどこを鍛えたいんだ?」
優翔が振り返り、満面の笑顔で問いかけてくる。
「……は?」
昴は思わず間抜けな声を出してしまう。
「だから! 目的がねぇと続かないだろ? 腹筋? 胸筋? それとも肩とか腕か?」
昴はジム内を一瞥しながら、少しだけ考え込んだ。別に鍛えたい部位があったわけじゃないが、こういう場所にいると不思議と「やってみようかな」という気持ちになる。
「……腹筋、かな。あと、胸筋もちょっとつけたい。」
その言葉を聞いた途端、優翔の目が輝いた。
「腹筋と胸筋!? いいじゃん、昴! それなら夏は海で身体を見せつけるしかねぇな!」
「……は? 海?」
昴が怪訝な顔をするも、優翔は完全に一人で盛り上がりモードに突入している。
「今年の夏だよ、夏! 海でかっこいい身体を見せつけるのが目標な! 俺も一緒に鍛えるから、二人で完璧に仕上げようぜ!」
「……そんなん、別にいいし」
昴は小さな声で否定するが、優翔の勢いに呑まれてしまう。海だの夏だの、自分に似合わない単語だとは思いながらも――「少しは変わるのも悪くない」と心のどこかで思ってしまった。
「よーし、そうと決まればトレーナーさんに聞いてくる! 初心者メニューを組んでもらおう!」
「いやいや、待って待って……!」
昴の制止も聞かず、優翔はジムのスタッフに声をかけている。気付けば、引き締まった身体の男性トレーナーが笑顔でこちらに向かってきていた。
「こんにちは! 初めてのトレーニングですか?」
「……まあ、はい」
トレーナーは優しそうな笑顔で頷くと、「じゃあ無理のない範囲でやりましょう! 初心者でもできる内容で、しっかり身体を動かせるメニューを考えますね」と言う。
昴はほっと胸を撫で下ろす。「初心者でもできる」と言われれば安心だ。
「じゃあまずはウォーミングアップから! ランニングマシンに乗ってもらいますね!」
ランニングマシンに乗せられた昴は、恐る恐るベルトの上に足を乗せる。隣では優翔がすでに余裕の表情で走っている。
「昴、足を止めるなよ! 転ぶからな!」
「……わかってる」
ベルトが動き出すと、昴はぎこちなく足を動かし始める。速度はゆっくりだが、昴にとってはすでに大仕事だ。
「うわ、これ、思ったよりキツイ……!」
「最初はゆっくりでいいからな! ほら、ペースを保て!」
優翔の軽口が飛んでくるが、昴には聞こえている余裕がない。顔がじんわりと汗ばんできた頃、トレーナーが「はい、5分経過です! お疲れ様!」と声をかける。
「ふ、ふぅ……」
昴はランニングマシンから降りると、ふらつきながら座り込む。
「お前、5分でそれかよ! 俺、あと60分は走れるぞ?」
「だから、優翔と一緒にするなっての……!」
ランニングを終えた昴を待っていたのは、腹筋と胸筋を鍛える器具だ。
「じゃあ、次は腹筋いきましょう! 初心者はシットアップベンチを使うとやりやすいですよ!」
昴はシットアップベンチに仰向けになり、トレーナーの指示通りに動く。
「よーし、昴! 上半身を起こして!」
「ぐっ……無理……!」
1回やっただけで昴の顔が歪む。
「あと9回いける! ほら、1! 2! 頑張れ!」
「う、うるさい……っ!」
必死に腹筋を繰り返す昴。横で優翔が「ナイス昴! いけるぞ!」と応援しているが、その顔は余裕そのものだ。
「優翔は…なんで…そんな…平気なんだよ……!」
「毎日やってるからな! 継続は力なり!」
「ぐ……言い返せない……!」
次は胸筋を鍛えるため、チェストプレスマシンへ移動する。
「このマシンで胸筋を鍛えます! ゆっくり押して戻すだけですからね!」
昴は座り、レバーを押し込もうとするが――
「重っ……!」
1回押し出すだけで腕がプルプルと震える。
「あと4回いけます! ほら、1、2……!」
「ひ、ひいぃ……!」
すでに昴の顔は限界を超えている。しかし、トレーナーと優翔の応援に背中を押され、何とかやり遂げる。
全メニューを終えた頃、昴は床に倒れ込んでいた。
「もう……動けない……」
「お前、やりきったな! 初めてにしちゃ頑張った方だぞ!」
優翔が笑顔で昴の背中を叩くが、昴は虚ろな目で天井を見つめる。
「僕は……もう二度と来ない……」
「何言ってんだ! 次はもっと楽になるぞ!」
「絶対嘘だ……」
昴の苦悶の表情とは裏腹に、優翔はまだ元気いっぱいだ。
「今日はプロテインでも飲んで帰るか! 昴、筋肉には栄養が大事だぞ!」
「もう帰らせて……早くベッドにダイブしたい」
そんなやり取りをしながら、ジムでの初トレーニングは幕を閉じた。
ジムを出ると、外はすっかり夕方になっていた。昴は全身筋肉痛の予感を抱えつつ、優翔と並んで歩く。
「なあ昴、今日のトレーニング、悪くなかっただろ?」
「……まあ、少しだけ。」
昴は小さく呟く。疲れ果てているのに、どこか充実感があるのは気のせいだろうか。
「次はもっと追い込むぞ!」
「だから、それは絶対やめて……!」
(でも自分が変われるなら続けてもいいかな)
そう言いながらも、昴の顔には笑みが浮かんでいた。
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