第13話 食欲が育む絆 ー雷央 & 花音 編ー
「やばい、これ絶対最高のBBQになるって!」
レオの元気な声が準備エリアに響き渡る。陽キャメンバーが集まるグループでは、すでにテンションが最高潮だ。彼らの中心にいるレオは、特製バンズを高々と掲げて見せびらかす。
「見ろよ、このバンズ! ふっくらしてて完璧だろ? マジでこれで作るハンバーガー、絶対うまいに決まってるから!」
レオが自信満々に言うと、周りのメンバーも次々と声を上げて盛り上がる。
「さすがリーダー、準備完璧じゃん!」
「早く焼こうぜ! 俺、もう腹ペコなんだけど!」
花音も隣で笑顔を浮かべながら相槌を打つ。
「ほんとすごいね、レオ。こんなちゃんとしたの準備するなんて、意外とマメなんだね。」
「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ! 今日は最高の思い出作りだからな!」
そんな陽気な雰囲気の中、テーブルの上には次々と材料が並べられていく。ジューシーな牛肉のパティ、色とりどりの新鮮な野菜、濃厚そうなスライスチーズ。特製ソースのボトルまで揃っていて、期待感は高まる一方だ。
だが、その一方で、準備は次第に雑然としたものになっていった。
「おい、誰かこの野菜切ってくれないか?」
「え、俺? でも、火起こし手伝えって言われてたんだけど……」
「それより、この肉、どうすんの? 形整えるのとか誰がやるの?」
あちこちで指示が飛び交うが、肝心の役割分担がまるでされていない。レオは中央で声を張り上げるものの、陽キャメンバーの多くは話に夢中で動こうとしない。
「おい、マジで誰かやれよ! これ一人でやるの無理だから!」
「ちょっと待って、インスタ用の写真撮らせて!」
「いやいや、それより炭どこに置くか決めようぜ!」
レオの声も徐々に苛立ちを帯び始めるが、それを聞き流すようにメンバーの雑談は止まらない。特に花音は、スライスチーズを手に取りながら近くの友人と笑いながら話し込んでいる。
「ねえレオ、私何すればいいの? チーズ切るの? それとも野菜?」
「えっと……いや、待ってくれ、火起こしが先だろ!」
レオが焦り気味に言うが、すでにグループ内は混乱の渦に飲み込まれていた。テーブルの上には切れていない野菜や整形されていないパティが散らばり、誰が何をすればいいのか分からない状態に。
「おい、肉が多すぎてどれ使えばいいのか分かんない!」
「これってどの順番で焼くの?」
「待って、炭に火つけるの手伝ってよ!」
各々が勝手に動き始め、作業がバラバラになってしまう。陽キャらしい賑やかさが裏目に出て、まとまりがまるでない。さらに、陽キャ以外のメンバーは完全に空気を読まずにぼんやりと様子を見ているだけだった。
期待感で盛り上がっていたはずのレオたちのBBQは、早くも混乱の兆しを見せ始めていた。
「おいおい、焦げてるぞ!」
「それ、まだ火通ってないんじゃねえの?」
準備段階では楽しそうに笑い声を上げていたが、いざ火起こしや料理が本格化するにつれ、作業の分担が曖昧なままスタートしたことが原因でトラブルが続出している。
「ちょっと待って、火が強すぎて肉が焦げた!」
「誰か炭調整してくれよ!って、どこ行ったんだ炭?」
炭火の温度管理がうまくいかず、パティが生焼けや真っ黒に焦げる事態に。焼き網の上ではチーズが無駄に溶け落ち、使いものにならなくなる具材も多かった。
「なぁ、こっちの野菜切ったけど、誰も使わないの?」
「てか、次何焼けばいいんだ? もうわかんねぇよ。」
陽キャらしい賑やかな雰囲気が、逆に統率を欠く原因となっている。
レオはグループの中心に立って指示を出すものの、その内容はどこか抽象的だ。
「おい、炭もうちょい強くして! それから、肉をちゃんと回収して!」
聞いている側のメンバーもそれぞれ自分の会話や行動に夢中で、まともに指示を聞く者はほとんどいない。
その中で、花音はそんな状況に次第に不満を募らせていた。
「ねぇ、これもう完全に失敗じゃない?」
隣で困り顔の友人にぼやきながらも、内心ではレオへの不満が芽生え始めている。事前には「最高のBBQにする」と豪語していたレオが、実際には全く統率力を発揮できていないからだ。
「ちょっとレオ、これどうすればいいの? 私、何もすることないんだけど。」
花音が声をかけると、レオは汗をかきながら慌てて答える。
「え? あぁ、ちょっと待って、今こっち片付けたら行くから!」
しかし、その片付けも中途半端なままで、状況が改善することはなかった。
周囲の陽キャメンバーたちも次第に冷めた空気になり始める。
「これ、もう無理じゃね?」
「レオ、さっきから指示ばっかりで何もやってなくね?」
レオグループの混乱が頂点に達した頃、ひより先生が慌てた様子で駆けつけた。彼女は一度全体を見回し、深呼吸してから柔らかな笑顔を浮かべた。
「みんな、ちょっと静かにしてくれる?」
その声は大きくはなかったが、場の騒がしさの中で不思議とよく通り、生徒たちは次第に動きを止め、彼女の方を向いた。
「まずは、何が問題なのか整理しましょう。」
ひより先生は手を軽く叩きながら、彼らに優しい眼差しを向けた。「火はどう? 起こせてる? 誰が担当するか決まってるかな?」
「えっと……火は俺がやるつもりだったんだけど、炭が湿ってて全然着かなくて……」と、一人の男子が申し訳なさそうに言う。
「そうか。じゃあ、火起こしはまず私が手伝うわ。湿った炭は使えないから、乾いているのを探して、火の付きやすい小枝とか紙も一緒に用意してね。」
ひより先生の穏やかだが的確な指示に、その男子は「わかりました!」と動き始めた。
「次に、食材の準備ね。野菜を切る人、パティを作る人、それぞれ決めて。誰がどれをやるか、役割を分けるのが一番大事だから。」
先生の言葉に、生徒たちはお互い顔を見合わせ、少しずつ声を掛け合いながら動き始めた。
レオは一歩後ろで腕を組み、状況を見つめていたが、その顔には微妙な表情が浮かんでいた。
「なんで先生が来ただけで、みんな急に言うこと聞き始めるんだよ……」
花音の隣でぽつりと呟いた声には、どこか嫉妬が滲んでいた。
「俺だって、さっきから指示出してたのに。なんで誰もまともに動かなかったんだよ。」
レオは少し不機嫌そうに、じっとひより先生の背中を睨むように見つめた。先生が次々と手際よく指示を出し、生徒たちがそれに従う様子が、彼のプライドを刺激しているようだった。
やがて場の空気は落ち着きを取り戻し、生徒たちはそれぞれの役割を黙々とこなし始めた。炭火が安定し、パティが焼ける音や野菜を切る包丁の音が、周囲のざわめきを変えていく。
何とか火加減が安定し、焼き場の混乱も少しずつ収束していった。生徒たちは、ようやく焼き上がったパティや野菜をバンズに挟み、自分たちなりのハンバーガーを完成させていった。崩れた形のものや具材が偏ったものもあったが、食材がなくなる頃には全員がそれぞれの手作りバーガーを手にし、ホッとした表情を見せていた。
「まあ、何とかなったな……」
レオが小さく息を吐きながら、炭火の前で腕を組んで言う。だが、その声にはどこか達成感よりも安堵感が強く表れていた。
「ハンバーガー、美味しかったけど……もう少しちゃんとリードしてくれれば、もっとスムーズにできたかもね。」
花音がそう呟いたのは、片付けが終わりかけた頃だった。その声は小さく、他の生徒たちには聞こえないようだったが、隣にいたレオにははっきりと届いた。
「……俺がリードしてなかったって言うのかよ?」
レオは眉をひそめながら花音を見つめたが、彼女は目を合わせずに視線を逸らした。
「そういうわけじゃないけど……もう少し周りをまとめるの、先生がやる前にできたんじゃないかなって。」
花音の言葉に、レオは返事をしなかった。ただ、無言のまま視線を落とし、拳を軽く握りしめていた。
片付けが終わると、ひより先生は集まったゴミ袋をまとめて車へ運ぶ手伝いをしていた。生徒たちが解散し始めた頃、学年主任らしき男性の教師が険しい表情で彼女に近づいてきた。
「導野先生、ちょっといいですか?」
その一言に、ひより先生は少し怯えたように顔を上げた。
「今日のBBQですが、自由にさせるだけじゃなくて、もう少し計画的に進めるべきだったんじゃないですか? 混乱していた生徒たちが可哀そうですよ。あなたは担任でしょう?もっと自分の生徒に責任を持たないと。」
主任の言葉は柔らかさを欠いており、ねちねちと責めるような様子だった。周囲にいる数人の教師たちが気まずそうに顔をそむける。
「申し訳ありません……私がもっと早く気づいていれば……」
ひより先生は肩を落としながら、小さな声で答えた。その表情には明らかな落ち込みが見えたが、すぐに気を取り直したように頭を下げた。
「次回はもっとしっかりと準備して、生徒たちが楽しめるように改善します。」
その言葉に主任は軽く頷くと、「そうしてもらえたらいいんですけどねえ」とだけ言い残してその場を去っていった。
生徒たちが次第に帰路につく中、ひより先生は小さくため息をつきながらゴミ袋をまとめ直した。その後ろ姿は少し疲れて見えたが、同時にどこかほっとしたような穏やかさも漂わせていた。BBQは終わり、賑やかだった一日は静かに幕を下ろそうとしていた。
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