第12話 食欲が育む絆 ー決意編ー

 バーベキューの余韻に浸りながら、昴たちは空になった皿を片付けていた。

 優翔が皿を高く掲げながら感謝の声を上げる。


「いやー、うまかったな。空野、天音、八坂ありがとうな!」


「本当に、こんなに美味しいBBQなんて初めて!」


 千春も満面の笑みを浮かべながら続ける。


「楽しんでもらえたなら、頑張った甲斐があったよ。」


 昴が照れくさそうに笑うと、茉莉亜も同調して微笑んだ。


「準備した甲斐があったわね。」


 そんな和やかな空気の中、ふと千春が思い出したように口を開く。


「そういえば、茉莉亜さんってどうして空野くんと仲良くなったの? 昨年までは全然話してるところ見たことなかったけど。」


 その質問に、一瞬茉莉亜は驚いたような表情を見せたが、すぐに昴へ視線を向ける。昴も少し気まずそうにしながら口を開いた。


「その話は……まあ、俺が花音に振られたときのことなんだ。」


 その一言で場の空気が変わる。優翔と千春の表情が一気に険しくなり、茉莉亜は複雑な表情を浮かべた。


「え、振られたってどういうこと?」


 千春が眉をひそめて問い詰めると、昴は言いづらそうにしながらも続けた。


「実は、花音と付き合ってたんだけど……途中でレオにアプローチされて、それに花音が応じる形で俺は振られたんだ。」


 その言葉に優翔は拳を強く握りしめ、千春も怒りを抑えきれない様子だった。


「ふざけんなよ! レオも花音も最低じゃないか!」


「本当に信じられない。そんなこと、普通する?」


 だが、そんな二人を昴は静かに手を上げて制した。


「いや、怒っても仕方ないんだ。俺だって最初は悔しかった。でも……正直、それだけじゃないんだ。」


 千春がその言葉に疑問を抱き、眉を寄せる。


「それだけじゃないって、どういうこと?」


 昴は少しの間を置いてから口を開いた。


「花音に言われたんだ。『昴は優しすぎる』って。『もっと刺激が欲しい』とか、『頼りがいを感じない』とか……。結局、俺はただ“優しいだけの男”だったんだよ。」


 その言葉に場の空気が一瞬張り詰める。茉莉亜は切なそうな表情で昴を見つめ、千春と優翔は明らかに憤慨していた。


「刺激が欲しいだと? 昴みたいな奴を振るなんて、あの二人の方が間違ってるだろ!」


 優翔が声を荒げると、千春も負けじと言い放つ。


「本当よ。昴くんみたいな優しい人、そう簡単に見つからないのに!」


 昴は苦笑しながら、二人の怒りを宥めるように手を振った。


「ありがとう。でも、俺も気付いたんだ。ただ優しいだけじゃダメなんだって。もっと頼りがいのある男にならないといけないって……。」


 そう言いながら、昴の目には確かな決意が宿っていた。


「だから、見返してやりたいんだ。優しいだけの俺じゃなくて、成長した俺を見せてやりたい。それが俺の気持ちなんだ。」


 その言葉に、優翔は感動したように拳を強く握りしめ、力強く頷いた。


「いいじゃねえか! 昴、だったら俺も手伝うぜ。運動やトレーニングなら俺に任せろ!」


 千春もすぐに手を挙げた。


「私も協力するわ。ファッションや髪型、身だしなみを整えるのを手伝って、昴くんがもっと魅力的になれるようアドバイスする!」


 茉莉亜も優しい笑顔で言葉を添える。


「私も応援するわ。一緒に頑張りましょう、昴くん。」


 昴は一瞬驚いたように彼らを見渡したが、すぐに笑顔を見せた。


「ありがとう、みんな。本当に嬉しいよ。こうやって協力してくれるなんて、心強いよ。」


「それじゃあ、具体的にトレーニングの計画を立てようぜ。」


 優翔が笑顔で拳を軽く握り、話を進めた。


「まず、昴はどんな身体になりたい? 筋肉ムキムキのマッチョを目指すとか、それともスリムだけど引き締まった感じ?」


 優翔の問いに、昴は少し考え込む。


「うーん……そこまでゴリゴリなマッチョになりたいわけじゃないけど、健康的で、見た目もちゃんと引き締まってる感じがいいかな。あと、力があって頼りがいがあるって思われるような。」


 その答えに優翔は満足げに頷いた。


「なるほど、じゃあ筋トレだけじゃなくて、有酸素運動も取り入れてバランス良くやっていこう。例えば、腹筋や腕立て伏せにランニングを加える感じかな。」


「腹筋と腕立て……か。続けられるか心配だけど、頑張ってみるよ。」


 昴は少し不安そうだったが、決意を込めて答えた。


「大丈夫だって! 俺も一緒にやるからさ、楽しくやろうぜ。」


 優翔は昴の肩を軽く叩き、力強く笑った。


 「それで、ファッションとか見た目の方はどうする?」

 

優翔の言葉に、千春がすぐに反応する。


「まずは髪型を変えることね。美容室で整えてもらえば、それだけで印象が変わると思うわ。」


「美容室か……」


 昴は途端に気まずそうな顔をして視線を逸らした。


「どうしたの? 美容室に行くのが嫌なの?」

 千春が不思議そうに尋ねると、昴は少ししどろもどろになりながら答えた。


「いや、嫌っていうわけじゃないけど……美容室って、なんか敷居が高いんだよ。どう注文すればいいのか分からないし、周りの目も気になるし……。」


 その言葉を聞いた千春は優しく微笑んだ。


「大丈夫よ、昴くん。私が一緒に行くから、何も心配いらないわ。オーダーの仕方もアドバイスするし、美容師さんに伝えるのも手伝うから。」


「そ、そう言われても……」


 昴はまだしり込みしている様子だったが、千春はさらに説得を続ける。


「美容室に行くことで、見た目が良くなるだけじゃなくて、自信にもつながるの。新しい自分に挑戦する良い機会だと思わない?」


 それでも渋る昴に、千春はため息をつきながらも笑顔でこう言った。


「もういいわ、次の休みに私が予約を取るから、一緒に行くわよ。決まり!」


「えっ、でも……!」


 昴が戸惑いの声を上げる間もなく、千春は満足げに頷いた。


「これで一つ目のステップは完了ね! 昴くん、覚悟しなさい!」

 

千春の勢いに押され、昴は仕方なく頷くしかなかった。


 そのやり取りを見ていた茉莉亜の表情が、ほんの一瞬だけ曇る。

(千春さん……本当に昴くんのことを思ってるのね。あんな風に強引でも頼れる感じ、ちょっと羨ましい……)

 茉莉亜は心の中でそう思いつつも、すぐに笑顔を作り、明るい声で言葉を添える。


「髪を整えて、さらに運動もして……昴くん、本当に楽しみね。きっと素敵になるわ。」


 その言葉に昴は照れ臭そうに頭を掻きながらも、仲間たちの支えに感謝していた。


 最後に、優翔が思いついたように提案する。

「そうだ! せっかくだから、これを機にお互い名前で呼び合わないか? なんかその方がグッと仲間感あるだろ。」


「名前で……? それって、下の名前ってこと?」


 昴が驚いたように聞き返すと、優翔はニッと笑う。


「そう! 昴も千春も茉莉亜も、俺のことは優翔って呼んでくれよ。」


 千春が少し照れながらも頷く。

「じゃあ……昴くんと優翔くん、ね。うん、それもいいかも。」


 茉莉亜も微笑んで同意する。

「私も……優翔さん、昴さんって呼ぶわ。名字だと少し硬かったものね。」


 昴は少し戸惑いながらも頷いた。

「わかった。じゃあ、俺も優翔……って呼ぶよ。でも茉莉亜さん、千春さんで勘弁して。呼び捨ては流石に…」


 こうして、彼らの絆は一層強まった。新たな挑戦へ向けて、昴は頼もしい仲間たちと共に歩み始めたのだった。



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