第8話 波乱の自己紹介
近況ノートに神宮司花音(じんぐうじかのん)のキャラクター紹介を追加しています。
良ければそちらもご覧ください
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教室のざわつきが新学期の始まりを告げる中、廊下の方から軽快なヒールの音が聞こえてきた。そして次の瞬間、扉が勢いよく開かれる――と思いきや。
「わぁっ!」
高めの声とともに、教室の入り口で小柄な女性が派手につまずき、持っていたプリントが宙を舞う。その場が一瞬静まり返った。
「だ、大丈夫です!」
女性は慌てて立ち上がり、机にしがみつくようにして体勢を整えると、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
教室のざわつきが徐々に静まり、前に立つ新任教師の視線がクラス全体をゆっくりと見渡す。
生徒たちの目が彼女に集中した。身長は150cmほどの小柄な体型で、可愛らしい童顔が印象的だった。その顔立ちは、ぱっちりとした瞳と丸みを帯びた頬が特徴的で、まるでアニメのキャラクターのような愛らしさを放っている。
だが、そんな見た目に似つかわしくない豊満な胸元が、自然と視線を集めてしまう。服の上からでも目立つ胸部のボリュームに、男子生徒たちは思わずざわめいた。本人はそれに全く気づいていない様子で、笑顔で自己紹介を始める。
雷央はその姿を見て、心の中で少しだけイライラする気持ちが湧き上がった。しかし、次の瞬間、その気持ちは下心に変わった。
「あの胸は反則だろ」
彼女の胸元に目が行き、雷央はその部分から目を離せなかった。雷央は内心で「絶対にあの胸を手に入れてやる」と思い、興奮してしまっていた。
「えっと……
一瞬の沈黙の後、教室の中からくすくすと笑い声が漏れる。ひよりは慌てて手を振りながら、「担任!担任を務めることになりました!」と訂正する。顔を赤くしながらも、少し笑顔を浮かべて頭を下げた。
「す、すみません。緊張しちゃって……」
その様子に、茉莉亜と千春は優しく微笑み合い、雷央は「この先生新任かよ。ちょっと優しくして、クラスをまとめたら余裕だろ」とニヤツキを隠せなかった。
「ま、まあ!まだ不慣れなところも多いですが、一緒に楽しいクラスを作りましょう!」
ひよりが両手を軽く広げて明るく言うと、教室に少しずつ柔らかな笑いが広がる。彼女の親しみやすさに、クラスの空気がほんの少し和らいだ気がした。
「では、みんなのことをもっと知りたいので、簡単に自己紹介をしてもらえますか?」
ひよりはにこやかに促した。「名前と、好きなこととか得意なことを教えてください。」
まず手を挙げたのは雷央だった。
「天道雷央。好きなものはバイクと楽しいこと。……あと、先生、あんまり無茶しないでくださいね?」
その言葉に教室が笑いで包まれ、ひよりは赤面しながら「わかってます!頑張ります!」と答えた。
次に、茉莉亜が席を立った。
「天音茉莉亜です。本を読むのが好きです。みんなと楽しく過ごせたらと思っています。」
その涼やかな声に、教室内の男子たちがざわめく。しかし茉莉亜は動じることなく、静かに席に戻った。その姿に雷央が「相変わらず高嶺の花だな」と小声で呟く。
花音の自己紹介が回ってくると、教室が一瞬静まり返った。彼女が立ち上がり、整った姿勢で前を向くと、窓から差し込む光が茶髪のボブに柔らかく反射し、その美しさが一層際立った。
「神宮司花音です。好きなものは……かわいい雑貨やお菓子を集めることです。あと、好きな動物は猫です。えっと……よろしくお願いします。」
控えめな口調ながらも、声ははっきりとしていて、その可憐な笑顔に男子の一部から「あ、猫好きとか最高じゃん」「花音ちゃん、めっちゃかわいいな」とざわつく声が上がる。
花音は少し恥ずかしそうにしながら席に戻るが、その表情にはどこか自信のようなものが漂っていた。
「猫か……俺も猫好きだぜ。」
雷央がニヤリとしながら独り言のように呟くと、隣の男子がすかさず「それ自己紹介で言っとけよ」と茶化す。教室全体がクスクスと笑いに包まれ、ひよりはその様子に安心したように頷いた。
茉莉亜は花音の様子をじっと見つめながら微笑むが、その笑顔にはどこか意味ありげなものがあった。一方、昴は男子たちの反応を横目に見ながら、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。
昴は自分の順番が近づいてくるのを感じ、心の中で深くため息をついていた。
「自己紹介か……毎回これが一番嫌なんだよな。」
中学時代から、自己紹介という場は昴にとって苦痛だった。何を話せばいいのかわからないし、そもそも自分のことを話したところで誰かが興味を持ってくれるとも思えない。
「普通のことしか言えないし、そんなの誰も聞きたいわけじゃないだろう。」
目の前では、次々と生徒たちがそれぞれの個性をアピールしている。特技や趣味、好きなことを堂々と話す姿に、昴は自分の影の薄さを改めて痛感した。
ちらりと周りを見ると、雷央は余裕そうな表情でリラックスして座っている。茉莉亜や花音は、その存在だけで注目を集めるオーラを放っていた。
「俺なんて、結局"普通"以上の何者でもないんだよな。」
思わず手のひらをぎゅっと握りしめる。ふと、茉莉亜との会話が頭をよぎった。
「まずは話してみることが大事だよ。空野くんは、きっとそのままで大丈夫だから。」
彼女の笑顔と言葉を思い出し、昴はぎこちなくも肩の力を抜く努力をした。
「普通でもいい。とりあえず、自分にできることを話そう。それが俺にできる唯一のことだ。」
次の瞬間、名前が呼ばれた。昴はゆっくりと立ち上がり、少しだけ震える声で言葉を紡ぎ始めた――。
「えっと、空野昴です。実家がカフェをやっていて、料理を手伝っているので、少しだけ得意です。」
その一言に、教室内がざわつき始めた。女子たちが一斉に「え、料理男子ってよくない?」「カフェとか、すごいオシャレじゃん!」と話し始める。
「昴くん、どんな料理作れるの?」
女子の一人が声をかけると、昴は少し照れくさそうに「得意なのはオムライスかな」と答える。その答えに女子たちはさらに盛り上がり、「オムライスとか最高じゃん!」「作ってほしい!」と声を上げる。
その様子を見た雷央が、不機嫌そうに舌打ちする音が近くに聞こえた。視線を向けると、彼は椅子にもたれかかりながら、つまらなさそうな顔をしている。
「へぇ、そんなのがウケるのかよ……」
雷央が小声で漏らした言葉に、茉莉亜が少しだけ眉をひそめる。だが、昴はそれに気づかず、女子たちの質問にしどろもどろで答えていた。
一連の様子を見たひよりは、昴に目を輝かせながら「それって素敵ですね!オムライス、私も食べてみたいです!」と声をかけた。
茉莉亜はその言葉に軽く頷き、昴の様子をじっと見つめている。雷央はさらに顔をしかめ、机の上に肘をつきながら頬杖をついていた。
次に優翔が手を挙げた。
「桐谷優翔。好きなものは筋トレ!筋トレ好きなら気軽に声かけてくれ!」
その単純明快な自己紹介に教室が笑いで包まれる。ひよりは「健康的でいいですね!」と感心したように頷いた。
最後に八坂千春が立ち上がる。
「八坂千春です。音楽を聴くのが好きです。よろしくお願いします。」
控えめで落ち着いた声が教室に響き、茉莉亜が優しく視線を送る。その様子に気づいたひよりは、微笑ましそうに見守った。
全員の自己紹介が終わると、ひよりは両手を胸の前で軽く握りしめながら言った。
「みなさんのことが少しわかった気がします!これから一緒に楽しいクラスを作りましょう!」
彼女の明るい笑顔と言葉に、教室内に温かい拍手が広がった。
昴は、ひよりの人懐っこさと親しみやすさに少し安心し、これから始まる新学期への期待が胸に灯るのを感じていた。
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