第5話 女神は赤面する -茉莉亜視点-

 本日は2話投稿しています。

 この話が2話投稿の1話目です。


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 静かな部屋の中で、茉莉亜は机に向かいながら物思いにふけっていた。先ほどの昴との会話が頭から離れない。


 彼のあの不器用さ。そして、自分を変えようとする意志の強さ。茉莉亜は自然と微笑みがこぼれるのを感じた。


「でも、あんなに一生懸命な空野くんを、神宮司さんは…」


 思わず顔をしかめる。花音が昴を振り、雷央と付き合うと言ったことを思い出すと、胸の奥にチクチクとした感覚が広がる。


「そんなの、絶対おかしい!浮気する人が昴くんにふさわしいわけない。だって、昴くんは……」


 茉莉亜の心に、強い確信が生まれていた。彼が傷つくのを見るのはもう嫌だ。彼には自分がいる、と胸の中で呟く。


「そうだよ、私が昴くんを幸せにするんだ!」


 そう考えた瞬間、顔がみるみる赤くなる。手元に置いていたスマホを握りしめたまま、枕に突っ伏すようにして頭を抱えた。


「えっ、待って待って、どうしよう!付き合うってことは……デートとか、毎日一緒に帰ったりとか、それから……それから……」


 頭の中で、想像が膨らんでいく。休日に二人でショッピングに行く姿や、カフェで向かい合って座りながら楽しそうに会話をしている自分たち。映画館で手を握り合ったり、公園のベンチで並んで座ったり……。


「うわぁぁ、どうしようどうしよう、そんなの耐えられるのかな私!?」


 ひとりで悶えながら、ベッドに突っ伏したまま足をばたつかせる。


「でも、もし昴くんが「好きだ」なんて言ってきたら……それは……それはもう……!」


 その瞬間、茉莉亜は両手で顔を覆い、頬を真っ赤に染めたまま枕に突っ伏した。頭の中で響くのは、自分でも理解できないくらい高鳴る心臓の音だけ。


「だ、大丈夫かな……私……いや、でも、昴くんのためなら頑張る!絶対、頑張るんだから!」


 強く意志を固めるものの、最後にはまた妄想が膨らんで、ひとりでジタバタする茉莉亜。そんな彼女の姿は、誰にも見せられない「秘密のひととき」だった。



 茉莉亜が昴に対して特別な感情を抱き始めたのは、高校1年の時だった。


 学校では誰もが彼女を遠巻きに見つめ、「美しい」「お嬢様」「近寄りがたい」と口にするばかりだった。特別扱いには慣れていた。けれど、それが心地よいわけではない。


 一方で昴は、茉莉亜の美貌や地位にまるで興味がないように見えた。彼は他の誰かと同じように自然に接してくれた。そして、それが彼女にとっては新鮮で、特別だった。


 特に心に残っているのは、ある日の放課後だった。茉莉亜が校内でノートや参考書を落とした時のことだ。周囲の誰もが遠巻きに見ているだけだったが、昴だけが立ち止まり、黙って拾い集めてくれた。


「……ありがとう。」


 その時の茉莉亜は、思わずそう口にする自分に驚いた。言葉を返されるのが怖くて、昴の顔も見られなかったが、彼の「どういたしまして」という短い一言に、茉莉亜の心は静かに揺れた。


 それまでの茉莉亜は、男子たちの目がどこか信用できなかった。すれ違いざまに聞こえる「連絡先教えてよ」といった軽い言葉や、次には「今度遊ぼうよ」と馴れ馴れしく近づいてくる態度。その視線が、どこか彼女の内面を見ていないように感じられたからだ。


 しかし、昴からはそんな下心を微塵も感じなかった。ただ淡々と拾い上げたノートを差し出し、ほんの一瞬だけ微笑んだ彼。その姿が、まるで彼女を「普通の一人の女の子」として見てくれているように思えた。


「こんなふうに接してくれる人、他にいない……」


 それは、茉莉亜にとっては新しい経験だった。周囲に期待され、憧れられる自分ではなく、ただの「天音茉莉亜」として見てもらえた気がした。


 その日から、昴という名前が彼女の中で少しずつ特別な意味を帯び始めていた。



 ふと昴との会話で約束した“コスプレ”の話を思い出す。


「……あんなの、どう考えても普通じゃないわ。」


 茉莉亜はスマホを手に取った。先ほどネットで「コスプレ」を検索した際に目に飛び込んできた、露出度の高い衣装が脳裏に焼き付いている


「……これ、どういうこと?」


 スマホの画面には、水着風の派手な衣装、ミニスカートが際どいセーラー服、そして大胆なバニーガールのコスチュームが表示されている。どれも、茉莉亜の中の「普通」の範疇を大きく逸脱していた。


「……これを、私が……?」


 茉莉亜は信じられないというように目を見開き、顔を赤らめた。慌ててスマホを伏せるが、先ほどの画像が頭から離れない。


「空野くん、こういうのが……好きなの?」


 ベッドに倒れ込みながら、スマホを枕の下に隠す茉莉亜。だが、心の中ではどうしても考えが止まらない。


 水着なんて、プールですら着るのが億劫なのに……。こんなミニスカート、風が吹いたら絶対見えるじゃない……。それに、バニー? なんでうさぎなのにあんなに露出する必要があるの?


 そんな風に頭を抱えつつ、茉莉亜はため息をついた。


 昴の好みを想像してみる


 茉莉亜は、ふと昴がそんな衣装を見たらどう思うのかを想像してみた。


「あの空野くんが、こんなの見たらどうなるのかしら……?」


 思い浮かんだのは、赤面して慌てふためく昴の姿だった。


 ……でも、もしかして空野くん、こういうのが好きだったりして?


 その考えに至った瞬間、茉莉亜の頬がさらに熱くなった。


「空野くんって、普段はおどおどしてるけど……実はそういうのに興味があったりするのかしら?」


 茉莉亜はクッションを抱えながら悶々とする。普段の昴からは想像できないような“ムッツリな一面”があるのでは、と勝手に想像を膨らませてしまう自分に気づき、慌てて頭を振った。


「な、ないわよね。あの空野くんが……ない、絶対にない。」


 必死にそう言い聞かせるものの、昴の照れた顔を思い浮かべてしまい、気がつけば唇が小さく弧を描いていた。


「応援してあげなきゃ」


 茉莉亜はベッドに寝転びながら、改めて昴との今日のやりとりを思い返した。


「……まあ、私がご褒美をあげる約束したんだし。」


 彼が「変わりたい」と口にした時の真剣な表情。あの姿は、普段の気弱な昴とは少し違って見えた。


「うん、応援してあげないとね。」


 そう呟く茉莉亜は、いつものクールな表情ではなく、どこか柔らかい笑顔を浮かべていた。だが、その一方で――


「でも、ちょっとくらい意地悪してもいいわよね。」


 茉莉亜は、小悪魔的な笑みを浮かべる。昴の純粋で不器用なところが、彼女の心をくすぐって仕方がない。


「空野くん、ちゃんと変わらなきゃダメだからね。それまで、ご褒美はお預け。」


 そう言いながらも、茉莉亜の頭の中には、再び検索画面の“派手なコスチューム”がよぎるのだった――


 ……でも、どんな衣装なら空野くんは喜ぶのかな。


 気づけば、再びスマホを手にしている自分に気づき、茉莉亜は小さくため息をついた。


「ほんとにもう……空野くんのせいで、変なことばっかり考えちゃう。」


「でも……私が約束したんだから。」


 顔を上げた茉莉亜の目は真剣だった。昴のために自分ができることは何かを考えると、「変わりたい」という彼の言葉が何よりも印象に残る。


「彼が頑張るなら、私もちゃんと応援しなきゃ。」


 茉莉亜は心の中でそう決意する。そして、昴の努力を具体的にサポートするため、自分にできることを模索し始めた。



 夜が更け、部屋の明かりを消した茉莉亜は、窓から見える星空を見つめながら呟く。


「空野くん……変わってみせてよ。そしたら、きっと……」


 その言葉の続きを心の中に秘めながら、茉莉亜は目を閉じた。


 昴に対する特別な感情。彼を応援したい気持ち。そして少しの意地悪な思い――茉莉亜の心の中には、さまざまな感情が渦巻いていた。


「明日、新学期が始まるのよね。」


 翌日、彼とまたどんな話ができるのか、どんな変化が見られるのか。そんな期待と少しの不安を胸に、茉莉亜は静かに眠りについた。



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