第4話 始まりの予感
近況ノートに天音 茉莉亜のキャラクター紹介とイメージ画像を公開しています。
良かったらそちらもご覧ください
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夜風が頬を撫で、街灯の光がぼんやりと闇を照らしている。昴は、無言で夜道を歩いていた。
振り返ると、先ほどの茉莉亜との会話は、どれも夢の中の出来事のようだった。幼馴染の花音に裏切られ、雷央に侮辱され、そのまま茉莉亜に出会い、彼女の一言で世界が変わったような気がする。「変わる方法、私が教えてあげる。」そう言った彼女のまっすぐな目と柔らかな笑みが、今でも脳裏に鮮明に焼き付いていた。
Café Pleiades(カフェ プレアデス)の明かりが近づくと、昴は足を止めた。その柔らかな光が暗闇を切り裂くように漂い、どこか安らぎを感じさせる。
「ここだけは変わらないな……」
と小さく呟き、昴はカフェの入口とは別にある家の玄関へ足を運んだ。
昴の部屋は、教科書や漫画が雑然と並び、ベッドの上には脱ぎ捨てられたシャツが置かれている。彼はため息をつきながらそのシャツを拾い、ふとベッドに倒れ込んだ。
「俺、本当に振られたんだよな……」
天井を見つめながらぼんやりと呟く。けれど、自分でも驚くほど、心は冷静だった。茉莉亜の強烈な印象のせいか、花音の裏切りや雷央の挑発は、もはや遠い過去の出来事のように感じられる。
「変わりたいと思わない?」
茉莉亜の言葉が頭をよぎる。あの瞬間の自分の答え――曖昧で自信のない返事しかできなかったけれど、彼女はそれを否定せずに受け入れてくれた。そして具体的に「変わる方法」を提案してくれた。
公園のベンチで、昴は無力感を吐き出していた。
「……俺、どうしてこうなんだろう。全部が上手くいかない……」
隣に座る茉莉亜は、頷きながらじっと話を聞いていた。その瞳はまっすぐで、曇りがない。昴が言葉を探す間も、彼女は急かすことなく静かに待ってくれた。
「それなら、まず自分を変えてみたらどうかしら?」
その提案に昴は驚いた表情を浮かべる。
「変わる……?」
「ええ、変わるの。難しいことじゃないわ。」
彼女は優しく微笑む。
「例えば、まず姿勢を正してみるとか。歩くときに背中を伸ばして胸を張るだけで、人からの印象は大きく変わるわ。」
「姿勢……」
昴は少し考え込む。
「それから、相手の目を見て話す練習をすること。あと、会話の中で『あー』とか『えーと』って言う癖をなくしてみるのも効果的よ。」
茉莉亜の声は落ち着いていたが、どこか熱がこもっているようにも聞こえた。
「それって、俺にできるかな……」
「大丈夫。全部一度にやろうとする必要はないわ。」
彼女は優しく微笑む。
「まず小さな目標を立てて、それを少しずつ達成していけばいいの。」
「小さな目標……」
「そうね、例えば新学期が始まったら、まずは自分から誰かに話しかけてみること。簡単な挨拶でもいいわ。」
その提案に、昴は驚きとともに不安を感じた。
「でも……俺、そんなの得意じゃないし……」
「最初は誰だって得意じゃないわよ。だから、小さな一歩から始めるの。」
茉莉亜の言葉には不思議な説得力があった。そして、それ以上に、彼女が自分の変化を本気で応援してくれていることが伝わってきた。
昴は頷きかけて、ふと不安げに彼女を見た。
「もし……失敗したら?」
茉莉亜は一瞬だけ目を丸くして、それからクスリと笑った。
「失敗するのは当然よ。大事なのは、それでも続けること。」
彼女のまっすぐな言葉に、昴は思わず息を呑んだ。そのとき、茉莉亜が何かを思いついたように指をポンと鳴らした。
「そうだ。じゃあ、もし空野くんが目標を達成できたら、何かご褒美をあげるわ。」
「ご、ご褒美?」
昴は思わず口元を引きつらせた。
「ええ。さっきの約束通り、コスプレしてあげる」
「えええっ!?」
茉莉亜の言葉に、昴は反射的に声を上げた。視線は宙を彷徨い、頭の中はパニック状態だった。
「ど、どうして急にコスプレなんて……!」
「だって、さっき空野くんが言ったじゃない。コスプレをしてほしいって。」
茉莉亜は首をかしげて微笑む。
「それとも、何か他にリクエストがある?」
「えっ、いや、それは……」
言葉を詰まらせる昴に、茉莉亜はじっと視線を向けた。
「どんなコスプレがいいのか、具体的に考えておいてね。達成できたら、ちゃんとしてあげるから。」
「なっ……!」
混乱のあまり顔を真っ赤にする昴に、茉莉亜は満足そうに頷いた。
「決まりね。それじゃ、まずは目標を達成することが大事よ。」
「……っ。」
昴は茉莉亜の無邪気な笑顔に言い返す言葉もなく、ただ頷くしかなかった。しかしその胸の奥には、かすかなやる気のようなものが芽生え始めていた――何かを頑張る理由としては妙だったけれど。
茉莉亜は立ち上がり、優雅に笑みを浮かべた。
「空野くんは、自分を変える力を持っているわ。信じてみて。」
その言葉が、昴の胸にじんわりと染み込んでいった。
回想から戻り、昴はベッドの上で窓を見つめた。
「変わるか……」
自分が変わった先に何があるのか。それは分からない。ただ、変わるための一歩を踏み出さなければ、何も始まらないことだけは確かだ。
窓を開けると、春の夜風が部屋に吹き込んできた。心のどこかに宿った新たな決意が、小さく灯り始めていた。
「コスプレのためでも天音さんのためでもない。俺のために……変わろう。」
部屋の隅に置かれた棚に目をやると、埃をかぶったアルバムが見える。花音との思い出が詰まった写真も含まれているそれを手に取ろうとしたが、昴は手を止めた。そのまま部屋の灯りを消し、静かな夜が訪れる中、茉莉亜の言葉が再び頭に響く。
「変わる方法、私が教えてあげる。」
その声に導かれるように、昴は静かに目を閉じた。
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