第6話 揺れる神の夜 -花音視点-
2話投稿の2話目です
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夜の静けさが訪れ、花音は自室でベッドに横たわっていた。薄暗い部屋には、窓から差し込む月明かりだけがぼんやりと輝いている。スマホを握りしめたまま、今日一日の出来事が頭を巡っていた。
昴を振った。雷央と付き合うと宣言した。それなのに、自分は妙に落ち着かない気持ちでここにいる。
「昴くんには悪いことをした……」
ぽつりと呟いたが、その言葉にはどこか言い訳じみた響きがあった。
中学時代、昴は優しかった。いや、今でも優しい。いつも自分を気遣い、控えめな態度で接してくれるその姿勢には、確かに救われた部分もあった。中学の頃、少しクラスに馴染めなかった自分に、真っ先に声をかけてくれたのは昴だった。
カフェで一緒に勉強したり、映画を観に行ったり、帰り道を並んで歩いたり。昴との思い出は数えきれないほどあった。それが自然と付き合うことに繋がったのも、特別なきっかけがあったわけではなく、なんとなくお互いがそうするべきだと思った結果だった。
でも、花音は気づいてしまった。高校に進学してからも昴は変わらなかった。いつも頼りなく、どこか自信がない。自分の気持ちを強く主張することもなく、ただ「穏やかで優しい」だけの存在。それに満足できなくなったのは、自分が変わったからなのかもしれない。
花音はベッドの上で横たわったまま、目を閉じた。
雷央と過ごしたさっきまでの出来事が、まるで鮮やかな映像のように頭の中を巡る。
街でショッピングを楽しんだ後、雷央から突然の誘いを受けた。
「もう少し付き合えよ。俺たち、これからだろ?」
その言葉に、花音は戸惑いを覚えながらも頷いた。雷央の強引なところに反発する気持ちも少しはあったが、それ以上に彼の熱量に惹かれていた。
ホテルの部屋に足を踏み入れた時、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「ちょっと休憩していこうぜ。」
雷央はそう言いながら、まるで当たり前のように振る舞った。花音もまた、拒む理由を探さなかった。それどころか、自分でも驚くほど自然にその流れに身を委ねた。
彼の腕が自分の肩を引き寄せた瞬間、花音の心にはわずかな抵抗と、それを凌駕する期待が渦巻いていた。
「昴くんだったら…こんな風に強引にはしないだろうな。」
その考えが浮かんだ瞬間、昴への罪悪感が一瞬よぎった。しかし、それを振り払うように目を閉じた。
雷央の体温と鼓動が、花音の迷いを掻き消していく。彼の求める視線、触れる手のひら。そのすべてが、自分を「必要とされている」という感覚で満たしていく。
「こんなに求められるなんて、やっぱり…雷央しか…」
心の奥底でそんな言葉が浮かぶ。
そして、すべてが静寂に包まれた後、花音は自分が新たな一線を越えてしまったことを実感していた。
ベッドに横たわりながら、雷央の眠る横顔をぼんやりと見つめた。
「これでよかったのかな……」
胸の中には確かに充足感があった。それと同時に、昴のことを思い出すたびに、ふわりとした罪悪感が彼女の心を掠めていった。
ふと、机の上に置かれた小さなストラップが目に入る。それは昴が文化祭の時に買ってくれたもので、彼なりの気遣いだったのだろう。だが、今それを手に取る気にはなれなかった。
「昴くんは私にはつりあわなかったんだ。もっと、私を引っ張てくれて、必要としてくれる人が必要だったんだ……」
そんな言葉を心の中で繰り返す。昴を裏切った罪悪感を薄めるための言い訳に過ぎないと分かっていながら。
そのとき、スマホが振動した。画面を見ると、雷央からのメッセージだった。
雷央:お疲れ。まだ起きてる?
画面に映るその文字に、花音の心が弾んだ。すぐに返信を打つ。
花音:うん、起きてるよ。どうしたの?
メッセージが送信されて数秒後、雷央から電話がかかってきた。
「よぉ、花音。声聞きたくなってさ。」
その軽い口調に、花音は自然と微笑んだ。
「こんな時間に珍しいね。」
「明日、新学期だろ?お前と同じクラスになれるといいなって思ってて。」
「そうだね……一緒だったらいいな。」
雷央の言葉はいつも直球だ。躊躇いもなく自分の気持ちを伝えるその自信に、花音は心を奪われていた。昴にはないもの。いや、昴には絶対にできないこと。それが雷央にはある。
「寝る前に声が聞きたかっただけだよ。じゃあな、花音。」
電話が切れると、花音は満足そうにスマホを胸に抱えた。
「これで良かったんだ……」
雷央と一緒にいる未来を思い浮かべる。彼の強引さや大胆な行動に振り回されながらも、それが心地よい刺激になっている自分を感じた。そして、昴と一緒にいた時には感じられなかった「特別扱い」をされている気がしていた。
だが、その夢の片隅に、昴の姿が一瞬浮かぶ。いつも控えめで優しく、自分のことを最優先に考えてくれた彼。
「……もう、終わったんだから。」
そう自分に言い聞かせるように呟いた。そして、机の隅にあるストラップを見つめる。
「あれも、もういらないよね……」
手を伸ばしかけたが、途中で止める。昴と一緒に過ごした時間を完全に捨ててしまうことへの躊躇いが、ほんの少しだけ自分の中に残っていることに気づいてしまったのだ。
その気持ちを振り払うように、花音は部屋の灯りを消した。
「新学期、きっともっといいことが待ってるはず。」
そう呟き、目を閉じる花音。しかし、その夜はなぜかいつもより眠りにつくのに時間がかかった。
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