第8話 雪乃さんの気遣い
「お前ホントに怪我したのかよ」
体育の授業が終わり、ひょこひょこと足を引きづりながら戻って来た大海に太陽は少し驚きながら尋ねた。
「だから言っただろ?」
「あれくらいで怪我するなんてな…普段運動してないから怪我すんだよ」
「軽い筋トレならしてるよ」
「そういうことじゃないんだけどな…何言っても無駄そうだな」
「そういうこと」
「まぁ、お大事に」
「どうも」
大海は心ここに在らずと言った様子だった。
それもそのはず、泉が言った言葉が頭の中に駆け巡っていた。
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大海は足を庇いつつ、何とか家に帰り着いた。
部屋の前には、緑の黒髪を耳にかけ何かを待つ少女が立っているのが見えた。
「な、なんでもう居るの?」
「足、怪我してる人には手伝いがいるでしょ?」
「そんな、大袈裟だよ。ただの捻挫だし」
「いいから、荷物貸して」
泉は大海のカバンと傘を持ち大海に肩を貸すようにして、部屋に入りリビングまで運んだ。
「そこまでしなくていいのに…」
「怪我人は言う事聞く。」
「…はい」
「よし!じゃあ家に1回戻るけど安静にしてるんだよ」
「わかってます…」
小一時間が経った頃、荷物を持った泉が戻ってきた。
「はい、これ松葉杖」
「いや、これはやり過ぎだよ」
「そうかな…?あれば便利だと思うけど…」
「じ、じゃあ、もしもの時に使わせてもらうよ」
もしかしたら少し天然なんだろうか、と荷物を下ろす泉を見ながら思ったものの自分を心配してくれてのことだろうと深くは考えなかった。
「どのくらい、家の前で待ってたの?足痛くて帰りつくの遅かったけど…」
「そんなに待ってないよ」
「…そっか」
これは嘘だとすぐに分かった。
学校から大海の家までは普通に歩けば30分もあれば着く距離にあった。しかし、足を庇いながら帰った大海は普段の倍以上の時間をかけ帰っていたからだ。
さらに、もし本当にそれほど待っていないのであれば、泉の足元はそれほど濡れている事はなかったはずだ。それにもかかわらず、大海が帰り着いた時傘から垂れる雨水で泉の足元はびしょ濡れになっていた。
嘘をつかなくても、と出かけたが自分を気にかけてくれ手助けまでしてくれた泉の気遣いを無下にはできず言葉を飲み込んだ。
「他に持ってるものはなに?」
「今日の夕飯のおかずだよ」
「…松葉杖持って買ってきたの?」
「え、うん」
「邪魔じゃなかったの…?」
「そういえば少しだけ…」
やはり、この子は天然だ、と苦笑いを浮かべながら確信を持った。
いつもより早く来た事もあり、夕食を作るには少し時間が早いようで、泉は手持ち無沙汰の様子だった。
「立ってないで座りなよ」
「あ、うん。お邪魔します」
なぜか隣に座った泉に困惑の表情を浮かべた。
ゴホン、と咳払いをされ泉も気づいたのか頬が少し赤くなっていた。
「こ、これは、水瀬くんの近くの方がお世話しやすいからだから」
「そ、そうだね…」
さすがにその言い訳には無理があるはずだか、困惑していたこともあり大海はそこまでの考えには至らなかった。
しばらくそのまま2人で座っていたが、空気に耐えきれなくなったのか、ご飯作るね、と泉は立ち上がりキッチンへ向かった。
大海も気まずさから正していた姿勢を崩し、ホッと一息ついた。
程なくして、キッチンの方から夕飯の香りが香ってきた。
なにか手伝うか、と立ち上がろうとしたが怪我人は座るように、と言われ大人しくすることにした。
料理が出来上がり、ダイニングテーブルに移動するのに泉の肩をまた借りた。
「…ありがとう」
「いいえ。食べよっか」
「いただきます」
(保健室での言葉…どういう意味だったんだろう…)
保健室で泉に言われた言葉が、ずっと頭の中にあり気になっていた。
「雪乃さん、保健室での言葉って…」
「あ、あれは……なんでもないよ。ただ、何かを真剣にしている姿がいいなって思っただけだから」
「そ、そう…」
何も期待をしていなかったはずの大海だが、思っていた返答と違ったのか、心のどこかで落胆していた。
しかし、大海はそれに気付かないふりをして夕飯を食べた。
「水瀬くん、お風呂に入るつもり?」
「え、うん。後で入るけど…」
ご飯を食べ終わりソファに座っていると、突然聞かれた。
「足怪我してるんだし、シャワーにしなよ」
「んー確かに、怪我してるし長湯するのもだからそうしようかな…」
泉の言うことに一理あったため、今日はお湯に浸かるのではなくシャワーにすることにした。
「じゃあ、足踏ん張れなくて危ないから、お風呂場の中まで連れていくよ」
「…え?いや、いいよ。お、お風呂に入るのに服脱がなきゃいけないし…」
「遠慮しなくていいの。それに、水着に上着を着て中まで入ればいいのよ。タオルとかは外から渡すから」
「あ、いや、でも…」
「1人でやって怪我される方が嫌なの」
何を言っても諦めそうになかったので大海は自分が折れて従うことにした。
「滑るから気をつけてね」
「…うん」
泉に支えられながら何とか風呂場の中に入ることが出来た。
終わったら声を掛けて、と言われ体を洗う大海だが、扉の向こうにはクラスメイトの女の子がたっているこの状況になんとも不思議な感覚になっていた。
「終わったよ」
声をかけると、扉が少しだけ開きタオルがでてきた。
そこまでするなら手伝わなくてもいいのにな…とも思ったが手助けしてくれる存在は今の大海にとって有難かったため素直に感謝することにした。
「お風呂まで手伝ってくれてありがとう」
「いいよ。友達だもん、これくらいするよ」
「友達ってそんなのかな…」
友達の範囲が広いな、と思い大海は苦笑いをした。
風呂から上がると、泉はテーピングと冷やすための氷を用意していた。
「わたし帰るけど、これで冷やして固定しててね」
「あ、買ってくれてたの?」
「水瀬くんの家には無いと思ったからね」
「その通り…」
泉にはなんでもお見通しなのかもしれないと大海は思った
「じゃあね」
「あ、待って!今日みたいに家の前で待つことが無いように連絡先交換しとかない?」
「それもそっか。交換しよっか」
「もし、家に帰るのが遅かったりする時は連絡するよ」
「そうしてもらうと、ありがたいかな」
「それじゃあ、ありがとう。また明日」
「うん。足お大事にね。また明日」
思いがけず、大海の連絡先を手に入れた泉は両手で大事そうにスマホを持ち、帰路についていた。
(水瀬くんの連絡先貰っちゃった…)
大海のアイコンを眺める泉は、嬉しさのあまり笑みがこぼれていた。
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