第7話 雪は海に溶ける

 賑やかな声と床にシューズが擦れるスキール音が体育館に響く。


「なぁ…」

「なんだ?」

「なんでうちのクラスは昼飯の後に体育なんだ?」

「さぁな」

「しかも、バスケって…食べたもん出るって…」


 太陽は項垂れる大海に、ドンマイと肩を叩いた。


「…にしても今日は一際凄い髪の毛してんな」


 本格的な梅雨に入り、湿気も増す中大海の髪はいつも以上に暴れていた。


「まぁな。この時期は嫌いだ」

「雨以外の理由で嫌いなのお前くらいだろ」

「うるさい」

「少しくらい対策したらどうだ?」

「言っただろ?どうにもならないって。それに、そんな暇があれば寝てたい」


 やれやれ、といった感じで首を横に振る太陽を確認したあと、視線を移した。


 雨と言うこともあり、本来外でソフトボールをしているはずの女子も体育館に来ていた。

 体育館は男子がバスケで使用しているので、することが無いた女子たちは男子の応援をしていた。



「男子ー!頑張ってー!!」


 本来、女子と男子は別々であり、普段やる気を出さない男子たちも、シュートを打ったり、ドリブルをする度に黄色歓声が上がるため、此処ぞとばかりに皆目の色を変え全力でプレーしていた。


「なんか、みんな凄いやる気だな…」

「せっかく女子がいるし、いい所を見せようって事じゃないのか?」

「そんなもんかね…」

「お前は興味無いだろうけどな」


 そういうと太陽はコートに向かっていった。

『太陽くーん!!!頑張ってーー!!!』

 太陽が試合に出ると、一際大きな歓声が上がった。

 凄い人気だな…と少し呆れ気味にコートを眺めている大海を太陽はコートに来いと煽るように手招きした。


「めんどくさいんだが…」

「少しはやらないと先生に叱られるぞ」


 仕方なくやり始めたが、余裕そうな表情をする太陽が癪なので少し真面目にすることにした。


「お?本気になったな?」

「お前の顔がムカついたからな」

「なんだよそれ」


 ドリブルを切り返し抜こうとした瞬間、湿気で滑りやすくなっていた床に足を取られ、大海は思いっきり転んだ。


 何してんだ、と太陽は大海に手を差し出し、大海はその手を受け取り、立ち上がった。


「さっきので捻ったから保健室行ってくる」

「早速サボりか?」

「ちげぇよ」


 実際に滑りやすくなっていた床で足を捻っていたのだが、サボれる口実ができたと少し嬉しそうにしていた。

 大海は体育教師に足を捻ったことを伝え、保健室にむかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「失礼します」


 保健室に着き中を覗いたが、ちょうど出ているのか誰もいなかった。

 戻って来るまで待っていようとしたが、思っていたより強く捻っていたようで、足首の痛みが増していた。

 仕方なく、足首を冷やす物がないか保健室の中を探す事にした。


(どこにあんだ…)

 そう呟きながら探していると、偶然使いかけの湿布を見つけた。

 大海は、これでいいかと湿布で済ませようとしていた時、保健室の扉が開いた。

 振り向くと、そこには泉が立っていた。


 なんでいるんだ、と不思議そうな顔をしていたのだろう。

 泉は大海の顔を見ると、はぁ、とため息をついた。


「足、捻りでもしたんでしょ?1人で出来ないだろうから来てあげたの」

「大丈夫だよ。そんなことより、こんなとこ見られたら大変だよ」

「いいから、そこに座って」


 これは何を言ってもダメだと大海は思い、素直に従うことにした。

 泉は大海の靴下を脱がせ、自分の太ももに乗せるよう促した。

 細く女性らしさのある足と雪のように白くキメ細やかな肌に見惚れそうになるのを抑えながら、大海は足を乗せた。



「結構腫れてるね…」

「…思ったより強く捻ったみたいで…」

「それを、湿布だけで誤魔化そうとしたの…?」

「なんとかなるかなって…」


 まったく…と呟きながら足首に氷嚢を乗せた。

 あまりの冷たさに足を引こうとしたが、怒気を含んだ笑顔でこちらを見る泉に気づき、そっと足を戻した。


「冷たくてつい…」


 笑って誤魔化す大海に泉は足首に氷嚢を押し付けた。


「冷たい!冷たい!もう逃げないから!」

「信用出来ません」

「なんか、楽しそうにしてない!?」

「気のせいだよ」


 口では否定をしていたが、氷嚢を押し付けている時の泉は楽しげな笑みを浮かべていた。



「バスケ…してたの?」

「体育でしかした事ないよ…」

「そう…じゃあ、運動神経が良いのね」

「まぁ、少しは…」

「…なんで、あんなに出来るのに最初の方サボってたの?」

「めんどくさくて…」

「いつも、あんな感じなの?」

「まぁ、先生に何か言われるまでは…」

「そう…」


 学校で話すだけでこんなに気まずくなるのか…と大海は感じていた。泉も同じ事を思ったのか、しばらく黙ったまま足首を冷やしていた。



「少し腫れは引いたかな…」

「ありがとう。じゃあ、あとは自分でやるから」

「絶対にしないでしょ?いいから足このままにしてて」

「はい…」


 泉に怒られ、大人しくされるがままになっていた大海だが、上手くできない…とテーピングに苦戦している泉を見て、クスッと笑った。


「もしかして、した事ない…?自分でするよ」

「そ、そう?」


 テーピングを受け取ると、慣れた手つきで足首を固定した。


「やり慣れてるんだね」

「まぁ、昔はよく怪我してたからね…」


 泉は少し含みのある言い方をした大海に少し不思議そうな顔をしていた。


「よし、できた。雪乃さんありがとう。」

「別にこのくらい…わたしは戻るけど、先生来るまで大人しくしてるんだよ?」

「わかった」

「あ、それと…バスケしてる水瀬くんカッコよかったよ。」

「…え?」


 思いもしないことを言われた大海は驚きのあまり固まっていた。


「じゃあね」


 そう言い、保健室を出ていく泉とちょうど入れ替わりで保険室の先生が来た。



「あら?怪我したの?ごめんね〜少し出てたの」

「大丈夫です。応急処置はしたんで」

「そう。さっきの彼女さんがしてくれたの?」

「か、彼女じゃありません!」

「じゃあ、どういう関係??両想いの1番いい時期なの?」

「いや、だからそんなんじゃないですって!」


 青春っていいわ〜と完全に自分の世界に入っている先生に大海は呆れていた。


 体育館に戻る泉は、なんであんなこと言ったんだろ、と自分の言った言葉に自身でも驚きを隠せず、恥ずかしさと後悔から耳まで真っ赤になっていた。

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