第4話 初めての手料理

「今日はここまでかな。」


 結局、始めた時間が遅かったのもあって家中を掃除することは出来なかった。


「足の踏み場がある…ゴミが無くなるだけでここまで綺麗になるのか…」


 僕は久しぶりに見えた自宅の床に感動していた。

 床が見えていたのなんて最初の1ヶ月だけだった。

 1度掃除をサボると、どうも面倒くさくなってしまう大海にとって、掃除を手伝ってくれた泉はとてもありがたかった。


「今日は、軽く床を片付けて掃除機をかけただけだから。また明日掃除だね」

「え、明日も来るの…?」

「当たり前でしょ?ほっといたら水瀬くん掃除しないでしょ…?それに、最後までしないとわたしが嫌なの!」

「は、はい…。雪乃さんって綺麗好きなんだね」

「水瀬くんが、だらしないだけ!」


 泉は大海に小言を言いながらゴミ袋を縛っていた。

 その時の彼女はどこか嬉しそうに見えた。



 泉が来た時に広がっていた青空はすっかり星空へと変わっていた。


「結局夜になっちゃったね」

「ごめんね。遊びに来たはずなのに、掃除手伝ってもらって」

「友達だからそれくらいするよ」


 どこか得意げに言う彼女を横目に

(やっぱり、友達ってものを勘違いしてるような…)

 そう思った時、

 掃除が思いのほか重労働だった事に加え、夕飯時だったのも合わさり、大海の腹の虫が鳴いた。


「なにかご飯作ってあげるよ」

 彼女はクスッと笑いながら言った。


「掃除をしてもらったのにご飯もなんて悪いよ」

「わたしが作りたいから遠慮しないで」

「で、でも…」

「いいから!」


 申し訳なさと、お腹が鳴ったことへの恥ずかしさを誤魔化すため断った大海だったが、泉は押し切りおもむろに冷蔵庫を開けた。


「これは…予想通りというか、なんというか」


 大海の冷蔵庫にはまともな食材が入って居なかった。


「調理器具と調味料は揃ってるのに食材は無いんだね…」

「僕が料理作ろうとすると、どうしても失敗して、それで料理嫌になっちゃって…」

「そ、そっか…」


 泉は苦笑いを浮かべる


「じゃあ、今から買いに行こ!」

「いや、悪いよ。そこまでしなくていいよ」

「ほら、行くよ!」


 泉は聞く耳を持たず大海の背中を押し家を出た。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 近所のスーパーに着いた。


 泉はカートを押している。

(こうして2人で買い物をしているとまるで新婚になった気分だな…)

 そう思うと、どうもむず痒くなった。




「水瀬くん苦手な食べ物ある?」

「ないよ!なんでも食べるよ!」


 それを聞くと、彼女はカートに玉ねぎを取って入れた。


 キッチンから聞こえてくる、

 何かを焼いている音、まな板に包丁を小気味よくうちつける音を心地良かった。


 しばらくすると、甘辛い匂いが香ってきた。

 とても、食欲をそそられる匂いに僕のお腹が限界を迎える頃


「お待たせ〜」

 そう言いながら彼女が持ってきたのは生姜焼きだった。


「美味しそう…」

 自然と言葉が出た。


「さ、食べよ!いただきます」

「いただきます…」


 久しぶりに誰かが作ってくれる手料理だった。


「ん!美味しい!こんな美味しいご飯食べたの初めて!」

 こんなに美味しいご飯を食べたのは本当に初めてだった。正直、お母さんのご飯より美味しい。

 なにより、温かいご飯がまた食べられると思っていなかった。


「いいから、早く食べて!洗い物もあるんだから!」

 照れ隠しからか少し強く言う彼女の頬は赤く染まっていた


「良かった…美味しいって言ってくれた…」

 泉は微笑みながら呟いたが、甘辛い生姜焼きはお米との相性が抜群で箸が進み大海はご飯に夢中で気づかなかった。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

「雪乃さんって料理上手なんだね。僕こんな美味しいご飯作れないよ!」

「そうかな?これくらい普通じゃないかな。むしろ、一人暮らししてるのに簡単な物も作れない水瀬くんが異常なんじゃ…」

「返す言葉もない…」


 大海は軽く毒を吐く泉に苦笑いを浮かべた


「食器洗うから下げて」

「あ、うん」


 食器を下げた大海は洗い物くらいはさせてくれと言ったが頑なに断る彼女に押し切られ、リビングのソファに腰掛けていた。


 久しぶりの手料理にお腹だけでなく、胸もいっぱいになり幸福感に包まれていた。


「毎日食べられたらな…」

 食器を洗う彼女を眺めながら僕は呟いた。

 無意識に出た言葉だった。


「作りに来てあげようか…」

「…え?」

 まさか聞こえていたとは思わず、聞き返す大海。


「だから、わたしが毎日作りに来てあげようか?」

 願ってもいない言葉が聞こえた。


「あ、ありがたいけど、毎日は申し訳ないし…何より雪乃さんのご両親が心配するんじゃ…」

「大丈夫だよ、わたしの親いつも帰りが遅いから…」

 そう話す彼女はどこか寂しそうな表情をしていた。


「でも…」


 躊躇う僕を遮るように彼女は笑顔で言った。

「それに、1人で食べるより2人で食べた方が美味しいよ!」

「…じゃあ迷惑じゃ無ければお願いします」


 大海はお言葉に甘えることにした。


(これは決して、笑顔が可愛かったからじゃない。彼女も家で1人で食べるくらいなら、彼女の言った通り1人より2人で食べた方が美味しいから…)

 自分自身に言い訳しながら大海は納得していた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 21時を回った頃、ようやく全て終わり彼女は帰ろうとしていた。


「今日は本当にありがとう。家の近くまで送るよ」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな…」


 僕は彼女を送ることにした。


「学校では今まで通りの距離感でいて欲しいって話なんだけど…」

「ああ、その話ね。いいよ。水瀬くんのお家にこれから毎日行くことになるし、わたしはそれで満足だよ。」


 彼女は嬉しそうに言った。


「じゃあ、わたしの家すぐそこだから。ありがとね水瀬くん。」

「僕の方こそ、掃除を手伝ってくれたうえに手料理までありがとう。雪乃さん」


「それじゃあ、またあしたね」

 小さく手を振る彼女は夜なのにとても眩しく映った。

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