天使と文芸部
水科若葉
序章 猫沢つかさ
命の使い道を考えるようになったのは、果たしていつ頃からだったか。
入学早々にして飽きを感じ始めた通学路に自転車を走らせながら、私はそんなことを考える。移動時間に何かを思案するのは私の癖だったけれど、今日のそれはいつにも増して無意味なものだった。
猫沢つかさ、高校一年生。
初めましてでも覚えてもらいやすい苗字と、習字でちょっとだけ有利な名前、そしてありふれた肩書き。それが私という存在を特徴付ける全てだった。特別好きなものも憎悪するほど嫌いなものも、趣味も、生き甲斐も、何もない。ついでにそれを問題視して行動に移せるような気迫も無く、社会にとって居てもいなくても変わらない、路傍の石ころ。それが私。
凡庸かどうかを気にすることは、自らが凡庸であることの何よりの証左だ。けれど無頓着であろうと意識すればするほど、悩みはるつぼへ嵌まっていく。だからってどうでもいいと投げ捨てることは、何だか思考から逃げているだけのような気がして。
雁字搦めで堂々巡り。そんなんだから、私という人間は下らないというのに、さ。
「……よっと」
歩行者用の信号が点滅したことを確認し、時間に追われていない私はブレーキをかけつつ、掛け声を舌の上で転がせて自転車から降りる。直後、真横を立ち乗りが矢のように駆け抜け、赤信号すれすれで横断歩道を通り過ぎていった。
いいなあ、と思う。
あの自転車には急ぐ理由がある。信号無視を天秤にかけてなお、優先したい何かがある。
私にはそんなもの、無い。学校で私を待つ友達も居ないし、別段遅刻したって構わない。そもそも学校へ行く理由だって、体裁以外には無いのだ。
体裁。社会への――或いは、自分への。何もしていないわけじゃ無い、私は最低限やるべきことはやっている、という言い訳。自分に嘘を付くことは、ともすると本心を想うより、断然簡単なんじゃないかと思う。
自分の本心なんて、私には分からない。けれど、言葉にするのなら、きっと。
――私は、特別になりたいのだと思う。
せめて、この虚無感をどうにか出来るような、何かに。
幼いとは自分でも思うけれど、だからこそ私にとっては切実で。
……それとも。
『おーい、青になったぞ。ぼうっとしてないで行こうぜ』
ふよふよと漂い私に前進を促す彼女を見て、こんな風に非実在的存在から付き纏われている私はそれだけで特別足り得ているのだろうか、なんて一瞬考えて、そんなわけ無いか、と肩を竦めた。ペダルに足を乗せ、コンクリートを蹴り上げる。
自転車が音を立てて走り出す。幽霊は、それに追従した。
……さて、それでは注意喚起をば。
この作品には幽霊が登場します。現実至上主義の方は、どうぞご注意下さい――
なんてね。
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