第12話 若返り学園長、追加試験を受ける
そして試験は無事終了した。ニコライが不正オーブを壊した甲斐もあり平民の試験は貴族側と差も無く平等に取り扱われた。
(これで平民を露骨に落としたらますます学園の名は地に落ちる……そこまではできないだろう、あの権威主義、いや、度胸無しのバルザックにはな)
そんな試験場からの帰り道でサラは満面の笑みでニコライに話しかけていた。
「いや~すごかったねニコ! 見た? あの試験官の驚いた顔! さっすが私が認めた男ね!」
一番手でオーブを破壊したことを見た時のままの熱で語るサラにニコライは少々気圧されていた。
「あ、いや、たまたまというか……」
「また謙遜しちゃって! 他の受験生たちもみんなニコに続けって感じで実技に熱がこもっていたわよ!」
確かにサラの言う通りだとニコライは頬を掻く。バルザック派の教師陣の鼻を明かしたくてわざと無謀な熱血漢を演じたのだがそれが後続にいい影響を与えたようだ。
「教師の立場では経験できなかったな……おや?」
「ん? どしたの?」
急に立ち止まったニコライを不思議そうな顔で見やるサラ。
彼は少し考えた素振りを見せると柔和な笑みを浮かべた。
「あぁ、ごめん、買い物があったのを忘れていました」
「試験の日に買い物? 大変ね」
サラはニコライをねぎらうと「お互い幸運を祈りましょう」と言って笑顔で去ってゆく。
彼女を見送った後ニコライはそのまま人気のない路地へと消えた。
「さて……」
背後から不穏な空気を感じ取っていたニコライ。
ゆっくりと振り向き待ち構えていると――
「ほう、やはり気が付くか……」
手を叩きながら一人の女性が姿を見せる。
「私に気づくとは、やはりただ者ではないな」
悠然とした態度で現れるは先ほどの教師、レニィ=ブルームだった。
一瞬「なぜ彼女が?」と片眉を上げるが、すぐさま取り繕い笑顔を見せる。
「何かご用でしょうか?」
笑顔で対応するニコライ。
彼の表情につられレニィは唇を吊り上げる。
笑顔ではなく獣が犬歯を見せるソレだった。
「白々しい……やはり只者ではないようだな。何、君に興味があってな」
「試験の後片付けはよろしいのですか? 教師も足並みを揃えないと生徒に示しが付きませんよ」
「ふん、ニコライ学園長みたいなことを言う」
(学園長なんだがなぁ……あ、元か)
つい言いたくなる衝動に駆られるがニコライだが何とか押さえ込み再度問いかける。
「何か用ですかね?」
「用も何も」と彼女は興奮気味に答えた。
「あれが偽物の測定オーブだって気がついていたのだろう? そして倉庫に潜っていたのは貴様だな」
「さぁ」
惚けてみせるがレニィは続ける。
「壊せる人間はそうそういない。我々や貴族への威嚇か牽制、警告、はたまた別の何かか……何の目的かは知らないが貴様の素性を教えてもらおうか」
どうやら彼女、ニコライのことを他国の草――間諜(スパイ)か何かと勘違いしているようだ。
(スパイだったら目立つことなどせんのだが……威嚇とか警告とか、相変わらず「戦場脳」過ぎるな彼女は)
呆れと感心の混じった表情を浮かべ、ニコライはこう答える。
「もちろん、平民の受験生ですよ」
「嘘つけ」
すぐさま否定するレニィ。ニコライは「嘘はついていないんだけどな」と頭を掻いた。
だが彼女は勝手に推測し勝手に盛り上がる。
「ならズバリ言い当ててやる。貴様は我が校を調査していた他校、もしくは隣国辺りの諜報員だろう? 学園長がバルザックに変わりどこまで落ちぶれたかを……な。あのオーブをわざわざ壊したのは、無属性魔法を見抜けるか、教員の質を調べるためでもあるのだろう?」
(おっと、案外理にかなった推察だな……まぁ妄想の域を出ていないのだが)
ニコライは「いいえ」と笑顔で否定する。
「いいえ、まさか」
「ウソをつくな、だとしたら目の前で無属性魔法を披露する理由がわからんぞ」
言い切ったレニィ。
ニコライは「確かに」と、こめかみを抑えていた。
(ただバルザック派の連中を驚かせたかっただけなのだが、つい悪戯心が芽生えてしまった、猛省せねば)
レニィの「戦場脳」と自分の「悪戯心」が化学変化を起こした結果、ここまで疑われているのか……と、自責の念に駆られるニコライだった。
「あ~いや、調子に乗ってしまった、というか若気の至りがぶり返したというか……」
「不思議な奴だ」とレニィは笑う。
「ふふん、少々興味が湧いた。君がどれほど人間なのか一つ手合わせをしてもらうか、追加試験というやつだ」
勝手に盛り上がる彼女を見て「どうしたものか」とニコライは困り顔だ。
「あの、早めに帰って夕飯の手伝いをしなければならないんですけど」
「すぐに終わるさ――」
言い終わる前にレニィが先に仕掛ける。腰に携えた剣を躊躇うことなく横一線に抜き放った。
――ストン。
だが次の瞬間、彼女の剣は半分に折られてしまう。
いや、折れたというより「溶断された」という方が正しいだろう。
何か熱い物に溶かされた断面を見てレニィは何が起きたかわからないと言った顔だ。
「何!?」
「持っててよかった、バターナイフってやつだな」
ニコライの手に握られているのはなんとバターナイフ。先日、床をえぐってみせた例の代物だった。
「バターナイフだと? ウソをつくな! バターナイフで私の剣が折れるわけあるまい!」
「ちょっと魔力と言霊込めればこの程度の芸当は出来るぞ」
目をこらすとバターナイフに注がれる魔力の総量を見ていまだに信じられないといった表情のレニィ。
そして本能で目の前の男に怯えている自分に驚きを隠せないでいた。
「王国序列最高位三十五位の私が狼狽える……だと」
現実が信じられないようで狼狽え折れた剣先とニコライを忙しなく交互に見やっていた。
「三十五位か、若いのにそこまで上り詰めたことは、素晴らしいことだ」
ニコライは若返っていることをつい忘れて諭すような口調になる。
「だが僕は順位を気にすることなんて五十年ほど前に通り過ぎたさ、君もそうなる」
「順位にこだわるなんてナンセンス」と言い放つ少年――の皮を被った何者かにレニィの顔色がどんどん変わっていく。
「まさか、あなたは……」
彼女が何かに気がつきだしたと察したニコライ。
「……あ、しまった」
素性を隠していたのをすっかり忘れていた彼は「やってしまった」と額を押さえた。
「おい、いえ、あの、もしや貴方は――」
「あ、買い物の時間だ。じゃあゴメンナサイ!」
「失踪したニコライさんはありませんか――って待て! あ、いや、待って下さい!」
買い物を言い訳にニコライは逃げるように去って行くのだった。
「まいったな、つい説教染みたことを言ってしまった……」
若い体に自覚が追い付いていないとぼやきながらオードリーの待つ雑貨屋へと足早に帰るのだった。
※次回は12/24 12:00投稿予定です
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