第11話 若返り学園長、悪徳教師陣をわからせる



 急ぎ試験会場に戻るニコライ。


 しばらくすると、先ほどのオーブが会場の中央に用意されだした。


 バレていることなど知るよしもない実技担当の試験官はニヤニヤしながら受験生たちに試験内容を説明しはじめた。



「これは魔力測定用のオーブだ。このオーブで君たちの魔力を測り資質を見極める。魔法の種類は問わない、各々好きな魔法を放ちなさい。合否に直結するから全力でな」



 言っていることはまともなのだが、どうせ壊せないだろうという考えが表情から見て取れる。



「ったく、この男もウチの教師失格だな……戦場で真っ先に離脱するぞ」



 ニヤけ顔にカチンとしたニコライは「どうしてくれようか」と思案しだした。



「ふぅむ……愚か者の鼻をへし折るためにも、ここは一芝居うつか」



 そしてニコライは、彼らしからぬ意気揚々とした態度で手を挙げた。



「うおぃっす! お願いがあるっす!」



 いや、意気揚々を飛び越えもはや無礼者。


 別人格にでもなったかのようなキャラ変に隣のサラが戸惑う。



「え? ニコ? え?」



 急に大声を上げ挙手する変な生徒の登場に戸惑う試験官は訝しげな表情をニコライに向ける。



「なんだ君は?」

「っす! 自分から先にやらせて下さいっす!」



 この申し出に対し試験官は――



「……ふふん。まぁ自信のある者からでかまわないか」



 ニヤケた顔で「かまわんぞ」とあっさり認める。


 どうせ落ちるんだし、こんな調子に乗った若者が落胆する姿を見るのも一興……そう思ったのだろう。


 急に積極的になるニコライを見てサラは戸惑いを隠せない。



「え? ちょっとニコ、大丈夫なの? そんなにペーパー試験ダメだった? ていうかキャラ違くない?」

「あぁ、大丈夫ですよサラさん――へっへっへ~腕が鳴るぜ~……っす!」



 もちろんあえての演技。


 ニコライは落胆する姿を見たくなるようなイキった少年を演じているのだ。


 彼の策は見事的中、試験官は順番を変えてまで彼を一番手にすることを許したのだった。



(どうせ、ほとんど落とすつもりだから順番なんてどうでもいいと思っているのだろうな)



 ニコライは揚々とした若者を演じながらも冷静な目で辺りを見回す。



「元気があってよろしいですなぁ」

「くっくっく、まったくです」



 細工を知っているバルザック派の教師陣はニヤニヤと下卑た顔を歪ませ笑いを堪えるのに必死の顔だ。


 だが、心配そうに見つめる良心の残っている教師もいる……どれもニコライの信頼厚い優秀な教師たちだ。



(彼らがいるなら、まだ学園は立て直せるだろう……)




「威勢が良いのは声だけか!? コレだから平民は」




 学園を案じているニコライに教師の一人がヤジを飛ばした。


 どうせ壊せないんだ、なんなら魔力が強ければ痛い目すら見る……言葉の裏にそんな雰囲気が感じ取れる。



(……おいおい、この声はもしや)



 その声の主は……ニコライを追い出した張本人バルザックだった。あの時以上にでっぷりと肥え、貴族の献金を存分に堪能していることが覗えた。



(学園の長ともあろう人間が、率先して受験生にヤジを飛ばす……だと!?)



 痛い目を見せるためとはいえ、イレギュラーもあったとはいえ、あんな男に、一時でも学園長の椅子に座らせてしまった自分が情けない。


 ニコライは腸が煮えるような怒りを覚えた。



「そろそろ始めなさい」



 と、怒れるニコライに試験官が促す。 



「やれやれ、久しぶりに見たがちょっと尻餅でもついてもらおうか――」



 怒りと呆れ――その他諸々が溢れ、挑発的な笑みがニコライの口元からついこぼれ落ちてしまう。



「……君。ただただ突っ立っているだけじゃ試験不合格になるぞ」



 ニヤニヤ妙なことを呟く受験生に試験官が語気を強めて試験に挑むよう再度促した。


 だがニコライは稚気溢れる笑顔でとぼけてみせた。



「試験ですか?」

「あぁそうだ。さぁ魔力を込めるんだ」

「あの、一言質問なのですが」

「なんだ今更?」

「壊してしまっても構わないんですよね、コレ」



 笑いを堪えながら不敵なことを口にするニコライ。


 挑発的な態度に試験官はとうとう怒りを露わにする。



「君、本当に退場させるぞ。受験料だって安くないというのに無駄にするつもりか?」



 彼は不敵な笑みを浮かべ、こう答えた。


「え? もう終わってますけど?」

「何? ――お、おい!」



 ニコライはオーブに歩み寄る、試験官の「なにをしている!」の制止を振り切って。


 そんな試験官を一人の教師が叱責する。



「かまわん、やらせるんだ」



 腕を組み真剣な眼差しでニコライの方を見やるはレニィ=ブルーム教官だった。



「え? あ、は、はい……」



 最高王国序列三十五位の女傑の一言に試験官はたじろぐ。



「……」

「……ふん」



 ニコライとレニィの視線が交差する。


 彼女の頬に一筋の汗が伝っていた。



(さすがに彼女は気がつくか、まぁ他にも何人か気づいているだろうが……)



 教師や受験者の大多数は畏怖や奇異の目でニコライのことを見やる。


 だがその中には彼が何をしたか勘付いている者も少なからずいるようだ。



「生徒も教師も粒ぞろい……まだまだ、やり直せす余地はあるな」



 国を未来を担える素晴らしき若者の存在に安堵の息を漏らし、ニコライはオーブをチョンと指で突いてみせる。



「おい、そんなことして――」



 ガシャ!


 次の瞬間、オーブはガラガラと音をたて崩れてしまった。


 一瞬にして瓦礫へと姿を変えるアンチマジックオーブ。



「なぁ!?」



 まさかの出来事に受験生達は目を丸くして驚くいている。


 それが防衛用に用いられる代物であることを知っている人間は驚きを通り越し顔が青ざめていた。



「こ、壊れた!? あのアンチマジック――」

「――っ!? それ以上は言うな! どういうことだ!?」



 インチキオーブ作戦の首謀者であるバルザックは状況が飲み込めずパニック寸前だ。


 この反応をニコライは稚気溢れる笑みを浮かべる。


 だがその気持ちも一瞬だけだった。



(まったく、仮にも魔法学園の学園長だというのに無属性魔法の可能性も思いつかないのか?)



 無属性魔法。


 純粋な魔力だけで相手にダメージを与える攻撃魔法の一種である。


 詠唱という周囲に宿りし精霊と簡易的な契約を結ぶ手間を省ける反面、消費魔力の割に大してダメージを与えられない燃費の非常に悪い魔法だ。


 余談だがアンチマジック素材を無属性魔法で破壊できるなどニコライ含む一流魔術師の中でもほんの一握りしかいない。


 この少年が一流魔術師で無属性魔法を使ったと考えるのはバルザックでなくとも難しい。それより何かオーブの不備を考える方が自然だろう。


 閑話休題。


 現学園長であるバルザックの勘の悪さと落ち着きのなさにニコライは少なくとも失望していた。



(いい気味だと思ったが、ここまで腑抜けだとなんだか悲しくなってくるな……早急に別の者を学園長に取り立てるよう手を回さないと)

「誰かが間違えたとでもいうのか? あのオーブが!? そんな!? 用具係は何をしておる!」



 そんな慌てふためくバルザックに対し、ニコライはわざとらしく尋ねた。



「あの、「まさか」とおっしゃっていますが何ででしょうか? 測定器も耐用回数を超えたら壊れることもありますよね」

「な、何を!?」

「もしや壊れないと思っていたのですか? いやぁ、まさか、さっきのオーブが魔法障壁の生成に用いるアンチマジック素材だったとか……ありませんよね? おっと、早く代わりのオーブを用意しないと日が暮れますよ」



 アンチマジックのオーブが一つしか無いことを知っているニコライは含みのある笑みをバルザックに向けた。



「ふ、ふん、その通りだ! 早く試験用のオーブを用意しろ」

「し、しかしバルザック学園長、もう普通のオーブしか――」

「それでいい、いいからもってこい!」



 いっちょ前に声だけは荒げるバルザックにニコライは、



「……拝金主義者め」



 と、軽蔑の言葉を口にし慌てふためくバルザックと貴族偏重派の教師陣に一瞥をくれた。


 ニコライのやったことに気がつかない教師連中はまだ騒然としている。



「詠唱一切せずに魔法を放ったとでも!?」

「まさか無詠唱魔法!? まさかそんなハズは」

「純粋な魔力だけでオーブを割ったと? そんな無茶な! 出来る人間は限られている」

「それこそニコライ元学園長くらい……学園長の再来だというのか?」



 一方、教師達が顔を見合わせ慌ただしくする中、受験生達は色めきだち熱を帯びていた。



「すげーなアイツ! なんかわかんねーけど貴族連中が驚いていやがるぜ!」

「っしゃ! 平民の底力見せてやるぜ!」

「続きましょう私たちも!」



 意図せず平民受験生たちを盛り上げたようで、血気盛んな若人達を見て微笑むニコライだった。


 そんな受験生たちの輪に戻ろうとするニコライ。


 だが、彼の前に一人の女性が立ちはだかった。


 切れ長の目に強気な顔立ち、倉庫で愚痴をこぼしていたあのレニィだった。



「何か御用ですか?」

「レニィ=ブルームだ、戦場実技の担当をしている。君の名前は」



 ニコライは笑みを携え名乗った。



「ニコラ……おっと、すみません。ニコですニコ=ブラウンです」

「ブラウン? 学園都市の外れにある胡散臭い雑貨店の店主のファミリーネームも、たしかブラウンだったが」

「姉、です、一応……」



 忘れたい設定を思い出し困った顔をするニコライ。


 レニィはお構いなしに質問を繰り出す。



「アレに弟がいるなんて初耳だな? ところでどこで会得した? その無属性魔法は」

「……じゃあ僕はこれで」



 ボロが出る前に早々に退散するニコライ。


 レニィの「オイ」という呼び声を無視し、受験生達の中に姿を消すのだった。



※次回は12/22 12:00更新予定です


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 この作品の他にも多数エッセイや



・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~


・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果


・「俺ごとやれ!」魔王と共に封印された騎士ですが、1000年経つ頃にはすっかり仲良くなりまして今では最高の相棒です


 という作品も投稿しております。


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