第10話 若返り学園長、入学試験の不正を暴く
ニコライの行き先はもちろんトイレではなかった。
彼の向かう先、それは試験用の道具などが置かれている倉庫の方だ。
かつて知ったる自分が創立した学園、どこに何があるかは大体把握している。
「さてさて」
ほどなくして、彼は魔法道具一式を保管している大型倉庫の前にたどり着いた。
扉は魔法ダイヤル式の錠前でガッチリと締められている。
番号と魔力を流し込む複雑なキーロックシステムで宝物庫や銀行、国立関係の施設に多数取り入れられているトップレベルのセキュリティだ。ちなみに開発者はニコライである。
「ふむ」
ニコライは片眉を上げ唸ると慣れた手つきでキーをいじりだした。
指定の番号を入力し魔力を流し込むとカチャンと音を立て錠が外れる。
「暗証はそのままか、本当に設備に投資していないのだな」
三年に一回は変えろと言ったのにこの体たらく……試験よりこういった細かい部分にストレスと疲労が溜まっていくニコライ。
「うぅ、タバコで一服したい……しかし子供の体で吸ったら教職員失格だな」
ストレス解消に嗜好品としてコーヒーでも買い込むか、なんて考え倉庫内部に侵入。
すると布に包まれた人間の背丈ほどの彫像が何基か目に飛び込んでくる。
「平民用」「貴族用」という札が張られて鎮座している彫像。その布の隙間から覗くは鈍く輝く水晶が。
目当ての物を見つけニコライは少年らしからぬ表情で口元を釣り上げた。
(アレは、試験用の「魔力測定オーブ」だな)
魔力測定オーブ。
魔力を通しやすい鉱石で出来た代物で、単純な魔力の総量や反応による魔力の性質――破壊や回復、操作や変質、錬成や弱体化、それらを計る一般的なオーブである。
魔法学園では創立初期からこれらを用い受験生の技量を計ることにしていた。ちなみにこれもニコライが開発し特許を得た代物である。
(さてさて、「仕掛け」があるならオーブだろうが……ふむ)
そのオーブが「平民用」と「貴族用」別々に用意されていることにニコライは訝しみ細部を見やった。
そして、ある違和感に気がつく。
(おいおい、これはどういうことだい)
世に出回っている魔法道具のほとんどに精通しているニコライは、即座にこの二つが別物であるというのを見抜いた。
(ぱっと見は同じ。片方は昔から利用している試験用の魔力測定オーブだ。しかし、もう一つはそれに似せたアンチマジックオーブじゃないか)
アンチマジックオーブ。
魔力に反応しやすい測定器に対し、アンチマジックはその逆。
魔法抵抗力を強めた防衛装置であり魔力測定装置とは対極と呼んでも良い代物である。
主に城壁や要人が集まる場所などで使われており強い魔力関知すると跳ね返す性質をもっている。
もし測定機感覚で魔法なんかを放ったら並の術者なら詠唱を止めてしまうだろうし、下手したら術者身体にダメージが跳ね返ってしまうだろう。
(なるほど、そういうことか。貴族の方は一般的な試験用オーブを用意。平民の方は魔法を放つのすら難しい防衛用のオーブを用意して落とそうと言う魂胆か……非道いな)
ニコライの表情がどんどん険しくなる。
まだ見ぬ才能の持ち主を見つけ育む学び舎とはほど遠い集金施設に成り下がっている事実に憤りを感じているのだ。
内部に進みさらに倉庫内を探るニコライはアンチマジックの外見を改造したであろう形跡を見つけ出す。
「測定器に似せた防衛用オーブは一つしか用意してないようだな」
外見を似せるのも手間だし防衛装置だから、そうそう壊れないと踏んだのだろう。
「やれやれ、こんな手間をかけるなら教育の方に手間をかけて欲しいな……ん?」
そんな時、奥の方から誰かの話してるのを耳にしニコライは身を潜める。
「いつまでこんなことを続けるのだろうか?」
「しかたありませんよ。今の学園長バルザックさんの方針ですから」
「下手したら受験生が命を落とすかもしれないんだぞ」
(この声は……)
チラリと覗いて見ると、そこには厳格そうな女性教師が腕を組んで仁王立ちしていた。
魔獣の皮を織り込んだローブに動きやすい足元、使い込まれた一振りの剣は相当数の修羅場をくぐってきたことが覗える。
(なるほどれレニィくんか。まだ彼女のような人間が学校にいてくれてるなら安心だ)
レニィ=ブルーム。
王国冒険者序列三十五位にまで上り詰めたほどの魔剣士。戦場での立ち振る舞いを己が経験を踏まえて指導してくれる「鬼教官」として評判の女傑だ。
レニィは鋭い眼差しを同僚に向け愚痴を続ける。
「貴族偏重はいつか破綻する、国力低下にも直結し平和は脅かされる、そう思わないか」
愚痴を聞かされている教師は同僚相手なのに萎縮し背中を丸め彼女の言葉を聞いている。
「えぇ、目先の事ばかり考えているのでしょう、学園長様は」
「あんなのに「様」を付ける必要は無いぞ」
バルザックを「あんなの」呼ばわりするレニィ。ニコライは隠れているのを忘れつい吹き出しそうになる。
そんな愚痴を聞かされた同僚の教師は彼女にある提案を始めた。
「じゃあいっそ他の学校に移籍しませんか? 結構な数バルザックさんに反抗して別の学校の方に行きましたし私たちも……」
「何を言うか! 我々がいなくなったらニコライ学園長が戻ってきたとき誰が支えるというのだ!」
(戻ってきてるんだけどなあ、こんな姿だけど)
ニコライは嬉しいと同時にこの状況を招いてしまい申し訳なさそうにする。
「はぁ……」
つい嘆息をしてしまうニコライ。
「誰だ?」
そのため息にレニィが気がついたようで剣に手をかけ警戒する。
(おっと、さすがだな彼女は)
確認を終えたニコライは気配を消しその場を後にしたのだった。
※次回は12/20 12:00頃に投稿予定です
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