第6話 若返り老学園長、わからせる
「何わけわかんないこと言ってんだコイツ」
「やっちまうぞコラ!」
すぐに殴ってこないニコライを見て息巻いて殴りかかってくる取り巻きたち。
「場所もわきまえず……まったく」
ニコライはスプーンを杖に見立てて小さく魔法を唱えて見せた。
「――フリーズ」
瞬間――床が一瞬凍り付き、取り巻き達の足裏が張り付いて離れなくなってしまう。
「うぉ!?」
「ぐわ!?」
ガシャン!
取り巻きたちはバランスを崩し、そのままスッテンコロリン。机や椅子やらに頭から突っ込んでしまう。
足の折れたイスを見てニコライはマスターに苦笑いを向けた。
「これは後で買い取らせてもらいますね」
「あ、あぁ」
一瞬の出来事過ぎて何されたかも気がついていない取り巻き達は打ち据えた鼻頭を押さえている。
「てめぇ何しやがった?」
ニコライは道徳だけでなく学生の質の低下も嘆いていた。
「自分が何されたかも理解できないとは、学校ではどんな授業を受けているんだ」
取り巻き達が倒されるのを見てアマリリスが鋭い視線をニコライに向ける。
「多少心得はあるようですが、調子に乗らないことね」
「あ、さすがに貴女はわかりました?」
アマリリスは「フフン」と鼻を鳴らした。
見下すように胸を張るとロール髪がポヨンと揺れる。
「足止めの小技なんていかにも庶民らしい魔法ですね」
(いや、結構実戦で重宝するんだけどな)
しかし、アマリリスはその魔法を小技と一刀両断し、豪奢に飾った爪を宙にくゆらせる。
「貴族の戦い、教えて差し上げますわ」
どうやら彼女は炎系統の魔法を唱えようとしているようで……その暴挙にニコライは目を丸くする。
「街中で炎魔法? しかもこんな店内で!? 御法度だろう!」
「庶民にはそうでしょう、しかし名門アマンダラ家出身の私にとって法度などあってないようなもの……具体的には金の力で黙らせますわ」
「パワープレイにもほどがあるぞ!?」
「何とでも言いなさい! 「爪炎のアマリリス」の恐ろしさをその身に刻んで田舎に帰りなさいな」
聞く耳持たない彼女はゴテゴテしたネイルをニコライに向けた。
ネイルアートと思われたのは実は紋章のようで、彼女は爪に火を灯しニコライに解き放たんとした。
「庶民にとって「爪に火をともす」は困窮を指す慣用句ですが、私にとっては銃口を突きつけるソレですわよ。店がボロボロになっても買い取って差し上げます、私好みの店に変えるのもありですわね……壁紙全面的に私の好きなピンク色にしましょう」
「やめたまえ! 別の変な店と勘違いされるだろうが!」
落ち着きのある雰囲気の喫茶店が風俗店と勘違いされそうになると慌てるニコライ。
それを自分の魔法に恐怖しているとアマリリスはさらにテンションを上げる。
彼女の高揚に合わせるように頬が火照るような熱気が店内を包み込みこんだ。
「お、おい!」
店が燃やされるのではと慌て出すマスター。
一方、爪先に溜まる魔力を見てニコライは戦闘中にも関わらず感嘆の声をあげた。
「なるほどな、確かに主席の才はあるかもしれない」
魔力も申し分ない、二年の主席を張る度胸もあるだろうと思わず教職員の立場で観察しだした。
「惜しむらくは、その胆力が明後日の方向に向いているということだな」
店一つ潰せる豪胆さは見方によっては戦いで大きな貢献をするだろう。
魔法を突きつけられながらも、よりいっそう教師は道徳を学ばせるべきだとニコライは考えていた。
「惜しいな、まったく」
「怖かったら避けてもよろしいのですわよ、明日にでもリフォーム業者を呼びますので。レッツピンク!」
「レッツじゃない! やれやれ。このレトロな感じを楽しめないとはね……」
「私に刃向かったこと後悔なさい、アマリリス流炎魔法「爪炎の舞」よ! ――アル、モデア、リム、ステル……」
アマリリスは爪に炎魔法を灯す詠唱を続けながら虚空を撫でる素振りを見せた。
長詠唱の必要な上級魔法、しかもそれをアレンジしていることにニコライは驚き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「ほう、その歳で上級とは逸材……だが、こういう時こそ注意すべき事を怠っているようではいかんな……マスター」
「は、はい?」
「この豆、もらうぞ」
コーヒー豆を一粒摘まんだニコライはがら空きになっている喉元に豆を弾き飛ばした。
ポスッっと開けた彼女の喉に豆が直撃。
「コホッ!? こ、コヒュ!?」
アマリリスはあと一息で完成する上級魔法の詠唱を喉を詰まらせ止めてしまう。
何が起こったか分かっていない彼女は喉を押さえて涙目になっていた。
「な、何を――」
「身がしっかり詰まってるだろ? 厳選されたコーヒー豆の証拠だよ」
「こ、コーヒー豆なんかで……」
コーヒー豆なんかで自慢の上級魔法を止められたのかと怒りを隠せないアマリリス。
ニコライは真面目な面持ちで薫陶を彼女に授けた。
「戦場じゃもっと厳しいぞ、豆ならまだ良い方で昔は鉄の粉を――」
「どこぞの本で読んだことをさも経験したかのように!」
「事実なんだがなぁ……あぁ、また自分の姿を忘れていた」
詠唱を止められたアマリリスは接近戦の心得もあるのか肉弾戦に持ち込もうとする。
そんな彼女の動きを百戦錬磨のニコライは見逃さない。
「――フリーズ」
足の裏を凍らされた彼女は取り巻き同様、顔面から突っ込んで倒れてしまうのだった。
「ほげぇ!」
「……な、小技も実戦では大事なんだよ」
「う、うげ……私にこんなことして! どうなっても知りませんわよ!」
倒れたまま床に凍らされ張り付いたアマリリスを見てニコライは頬を掻く。
「さて、どうするか……転移魔法で学校の屋上にでも送っておくか」
「転移まほ……え? どういうことよ!」
「高いところは苦手かな? まぁこういうことさ」
さっとティースプーンで虚空をくゆらせるニコライ。
次の瞬間シュパンとアマリリスたちは姿を消してしまった。
高いところに送り込むのが教員時代ニコライが跳ねっ返りの強い生徒に使う「お仕置き」だった。
「学園都市内にはいくつか個人的な転移ゲートを張っているんでね、こんな芸当もできるのだよ」
窓の向こうの学園を見てニコライは稚気溢れる笑みを浮かべるのだった。
「き、君、いや、アンタ……もしかして……」
一方、何か感づいたかのような表情のマスター。
そんな彼にニコライは口元に指をあてた。
「今日の件はご内密に、あぁこれ、イスとコーヒー代です」
札束を置くとニコライは颯爽と喫茶店を後にした。
大通りに戻ったニコライは素性がバレそうになったことより、才能溢れるがイマイチ惜しいアマリリスを酷く残念がっていた。
「やれやれ……魔法使いの場合、詠唱途中で止められないように対応するのは基本だというのに」
それがまるでなってないことにニコライは嘆く。
「平民だけでなく貴族の逸材も潰すつもりかいバルザック君……」
学園の方を見やりながらバルザックと自分に対する憤りを胸に、彼は雑貨屋へと戻るのだった。
※次回は12/12 12:00公開予定です
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