第5話 若返り学園長、町を散策する
入学試験までの数日、ニコライは情報収集をかねてリグループ魔法学園周辺の町――通称「学園都市」を散策していた。
「しかし、視線が低くなると奇妙な感覚だな……おや」
久しぶりに学園都市へと足を踏み入れたニコライ。
一瞬、懐かしさで胸が満たされるが所々に見られる「ある変化」に少しづつ顔を曇らせていく。
「やれやれ、多少は変わっているとは思ったが。こうも顕著とは」
辺りを見回す彼の顔には呆れにも似た色が浮かんでいた。
活気ある賑やかな学園都市には似つかわしくない貴族などをターゲットにした高級商店が軒を連ねてしていたからだ。店の入り口ではボディーガードがいて入店する人間を選別する……そんな店だ。
平民と貴族で二分され、貴族が幅をきかせ平民は肩身狭く歩く……かつての記憶と変わってしまった町並み。
「こうも変わるものか。そうならないように務めていたのだがなぁ」
たった三年でこれである。相変わらず貴族は遠慮がないなとニコライは嘆息した。
「分断は国力を低下させるぞ、参ったものだ」
彼が十五歳から出てこないであろう老成した言葉を口にしている、そんな時だ。
「おぉ、ここは変わらないようだな」
ニコライの目に馴染みの喫茶店が飛び込んできた。
コーヒー豆にこだわる純喫茶。
クリームソーダやパフェなんかも評判で学生がよく訪れる人気の店だ。ニコライも現役時代から足繁く通う馴染みの店である。
「ここが残ってくれてよかったよ、さっそく寄ってみるか」
軽くコーヒーを一口飲もうと彼は店へと足を運んだ。
チリンチリン――
「そうそう、この音色だ」とウキウキで店内へ。
「――いらっしゃい」
店の中では無愛想だが腕は確かなマスターが迎え入れてくれた。
(多少、疲れてるんだろうか顔色が良くないな。貴族のせいで客層が変わったせいだろうか)
「ご注文は」
ニコライはいつもの感じでメニューも見ずに注文した。
「浅煎りのペーパードリップ。ミルクのみ砂糖は無しで」
それだけ言うと、ニコライは馴染みの席に座る。
窓際で外の様子が一望できる彼のお気に入りの席だ。町並みと人間模様が眺められる場所を好んで座っていた。
その注文内容と窓際の席に座る姿を見て、マスターは少しだけ面食らった顔を見せる。
(おっと、今は若い姿だったな)
少しだけ動揺したマスターだったが、すぐさまいつもの顔に戻りコーヒーを入れ始めた。
そしてお客さんがいないからだろうか彼はポツリポツリと世間話をし始める。
(そうそう意外にお喋りなんだよマスター)
「お客さん、今度の試験を受けに来たのかな?」
ニコライは小さく頷いた。
「えぇ……いや、はい」
おっと、学園長時代の喋り方じゃ不審に思われるなとニコライ。
そんな機微など意に介さず、マスターは愚痴をこぼし出した。
「そうかい、うちの娘も今年試験を受けるんだ。ただまぁ、最近じゃ一般入試が難しくなったって聞いてな、心配でしょうがない」
「そうなんですか?」
そういえば年頃の娘さんが居たなとニコライは思い出す。快活な娘さんでテーブルほどの背丈の頃からお手伝いしていたな。
(そうか三年も経ってもうそんな年齢か。こんなことになってしまって申し訳ないなぁ)
心の中で謝罪している最中もマスターの愚痴は止まらない。
「卒業生の貴族らがさんざ不祥事とか調子に乗ったせいで魔法学園の評判も落ちちまった。失踪したニコライ学園長がいたらと思うとやるせないよ」
「そう、ですか」
「おっと、こんなこと、若いお前さんに言うことじゃないな。スマンスマン」
「お気になさらず」
「……なんだかあんたには喋りたくなっちゃうんだよな」
そんな風に苦笑いしながらマスターは続ける。
「ニコライ学園長がいなくなってから大変さ。おまけに学園都市にもタチの悪い人間が増えてきてな」
「タチの悪い連中? ――おや?」
チリン! チリンッ!
聞き返したタイミングで、そのタチの悪い連中――貴族出身の学生が店内に乗り込んできた。
「アマリリスさん、こんな店で良いんですか?」
悪態を突く取り巻きに、中心格であろう女子はフンと鼻を鳴らした。
「仕方が無いだろう、行きつけの店が満席だったからな。とりあえず、豚の餌で小腹を満たすとしよう」
「豚の餌――」
その暴言にマスターはムッとするが、グッと飲み込み「いらっしゃい」といつものように声をかけた。
(なるほどな……やれやれ、この手の人種が増えたのか?)
中心人物であろう女子は魔法学園の制服に身を包んではいるが所々に装飾品を身につけ自分の華美さを強調している。
髪型も独特で縦にカールを巻いており動く度にポヨポヨ揺れていた。
「実技の時、絶対邪魔だと思うのだが……」
それも注意できないほど貴族出身の学生は増長しているのかと額を押さえるニコライだった。
そんな風に評価されているとも知らず、学生達は我が物顔でふんぞり返る。
「何でもいいから用意しろ」
「アマリリスさんのお口に合うものだ!」
「マズかったら承知しないぞ!」
あまりにも客とは思えない態度……しかしマスターは何も言い返せずにいた。
下手に貴族に反抗したら店を潰されるかもしれないからだろうと推測するニコライ。
「本当に厄介な町になってしまったな」と彼は嘆息混じりでつぶやいた。
「――ブレンドになります」
しばらくしてからコーヒーを出すマスター。
だが、それを一口飲んだ瞬間、アマリリスと呼ばれた女性はカップごとそれを叩き割る。
「苦い、なんだこれは!? 泥水じゃないか!」
「――ッ」
香りも楽しまずに「泥水」と言ってのける学生を見て、さすがの温厚なニコライも我慢の限界が来たようだ。
彼は目線を合わすことなく彼女らに聞こえるようにこう言った。
「どうやら貴族様の舌は庶民以下のようですなぁ」
「なんだと」
眉間にしわを寄せ振り向くアマリリスに動じることなくニコライは続ける。
「ここの豆は一流品だ。それを使ったコーヒーゼリーも生クリームと相性抜群で、正直値段だけ張る貴族様向けの店よりも引き取らない。そもそも香りもフルーティーさもわからない人間が一口飲んだだけでコーヒーを語るものじゃない」
「なに……」
「もしかしてコーヒーを嗜むのは初めてかな?」
そう言いながら無いヒゲを撫でるニコライにアマリリスは激高する。
「ぶ、無礼な! 無いわけないだろう!」
飲んだことがないのは図星のようで顔を赤らめるアマリリス。
そんなことよりニコライはこんな人間を野放しにしている学園の在り方を憂いていた。
「……どっちが無礼なんだか、教育がなってないのか何なのか知らないが。今の学園じゃ道徳を蔑ろにしているようだな」
こんな人間が社会人になったら大問題だぞと嘆くニコライ。彼は教師として厳しく咎めたのだが、見た目は年下。
彼女らは年端もいかぬ少年の上から目線に憤りを露わにした。
取り巻きの一人が肩で風切りニコライに詰め寄る。
「なんだテメェ! リグループ魔法学園二年の主席であるアマリリスさんを知らねぇって受験生かコラ!」
「ほう、二年の主席か――私の居た頃はもっと人間的にも優秀な人間を主席にしていたつもりなのだが……本当に貴族偏重主義になってしまったのだな」ボソリ
小声でぼやきながら、ニコライはスッと席を立つ。
「なんだ!? やろうってのか!?」
慌てて身構える取り巻きにアマリリスは高圧的な態度を崩さない。
「身の程知らない少年が魔法学園を受験する資格はありません、教職員達のお手を煩わせないようにこの場で田舎に追い返してあげましょう」
(今まさに煩わせているんだがなぁ)
ニコライは呆れながらコーヒーのスプーンを手に取った。
「仕方がない、こういう跳ね返りにお灸を据えるのも学園長の定め……おっと、元か」
※次回は12/10 12:00公開予定です
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