第4話 若返り学園長、愕然とする
雑貨屋の椅子に座るニコライ。
短くなった足をプラプラさせながら彼は店内を見回している。
昏倒する前と比べて全体的に古くなった内装。
棚の奥の売れ残りポーションには先日見た非では無い量のホコリが。これは一日二日では積もらない。
たちの悪い冗談だと一縷の望みを抱いたニコライだったがどうやら三年の月日が流れたのは事実と察しうなだれた。
「しかし三年とは想定の範囲外だぞ」
大人びたオードリーに視線を向けるニコライ。
彼女は言いにくいことをようやく言えたからなのか、いつものように不敵な笑みを浮かべてみせた。少し妖艶な感じになっているのは三年という月日のせいだろうか。
「すいませんねぇ、まさか魔法抵抗の強い人間に投与すると三年経過してやっと効果が出ると思わなかったですよ。いやぁ貴重なデータが取れました」
「何が貴重なデータだ……というか今、学園はどうなっている!?」
オードリーは頬を掻いて笑っていた。
「まず、旦那の資産の方はうまくこちらで何とかしていましたので国に没収されてません。ただまぁ卸したりするのは本人の了承がないと難しいんで、まあ、ちょっと厳しいかもわかりません」
「そっちはいい――いや、お金は大事だけど。魔法学園は一体どうなった?」
一番大事なことをニコライは再度問い詰める。バルザックの魔の手が及ばぬよう生徒として身を潜め牽制しようと思っていたら丸々三年も放置したのだから慌てるのも無理はない。
気になり机に身を乗り出すが身長が縮んだせいかちょっと苦しい表情のニコライにオードリーはメモ紙を準備する。
「もちろん調べておきました、この情報はタダでいいですよぉ」
「当たり前だ、誰のせいだと思ってる」
悪びれない様子のオードリーにニコライは凄んでみせる。
「おぉ、大人の頃なら震えていましたが、子供にされると可愛いものですねぇ」
小さく「可愛い」と言われ納得のいかないニコライは頬杖をついてしまう。
「若返ったせいか仕草が子供の頃に戻ってしまうな」
「いいじゃないですか、似合っていますよ」
彼女は資料を広げながら、この三年間で世界がどんな風に変わったか、学園がどうなったかをこと細かに説明してくれた。
「まずリグループ魔法学園ですが、ガッツリ腐敗が進んでおります」
「おい!」
いきなり悪い情報に思わずツッコんでしまうニコライだった。
「まぁまぁ落ち着いてください、三年も経ったらしょうがないでしょう」
なだめるオードリーそれがまた妙に腹立たしいとニコライは不満の表情だ。
「まずは平民にも門戸を開くという魔法学園の方針は今や空の彼方、しっかり貴族偏重になっていますね」
「しっかりってなんだ」
ツッコミも右から左に受け流しオードリーはメモを読み続ける。
「平民よりも資金を提供してくれる貴族に寄せているのが露骨に見て取れます。ニコライ学園長が辞めた後の主席卒業者は貴族出身者でしたからね、愚直もいいところですよ」
「あの代、主席に該当する貴族出身者はいなかったはず……やってんなぁ、やってんなぁバルザック君」
嘆くニコライにオードリーはさらなる悪い情報を追加した。
「その主席卒業者なんですけどねぇ、魔法省に入社したそうですが今絶賛やらかしているそうですよ。一時はタブロイド紙に取り上げられて社会問題にまで発展しかけていますね。あぁそれもバルザック現学園長が必死にもみ消して、その行動がまたタブロイド紙に掲載されて――」
「あいつトラブルの処理も下手くそか……」
「面白いことにニコライ学園長の失踪もバルザック氏が一枚噛んでいるんじゃないかって噂が流れていましてね。バルザック現学園長は今、糾弾される立場にいるんですよ。魔法学園の評判がた落ちですよ」
「原因私ですけど」と愉しそうに語るオードリー。
対してニコライは頭を抱えている。
「名門リグループ魔法学園をたった数年でそこまで……」
「まあそんな感じで、自分の立場を守るために躍起になっています、彼」
頭を抱えたままニコライは嘆く。
「学園に入れなかった平民の受け皿は大丈夫か?」
そっちも心配になったニコライは懇願するような眼差しを向ける。
「追放される前から根回しはしていたが……」
「大丈夫ですよ、有望株は西のルブルファン魔法学園の方に。評判良くなってますよ、アッチ」
「……「西の魔女」が調子に乗らなきゃ良いが」
自分がいなくなってから才能ではなく出自で主席を選んだ男に腹立たしい思いを隠せないでいるニコライはバルザックへの恨み節……というより自責の念に囚われている。
「生徒が不憫でならないな、そこまで無能だったとは……彼に学園長の座を明け渡してしまった僕が悪かった」
「一瞬でも渡すべきでは無かった」とニコライは頭を抱えた。
「あからさまに金払いの良い貴族の子供が首席で卒業したり、魔法省に行ったりするんですからね。巧妙さに欠けるってレベルじゃありませんよ」
「そこまで馬鹿な男だと思わなかった」
「そんなわけで、ダダ下がっております、評判。学園もバルザック氏も含めて」
「ざまぁと笑ってやりたいが……生徒のことを考えたら笑えんな。悠長に若返っている場合じゃ無かったな」
眉間にしわを寄せるニコライ、どさくさに紛れて頭を撫でようとするオードリーの手を払
いのける。
「叩かれて三年ですからねぇ、もうバルザック氏は逃げ出すかもわかりませんね。私腹肥やして美味しい思いして、あとは「オラ知らね」ですよあの手の連中は」
「身売りか……やられたら最悪だな、強欲商人や金満貴族の手に渡ったら国力低下に直結するぞ」
ニコライは自分に怒りを覚えた、一度お灸を据えるためバルザックに学園長の座を譲ったのも、怪しい薬を飲んでしまったことにもだ。
「心中察するに余りあります、運が悪かったとしか」
「君に関わったのが運の尽きかもな」
オードリーへの皮肉を挟みつつ、実にわかりやすい腐敗の始まりに愕然とするニコライ。
しかし彼女は笑みを浮かべたままだった。
「いやぁ、まだ尽きてはいませんよ。なんてったってあのニコライ=ヴァンレッドが経験そのままに全盛期の若さを取り戻したんですから」
「なんだいそりゃ」
「魔法学園の評判と天秤にかけても溢れんばかりのお釣りが来ますって話です」
「僕より才気溢れる子供達の将来が大事だよ」
「才気溢れすぎる神童が何を仰いますやら」
オードリーの気休めにもならない言葉にニコライは口を尖らせた。
「学校なんてものは信頼を失ったら終しまいだ。金で成績が買えるとなったら、どんな肩書きも張りぼてにすぎないぞ」
「まぁニコライさんなら三年分くらいすぐ取り戻してくれるでしょ」
三年分と聞いたニコライの脳裏にもう一つの不安がよぎる。
「ちょっと待って、戻るんだよなこの体?」
三年がかりで全盛期に若返ったなら元の姿に戻るにはどれだけ時間がかかるんだと不安になったようである。
焦るニコライに対しオードリーはヘラヘラ笑う。
「え~戻るんですかぁ? もったいない」
「何がもったいないだよ」
「まぁ、そのうち戻れますよ。なんてったって三年もありましたからね。ある程度研究進みましたんでご安心ください。これに関してももタダでいいですよ」
「当たり前だ……まったく」
うつむくニコライにオードリーはパンやら何やらを用意してくれた。
「久しぶりのメシなんてどうです? お腹減ってんじゃないですか? 腹に食い物詰め込みながら今後のこと話しましょうよぉ」
「……もらおうか」
お腹が減りすぎて一周回って空腹感すら感じられなくなったニコライは勧められるまま食事を摂ることにしたのだった。
カチャカチャ――モッモッモッフ――
一度胃に物を入れたニコライは食欲が刺激されたのか一心不乱にパンを貪っていた。
「食欲旺盛ですねぇ、育ち盛りですか?」
「六十手前に言う台詞じゃないな……しかし、胃もたれを気にしなくて良いのは素晴らしい」
「感動するのは後回しにして、そろそろ今後の計画でも立てましょう。どうします」
「どうするもこうするも、計画通り魔法学園に入学するぞ」
三年も経ってしまったがニコライにとっては昨日のこと、決意に揺るぎはなかった。
オードリーは笑って書類を用意した。
「そういうと思って準備していましたよ。今年の願書でございます」
ニコライにとって見慣れた入学願書。年度のところの数字が進んでいるのを見た彼は本当に月日が流れているのを実感する。
「年度と「学園長バルザック=モグロ」の部分を見るとヘコむなぁ」
「心中察するに余りありますぅ……あぁ、お金も戸籍もちゃんと手配しておりますのでご安心を」
「戸籍?」
「はい、ちなみにニコライさんは今、私の弟ということになっております」
「弟……」
怪訝な顔をするニコライにオードリーは艶々とした満面の笑みを浮かべた、普段の陰気な笑顔とは全然違う表情である。
「その名も素敵ニコ=ブラウンです」
「ニコ……「ブラウン」ねぇ」
まぁ突拍子もない変な名前よりマシかと一瞬思ったが「学園都市の怪しい情報屋の弟」という設定とどっこいどっこい……むしろマイナスでは? と思ってしまうニコライだった。
「君を恨んでいる連中から仕返しされやしないか、それだけが心配だよ」
「心外ですねぇ……まぁ入学まで時間がありますし、のんびり過ごしましょうよ姉弟水入らずで」
「のんびりなんてしていられんよ、可能な限り資料を集めて早めに悪政に終止符を打たないといけない」
その言葉にオードリーは挑発的に笑った。
「試験勉強はいいんですかい? 平民向けの一般試験はだいぶ厳しくなったってもっぱらの評判ですよぉ。愚問かも知れませんが大丈夫なんですか?」
「自分の体だから理解できる、その辺は問題はなさそうだな――よっと」
ニコライは手にしたバターナイフを無造作に振るってみせる。
すると床の石畳がスコンと抉れたではないか。ナイフの先にはえぐられた石畳の破片が乗っている。
「おぉ……バターナイフで。無詠唱強化魔法……だけじゃないですよね」
「あぁ、加えて言霊の力を付与した。バターナイフとしての在り方を強化し触れた物をバターのように抉れる力を……まぁ魔力抵抗のない物質に限るけどね」
オードリーは呆れた様子を見せた。
「失礼、全然問題ありませんね……さすが術理に関しては大魔道士にも引けを取らない男。近代魔法の祖、王国の屋台骨ニコライ=ヴァンレッドですねぇ」
ニコライは謙遜してみせる。
「剣でも魔法でもナンバーワンにはなれなかった男だよ」
「いやいや、経験そのまま、伸び盛りの若さでさらに修練を積んだら全盛期を越えるかもわかりませんよ」
「よしたまえ……老人をその気にさせるなよ」
過剰に褒めるオードリーはその根拠を続ける。
「特に今は訓練の設備も研究も、そして何より栄養もあの頃とは段違いです、全盛期を越える可能性は極めて大です。近代魔法のさらなる発展の一助になれたかと思うと研究者冥利に尽きますね! 各種発明のライセンス料は一割もらうだけで良いですから」
「サラリと中抜きしようとするな」
ちゃっかりしているオードリーを見て「やっぱりこの子の弟は嫌だな」と思ったニコライであった。
※次回は12/8 12:00に更新します
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この作品の他にも多数エッセイや
・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~
・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果
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