第2話 話は遡り、学園長の座を追われた日
「――というわけで、賛成多数によりニコライ=ヴァンレッド学園長の更迭案は可決されました」
天窓から陽光差し込む円卓の会議室はその一言でどよめいた。
席に座る関係者らの反応もニヤけるもの、哀れむもの、心配そうにするものや憤りで席を立つものと様々である。
だが、その通告をされた当人、ニコライ学園長は落ち着いた様子で腕を組んでいる。
年齢は五十代後半くらいだろうか。
白髪混じりで短く清潔感のある髪型、ヒゲも眉も整えられており体を動かしているのか体型もスマートである。
所謂「イケオジ」の雰囲気を醸し出し、若い頃だけでなく今も浮名を流しているような印象を見るものに与える。
濃紺のダブルスーツにシワ一つ無いシャツ……教職というより職人、細部にこだわる仕立屋と勘違いされそうな――そんな雰囲気の男であった。
「ふむ」
通告に対して軽く唸るだけのニコライ。
その反応が気に食わないのか更迭を告げた議長が怪訝な顔をする。
「聞いていますか、ニコライ君」
「聞いていますよバルザック議長……いえ、私がいなくなったら次の学園長はあなたでしょうし、バルザック学園長と今からお呼びした方がいいですかね」
彼の慇懃な態度をバルザックは鼻で笑った。
ニコライとは対照的なでっぷりとした体型に脂ぎった顔、教鞭を振るうより取引先との会食の方が得意そうなそんな風体の男だ。
彼は重そうな体で机に身を乗り出し下卑た笑みを浮かべた。
「ふん、それは分からんよ。次期学園長は厳正な投票で選ばれますからな。もちろん、今回の議題も厳正にやりましたよニコライ「元」学園長殿」
口ではそう言ってもにじみ出る「次期学園長は自分だろう」という態度をニコライは見逃さない。
「厳正……ね」
バルザックの嫌みを聞き流し、会議室を見回すニコライ。
金で票を売った者がいるのか、投票箱に細工が施されていたのか、それともその両方か……全てを見透かしているような目つきに恐々とする教師もいれば不遜な態度を取る人間も。
「ま、いまさら言及しても意味は無いな」
ニコライは小さく嘆息するとバルザックの方に向き直る。
彼は脂ぎった顔に喜悦の表情を浮かべ指輪なんかをいじくっている。
太った体に身につけている装飾品も高級品……一目で贅の限りを尽くしている輩だというのが分かる。
そんな人間が学園長の座を欲しがっている理由は一つしか無い……
ニコライは分かっていつつも敢えて知らぬ振りをして尋ねた。
「ぜひ後学のために教えていただきたい。私が退いたあと、どのような教育方針でこの魔法学園を運営していくおつもりでしょうか」
バルザックは憎きニコライを失脚させて嬉しいのか隠すことなく饒舌に語りだした。
「大したことはしませんよ。ただ貴方は少しばかり平民のためにこの魔法学園の門戸を開きすぎていた、それを元に戻すくらいだ」
「貴族を優遇し余分にお金を懐に収めようという考え……か」
ズバリ言ってのけたニコライにバルザックの瞳が揺れる。
「ひ、人聞きの悪いことを言うな! あるべき形に戻すだけ。仮に献金が増えたとしても、もちろん学園の運営にあてるつもりだ」
露骨な態度にニコライは嘆息する気力もないのか力なく笑った。
「……最後にもう一つ」
「な、なんだね」
なおも目が泳いでいるバルザックにニコライは身を乗り出して「一番聞きたかったこと」を尋ねる。
「ここ数年、君は私を失脚させるために躍起になっていた。何度も私の更迭案を議題に挙げて……それが、今回に限ってなぜすんなり可決されたのか、不思議に思わなかったのかね?」
バルザックは何が言いたいといった顔でせせら笑った。
「ハッハッハ。何を言い出すのかと思えば……そうやって私を動揺させようって腹づもりなのでしょう。負け惜しみなんてらしくありませんよ」
まるで自分の努力が実ったと言わん態度で一笑に付すバルザック。
ニコライは微笑みこそ携えているが目は笑っていなかった。
「――わざとそうさせたのも気がつかないとは」
彼はそう小さく呟くと席を立ち、一瞥をくれることなく会議室から出て行ったのだった。
追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~ @kaisyain36
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