第14話 名探偵咲ちゃん その2

「心配せんでもサンデーはまだまだ大丈夫やから。ほら…『葬送のフリーレン』とかヒット作がまだあるから…」


まばたきもせず明らかに焦点の合ってない目でボソボソ喋る咲ちゃん。

よく分からないけど、どうやら彼女の地雷を踏んじゃったらしい。


「おーい戻って来ーい」

軽く身を乗り出して両手で肩をゆする。

その顔やめて。本当に怖いから。

「春ちゃんよ!」

「わっ?!」


いきなり大きな声を出されたので驚く。

あわてて周囲に目を走らせたけど、どの席も大学生っぽい人や同じ高校の制服を着た人達たちでガヤガヤうるさくて、誰もこっちを見てなかった。


「な…なんですか咲ちゃん」

ホッとしつつ席に座り直し、念の為声のトーンを落として聞き返す。

「さっきさ。その失踪したバンドの人の証言、信じたいけど信じきれへんって言うてたでしょ?」

「うん」


正確にはそう言語化してくれたのは咲ちゃんで、それに頷いたのが私だけど。


「それなんやけど…やっぱり虚実入り乱れてるって考えるのが妥当ちゃうかな」

「だよね。私もそんな気がする」

「でさ。さっきなんか引っかかるなーっていうたやん」

「えっ、それが何か分かったの?」


咲ちゃんが頷く。

私は思わずイスから腰を浮かせた。


「春ちゃんはさ、その蘭子さんが阪急電車の神戸三宮駅で降りたって話から、レコードを見つけたのは花隈駅から終点の新開地駅の3駅しかないって考えたんでしょ?」

「うん。乗り過ごしたっていうし。でも三宮の隣の花隈は私もよく使ってるけど、そんなお店ないしなぁ…」

「まあどこまでが真実かは分かんないけど、仮にホンマに駅中のお店でレコードを手にしたとするやん」

「うん」

「それ、阪急と他の電車を『勘違い』してた可能性もあるくない?」

「勘違いってJRとってこと? でも…JRなら三宮駅を乗り過ごしちゃったら西明石駅まで行かないと戻って来ないからなぁ…」


西明石駅は神戸市の隣の明石市にある駅で、JR三宮駅からは10駅以上も離れてる。

私は途中の須磨海浜公園駅までしか乗ったことがないけど、少なくとも梅田から須磨までのJRに地下駅はなかったはず。


「春ちゃんもまだまだ神戸暦が浅いと見えますな」

咲ちゃんは顎に手を当て目を細めた。

「阪急電車にJR。そして大阪の梅田から出て三宮で停る電車があともうひとつ。ヒントは我らが阪神タイガース」

「タイガースって…野球チームだよね? 蘭子さん野球ファンじゃないと思うけどなぁ」


阪神だけじゃなく野球のことはよく知らない。

知ってるのは去年20年近く振りに優勝したとかで話題になっていた事ぐらいだ。


やれやれという風に咲ちゃんは肩をすくめ、おもむろにスマホを触る。そして、

「ほれ」

とその画面を見せてきた。

表示されているのは電車の路線図。知らない駅名が沢山書かれてる。


「これは阪神タイガースの親会社でもある阪神電鉄、通称『阪神電車』の公式路線図」

「はじめて名前知ったかも…」

「この阪神電車こそがJRと阪急と並び三宮駅に停る、もうひとつの電車なのだよ!」


咲ちゃんが自信満々の表情を見せた。

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