第13話 名探偵咲ちゃん その1

「えー?そんなんありえへんやろ」


翌日の放課後。

場所は学校の最寄り駅の駅前にあるマック…じゃなくてマクド。こっち(関西)ではこう呼ぶ。

2人席で向かい合って座り、咲ちゃんは私から蘭子さんがレコードを手に入れた経緯を又聞きすると、ただでさえ大きな目を猫みたいに真ん丸にして、いかにも胡散臭そうな声でそう言った。


「だよねぇ」

私は安堵の吐息混じりに頷く。

「ふつうそう思うよねぇ」


私は昨晩の混乱を思い返す。

けっきょく昨日はギターを弾く事でいつまでも現実逃避してしまい、夜中の1時前にお母さんに叱られるまで止められなかった。

やっぱり誰が聞いても簡単には信じられない話だとわかってホッとする。


「春ちゃんはその話どうおもてんの?」

咲ちゃんがトレーに出して共有してるMサイズポテト2つ分の山から右手で2本つまむ。

私の話が長かったせいで冷めかけてて、もうシナッというかクタッという感じだ。


「そりゃ…信じたいのは山々なんだけどさ…」

「虚偽の証言であると」

「いや…そこまで思ってる訳じゃないんだけど」

「にゃるほど。つまり春ちゃんは」

と咲ちゃんはクタクタポテトを半分に折って2本まとめて口の中に押し込む。

飲み込むと同時に、

「その蘭子さんの話を信じてあげたいんやけど、非現実的すぎて信じきれんって感じ?」

「そう!そうなんだよー!」


私は今のモヤモヤする気持ちを分かってもらえたことが嬉しくて、泣きそうになりながら咲ちゃんのポテトの油で汚れてない方の手をガッシリ握った。


「ふーむ」

またポテトを頬張り、意味ありげに斜め上を見上げる咲ちゃん。

「どうしたの?」

そう聞くと首を傾げたまま、

「なんか引っかかっかるんやけど…」

「えっ? 何か気付いたってこと?」

「いや…まだ分かんない。でも推理する価値はあるかもしれん」

と真面目な顔をする。


咲ちゃんは名探偵コナンのオタクだけど、今は数学の問題を解く時みたいな顔をしていて、冗談を言っている雰囲気じゃなかった。

ちなみに咲ちゃんはこれでも学年トップクラスの成績だったりする。

ただの安室と赤井のカップリング推し活女子ではないのだ。


「ていうか春ちゃん、そもそもの事聞いてもええ?」

「うん。何?」

「そのブルーノートの1000…何番? それなんなん?」

「あーそれね。じつは私もいま色々調べてる最中なんだけど…」


私は咲ちゃんの左手から手を離し、自分で調べた限りの情報を伝える。もっともジャズの事はうちのバンドのメンバーみたいに詳しくないから、難しい質問には答えられない。


「ざっくり説明するとね、ブルーノートっていうアメリカのジャズ専門のレコード会社があるんだけど。その会社が1950年代に出してたレコードの品番が1500番台で、そのうち1553番が未だに発見されてないみたいなの」

「1950年代ってバリバリの戦後やん!」

ギョッとする咲ちゃん。


バリバリの戦後。

たしかに今の私たちの感覚だと、『現代』というより『戦後』という方がしっくりくる。


「えー、つまり…1500番から1599番までレコードが作られてそのうち1枚が行方不明って話?」

咲ちゃんは左手で頬杖をつきノーハンドでマックシェイクのバニラを吸う。

「あ、ちょっとちがう」

と私。

説明不足だった所を補足する。


「1501番から1600番までの100枚が『1500番台』って扱われてるみたい。で、1553番以外の99枚はたぶん何万枚も作られて世界中のレコード屋さんに並んだんだけど、1553番だけは1枚もレコードが作られなかった。もしくは販売されなかった」

「あー。つまり録音はされたけど商品化されんかったってことか。大人の事情ってやつや」

「そう、それ」


大人の事情。

私はその言葉ずるいから好きじゃないけど。


「せやけど春ちゃん」


今度は右手にマックシェイク。さらに左手でポテトを3本同時につまんでかじる。

咲ちゃんは食べかけのポテトの束を手にしたまま、


「録音までされてて商品番号まであるのに何十年も謎に包まれるなんてことあるん? 中の人がさすがに言わん?」


かなり行儀が悪いはずなのに、可愛いから小動物にしか見えない。日焼けした肌の色もあってかなりリスっぽい。ご飯中のリス。

あ、中の人っていうのはこの場合アーティストとかスタッフという意味だ。


「それがね」


私はもうかなり溶けているストロベリー味のマックシェイクをジュースみたいに一気に吸う。


「当時の社長も社員も、みーんな一言も言わなかったみたいなんだよ。

しかもその会社が当時のジャズブームの中心で、特に1500番台が今のジャズを作った傑作ぞろいらしいんだよね」

「なるほど。ジャズ界の集英社みたいな感じね」

「集英社?」


「ほら、週刊少年ジャンプって集英社やん。で、少年マンガいうたらやっぱりジャンプやん? ワンピースとか鬼滅とか呪術廻戦とか」

「あー確かに。ブルーノートが集英社で1500番台がジャンプの名作かぁ。そう考えたらわかりやすいかも」


そう言うと咲ちゃんは誇らしげな顔をした。


「あ、でも咲ちゃん」

私はあることに気付く。

「なに?」

「名探偵コナンって…サンデーじゃなかったっけ?サンデーって集英社?」

そう尋ねると咲ちゃんは挙動不審すぎるほど目をクルクルと泳がせた。

そして。


「それはそれやで…」

と、ばつの悪そうな声で呟いた。

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