第10話 train of thought その3

電車が走り去り、やがて残響も消えると、途端にホームは無音になった。

やや黄味がかった電灯の薄暗い明かり。その明かりが静かに照らす、古びて所々ヒビの走ったくすんだ白い壁とコンクリートで舗装された足元。

かなり年季の入ったホームだ。


蘭子さんは他に誰もいないので人目を気にせず大きく欠伸をし、目元をこすった。日中の暑さでメイクはとっくに崩れているからもう気にしなかった。


「ふあー」

欠伸をして軽く背筋を伸ばすと、ようやく目が冴えてくる。


そういえばさっきの電車、私以外誰も乗ってなかったような…


そこでようやく違和感を覚えたらしい。

が、蘭子さんなのでそこまで変だとは思わなかった。

それよりも上り線に乗り換えて王子公園駅まで戻らないといけない。

スマホを確認する。22時42分。

まだ終電までかなり余裕があるから急がなくていい。とにかく線路を挟んだ向かいのホームに移動しよう。


あっちに上の階に上がれる階段がある。

蘭子さんは、薄暗いホームにぽっかり口が開いたように青白い光を漏らすその階段に向かって、ゆっくり歩いて行った。


コンクリートの階段は途中に踊り場を挟んで、20メートルほど上に続いている。

登りながら蘭子さんは、嗅いだことのあるにおいが薄ら漂っていることに気付いた。

すぐにはなんのにおいか分からなかった。


あまりに静寂すぎて、一段登る事に足音が反響する。

階段に並行して斜めになった天井の蛍光灯が時折出す「ジジジ…」という音が、まるで耳もとで蝿が飛んでいるように大きく聞こえた。


何となく薄気味悪くなった蘭子さんは、幽霊でも出るんじゃないかと思い、小走りになって階段を駆け上がった。


階段を登り切り、念の為背後を確認する。

何も居なかったので蘭子さんはホッと息をついた。

それから向かいのホームに繋がる地下道のような狭い通路を歩き出した。

ここもまた薄暗い。


あとから思い返すと、改札のある上の階に繋がる階段がどこにもなかったような気がしたが、見落としただけかもしれなかった。

その通路ではさっき感じたにおいがさらに強くなった。


そこで蘭子さんは気付く。

これは雨の降る前のにおいだ。

そう思った時、ふと通路の向かって左側の壁から白っぽい明かりがコンクリートの地面に射していることに気が付いた。

よく見ると、通路に店があり、その店内の光が外に漏れているのだった。


さっきまでこんなんあった…?


さすがの蘭子さんも不審に思いながら、けれど、気になって恐る恐るその店の中を覗き込んだ。

扉のようなものはどこにもなく開けっ放しだった。


蘭子さんは息を飲んだ。

駅中の手狭なコンビニだろうと思っていた。けれど、手狭なことはそうなのだが、それは小さなレコードショップだった。

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