第4話 凛子と蘭子 その3
「それはそうと」
凛子さんがそう言ったのは3度目に会った時。
私は顔を上げてお弁当をつつく箸を止める。
その日も凛子さんはカップ麺におにぎり2つだった。
「春香ちゃんってさ、関西の人じゃないよね?」
「それ私も思ってました。凛子さんって関西の人じゃないですよね?」
「私は大学進学で神奈川から。春香ちゃんは?」
「お父さんの転職で千葉からです」
中1の春。私たち家族3人は千葉県からここ、兵庫県の神戸に引っ越してきた。
私がギターを始めたのは、何か特技があった方がイジメに会わずに済むかもしれないという理由から。我ながらすごく不純な動機だ。
神戸に引っ越しが決まった小学6年の冬、お父さんのギターを借りて練習を始めた。
ちなみにお父さんは三日坊主でギターをやめてしまい、そのまま押し入れで何年も眠らされていた。それを私が引っ張り出した。
プライベートで遊ぶ友だちのいなかった根暗な私はギターに熱中した。
そんな子どもだったから、生まれ育った千葉から神戸に行くことは何も悲しくなかった。
それよりも根暗な性格が災いしてイジメの標的にされないか。そればかりが不安だった。
「イジメは大丈夫だったの?」
「うちのクラスメイトみんな優しくて全然大丈夫でした」
「おー。いい友だちでよかったじゃん」
「でもお陰でギターやってるって言う機会が無いまま3年間が過ぎ去りました」
「いやなんで?!」
凛子さんが呆れた声をあげる。
目をまん丸にしてポカンとしていた。
こればっかりは驚かれても仕方ない。私だって自分でなんでだろうって思うんだから。
高校では軽音楽部に入ろうとしたけど、男の強面の先輩がいたのでやめて、勧誘されるままに美術部という名の漫研に入った。
絵なんてちっとも描けないのに。
そんな私だから両親と高校で友だちになった咲ちゃん、それと凛子さん達バンドメンバー以外、私がギターを弾けることは誰も知らない。
「じゃあバンド経験もないってこと?」
「はい。恥ずかしながら…」
「ならさ、今度スタジオでセッションしようぜ。うちのバンドのベースも連れてくからさ」
「えっ無理ですよいきなりセッションなんて!私バンド未経験者なんですよ?」
突然の提案に手が滑って箸を落っことしかける。
すると凛子さんが呆れた顔をした。
「何言ってんだよ。誰だってはじめはそうだって」
「で…でも」
「いいじゃん1回くらい。やってみようぜ」
その時のニカッという表現がぴったりな凛子さんの笑顔。
そんな笑顔で誘われたら断るなんて出来ない。
「じゃあ来週の土曜日はどう? 三宮のスタジオ予約しとくから」
「わ、わかりました」
私は覚悟を決めて頷いた。
そしてその後すぐ凛子さんとLINEを交換した。
高校生になってからだと咲ちゃん以外ではじめての連絡先の交換だった。
「おーし。土曜日が楽しみだ」
凛子さんはカップ麺のスープを飲み干して立ち上がる。食べたあとのゴミをゴミ箱に捨てると、他のバイトの人に声を掛け一緒にトイレに向かった。
私は昼休みの残りの時間を確認し、あわててお弁当の残りを食べた。
その時からすでに土曜日のセッションのことで頭がいっぱいになり、なかなかご飯が喉を通らなかった。
その時のセッションの感触が理由になり、半年後、私が凛子さんのバンドのメンバーに誘われるとは思ってもみなかった。
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