第2話 凛子と蘭子 その1


蘭子さんの失踪を知らされた日は夜まで待っても、凛子さんからの連絡は来なかった。

改めてLINEが届いたのは翌日の夜だった。


『やっぱり直接会って説明する。土曜日大丈夫?』

『わかりました。空けときます』


私は色々聞きたいことが渦巻いてたけど、今は我慢してそう返した。

大事な話だったし、第一、私自身、まだ頭の中のあれこれを上手く言語化できる自信がない。


『じゃあ土曜日いつものコメダで。時間はまた連絡する』

『OKです』


「あー!なんだよもーっ!」


そう叫んで私はベッドにうつ伏せになってジタバタした。八つ当たりでスマホを投げそうになって、ギリギリで堪える。


この2日で不安がだんだん苛立ちに進化して、でもどこにも気持ちのやり場がなかった。

蘭子さんが突然失踪して大変なのは分かってるけど、凛子さんもマイペースすぎる。

我が道を行くのは凛子さんの魅力だ。でもこういう時ばかりはそのマイペースさが腹立たしい。


「春香、何叫んでるの?もう10時よー」

階段の下からお母さんの声がする。

私は部屋のドアを開けて、

「わかってるよ!」

と返した。

つい荒っぽい言い方になる。

わかってる。わかってるよ。

でも落ち着かないんだ。

間違えて飛び乗った電車がどこへ行くのかも分からず、いつ次の駅に停るかも分からない時のような、どうしようもない不安と焦燥。


ベッドの縁に座り改めてLINEを開く。

何度確認しても今朝蘭子さんに送ったメッセージは、既読にすらなっていない。


いったいあの蘭子さんに何があったんだろう…


お嬢様ぜんとしていて、細く白い手で流麗に鍵盤を操る蘭子さんを思い出す。クラシックからジャズ、ポップス、ロックまで何でも弾きこなす天才プレイヤー。

そして私たちのバンドに不可欠の天性のソングライター。

その時、LINEの着信音が鳴った。

慌てて見るとベースの葵さんからだった。


『知らない』


今朝送ったLINEへの返信だった。

もちろん蘭子さんの行方についての質問の返答だ。

素っ気ない返答だったけど葵さんは嘘は言わない。周りが少し気まずくなるくらい正直に思ったことを言うくらいだ。

その葵さんが知らないと言うなら本当に何も知らないのだ。


『わかりました。ありがとうございます』


そう返すと葵さんからショボーンと落ち込んだ猫の絵のスタンプが届いた。

どうやら葵さんも心配しているみたいだ。

まあ2年以上一緒に活動してるメンバーなんだから当然か…。

私はスマホをベッドの上に投げ出して目を閉じ、ハーッとため息を吐いた。


「土曜日かぁ…」


蘭子さんの事は凛子さんに直接会って聞くしかないようだ。

今日は木曜日。

明後日までこの不安と苛立ちはどうにもなりそうになかった。

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