一秒前
執明 瞑
一秒前
◇
一分前、俺は彼女に呼び出されて告白された。
「ずっと前から好きでした」
何故?理由が分からない。
その子とは去年高校に入ってからの、ただのクラスメイトの顔見知り程度の仲でしかなかった。
クラスではまるで初めからそう決まっていたみたいに、入学直後二日目時点で彼女は、席の周りにバスケ部やらサッカー部やらの男子達を侍らせて高々とした防護壁を築き上げていた。女子達も彼女の機嫌を取るかのように新作のスイーツだとか、化粧品の試供品のお裾分けだとかを熱心にアピールしていたほどの、カースト上位の女だった。
だが見た目は別に風紀を乱すような感じではなく、むしろ休み時間に教室の隅っこで本を読んでいる大人しいめの女子にも負けないほどの、ワタクシは人畜無害な一輪の花でございますと言わんばかりの雰囲気を所作の端々から立ち上らせる、清楚な女の子でもあった。
そんな子に告白されるとは思わなかった。あの子の目には俺はどんな風に映っていたのだろうか。
◇
一時間前、俺は彼女に最後の授業が終わった直後に、その子に耳元でそっと囁かれた。
「今日の放課後、誰にも秘密で私の家に来て」
耳に唇が触れそうな距離まで彼女の顔が近付くもんだから、俺の心臓は結構張り詰めたものだ。顔に出るのだけは必死に押し隠したが。
声音を抑え込んだ息声の感触がぷわぷわっと鼓膜をくすぐる所為で、背筋にチクチクとした感触が駆け上がってしまい、その日最後のホームルームは全く頭に入って来なかったのを何となく覚えている。
覚えていない事を覚えている、というのはパラドックスに含まれるか知らないが、箱の中身が空なのを確認出来るみたいに頭の中で考えがぐるぐる回って弾けて、結局何も碌に考えられていなかった事は分かるのだ。
ただ感情だけが沸々と渦巻いていて、普段だったら正気の沙汰を疑うような事を想像していたのだ。
◇
一日前、俺は彼女に帰り際話し掛けられた。
「私ね、明日君に話したい事があるんだ」
俺は別に、彼女と自ら接点を持ちに行くほど居丈高なヤローとは一緒に遊ばないし、彼女の方から何かそこまで好かれるような心当たりも無い。
確かに彼女はクラスの誰とでも一回くらいは話したことがあるであろう、と根拠なく言えるほどのコミュ力を持っている女子だ。
言葉遣いは丁寧で人当たりが良い。少しユーモラスだが、決してドジとかでもないあざとくなさも備えている。
いわゆる大多数には好かれやすく、嫌われにくいタイプ。
実は彼女には更生屋の側面もあり、例えば教室で根暗な同級生相手にデカい声をブイブイ言わせているような下手くそに背伸びした金髪系すらも、彼女が交流すればたちまちその清楚さに当てられるかのように、人に迷惑を掛ける事を止めていくのだという。
また彼女は人が何を思ってるかを見抜くのが得意らしく、友達が少しでも落ち込んでいればすぐに悩みを聞きだして相談事を共有し励ましたりしてしまうのだとか。かと言って顔色を窺うというのとも少し違って、とにかく気配りが良く出来ているのだとか。
彼女に備わる不思議な魅力とでも言おうか。周りの人達をどんどんと癒して治して変えて行く点において、大人達からは一目置かれる型破りな優等生ちゃんでもあるのだ。
◇
一週間前、俺は彼女に話を聴いた。
「私の家庭って、親が家にあんまり居ないんだ」
出先のホームセンターで彼女と偶然会った時に聴いた事だ。
彼女の家は貧乏でも裕福でもない普通の過程ではあるが、両親との仲があまり上手く行っていないのだという。
子供の頃の彼女は少し独特な感性の持ち主で、距離感を測りかねてしまった結果、他人みたいな感じになったらしい。
どんな風な事を言って困らせていたのか訊いてみると、彼女は当時周りの子供とよく喧嘩をしたり、野生動物と戯れては家の持ち山で行方不明擬きに陥り、色々な汚れに塗れてフラっと帰ってきたり、周りを困らせるやんちゃな子だったらしい。
今は女の子らしくなろうと思って努めているそうだが、果たして上手く行っているかは俺が言うまでもあるまい。
それでも最近になってまたやんちゃな癖が再燃し、キャンプ用品だとか家庭菜園だとか自然豊かな趣味道具を買い揃え始めたのだとか。
彼女の庭も同然の持ち山は田舎山なので安くて荒れているらしいが、それの手入れもし始めたらしい。
告白に呼び出されたのもそんな彼女の秘密基地の一角で、しかしこうした趣味を話したり、雨の一つでも降ればたちまちおかしな雰囲気が沸き立つような、露骨に二人きりになれる場所で過ごすほど親密になった覚えもない。
◇
一か月前、俺は彼女の陰口を小耳に挟んだ。
「あの子、昔はすごい変だったんだよね」
そんなことを話している奴は、なんでも小学生の頃彼女と同級生だったらしく当時のエピソードをよほど鮮烈に覚えているのか、傍に居た別の同級生に流暢に話していた。
彼女が語った通り周りの子供達とよく喧嘩をしていたのだが、もう少し具体的な情報がそこには出て来た。
曰く、当時のある同級生の男の子がクラスの目立たない女子をイジメていたそうで、それに対抗する形で手を出した事から小学生ながらほとんど殴り合いみたいな喧嘩に発展。両成敗のために担任が駆け付けてお互いの意見を聞き、謝らせる流れを作ろうとした。
男の子の方はイジメを正当化しようと屁理屈を捏ねて怒られ、周りの男子女子は彼女が虐められていた生徒を助けるために入ったのだと口々に密告していた。
そうなのかと担任が訊くと、彼女は答えた。
「構ってほしくて」
その頃から彼女の違和感に着目し始めた同級生たちは、彼女の行動をみるみると突き止めた。
彼女は野良猫を追って山の中に入り、その日の夜に大人達が彼女の行方を捜し回っているところへフラっと戻って来た時、全身傷だらけかつ何かの返り血で全身が汚れていた事。
彼女はイジメからクラスメイトを守るためではなく、ただ自分もそのイジメられの関係に入り、暴力をぶつけ合いたいという衝動を抱えていた事。
彼女に気に入られ友達となった生徒達は皆、どんな素行不良とか捻じ曲がった性格でもあっという間に治ってしまい、彼女の機嫌に怯えるようになるのだと。
◇
一年前、俺は彼女と出会った。
「初めまして。隣の席同士仲良くしようね」
今思えばこの時既に目を付けられていたのかもしれない。
彼女の人を魅了する大きな瞳には、少しだけ意地の悪いみたいなニュアンスがあって、とても妖艶に映ったものだ。
薄くて艶のある口元で微笑まれ、横髪を耳にかき上げる仕草から覗き込むみたいに目を合わせられると、その頃の俺はピュアに心臓がドキドキしていたものだ。
結局それから大して話す事も無く早々に席替えで離れてしまったが、時たま彼女を目で追っていた自分が今ならば思い返せる。
そしてその時たまで目がボチボチ合っていた気がするし、その度に手をふりふりしてきて心を掴まれる思いをしたが、その恋が自然に抱いたものではなく抱かされていたものだという感覚はあったかもしれない。
それほどの女子高生に色恋話が付いて回らなかった理由が何となく分かる気がする。
あれだけキラキラ属性の男女達に囲まれて、実はその面々も別に悪い噂の出回らない真面目で気の遣える非不良生徒で、ただ彼女と同じ中学出身だったというだけの存在らしくて。
何故彼女が大切にされているかというと、そうしておかなければまずかったからなのだろう。
彼女に少しでも満足を与え、彼女が興味を示し"何か"をしようとする事を恐れ、彼女にとっての彼ら自身をあのいじめっ子のような存在から引き離す必要があったからなのだろう。これが更生の正体という事だ。
彼女はその頃から魅力的な地獄だったのだ。
つまり、俺は彼女が興味を持つ人間だった。
◇
一秒前、俺は彼女を殺した。
「俺も、前から好きでした」
たまたま穴が空いていたので、彼女はそこに埋めた。
俺達、きっとお似合いだよ。
一秒前 執明 瞑 @toriakitsumuru
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